第七章 これから
翔は、閉鎖病棟に入院している陽菜に面会に行った。
あの飛び降り事件から一ヶ月。幸い、飛び降りたのが二階で、下が植え込みだったということもあり、陽菜の命に別状はなかった。
その後、目覚めた陽菜の証言から警察が取り調べ、家から母親の死体が見つかったという。その後の裁判や何やらで、陽菜の処分がどうなったのか翔は何も知らない。事件のすぐあと、陽菜は高校を辞めた。
陽菜が多重人格の治療で入院していると分かったのは、本人からのメールでそう伝えられたからだった。
学校側は、ほとんどの生徒に、陽菜は引越しで学校を辞めたと伝えている。
翔は未だに、ここ数日間に起きたことが信じられないでいた。
翔は、病棟の面会用の小さな中庭で、ベンチに座って陽菜を待っていた。
「一ノ瀬くん…?」
久しぶりに聞く声に振り向くと、そこには入院着を着た陽菜が立っていた。
「おう、久しぶり」
陽菜は翔の隣に座った。
「学校はどう?」
「相変わらずだよ。そっちは?」
「治療は順調だよ。退院したら、少年院に入ることになるけどね」
でももう大丈夫、と陽菜は続ける。
「一人じゃないって、分かったから」
どこか遠くを見つめて、そう言う陽菜の表情は清々しかった。
翔はずっと思っていたことを伝えた。
「…飛び降りたとき、西条さんだけじゃなく、他の二人も見えたような気がしたんだ」
それを聞くと、陽菜は嬉しそうに「そっか」と言って頷いた。
そして陽菜は大きく息を吸い込むと、目をつぶった。
少しの沈黙のあと、陽菜は目を開いて翔を見つめた。
「…よかった。幻覚じゃなくて」
そう言って微笑む陽菜の表情が、何だか切なかった。
「また来てね」
「もちろん」
陽菜は、制服を着た監視員の女性に手を引かれ、閉鎖病棟に戻っていく。
翔はその背中を、見えなくなるまで見送っていた。
君の幻影を見つめる 中西りりぃ @nakanishi_
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