第20話 つーん、デレ?

「あ、あの。セスティーナ?」

「……つーん!」

「あの」

「…………つーん!」


 どういうこと!?


 わからない。

 どういうわけか姫様が先ほどから顔を見てくれなくなってしまった。何かしてしまった? いや、でも、でも。


 これは、何度も邪魔が入ったことで不機嫌にさせてしまった?


 僕が、頼りないばっかりに?


 ついさっきまでは話してくれたはずなのに……。


 いや、自分のことばっかりだ。そうじゃないだろ。


 もしかしたら。


「あの、セスティーナ。どこかお体がすぐれないのですか? あの、これ以上は今日でなくても大丈夫ですよ? セスティーナが案内してくれたおかげで、街の様子もだいぶわかってきましたし、ここから先は大丈夫です。自分一人でいけると思います。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」


「ち、違います! 体調は問題ありません。大丈夫です!」

「そう、ですか? でもそれなら、どうしてお話ししてくれなかったんです?」

「…………」


 恥ずかしそうに赤くなりながら、姫様は目を伏せた。


「今日は、何度もリストーマ様が見知らぬ女性に話しかけられ、今も色々な人から見られていて、なんだか落ち着かないのです。それで……」

「やはり、体調が? こうしてプライベートまで人から見られるのは負担でしょうし。ご無理なさらず」

「そうじゃありません。そうじゃなくて……」


 でも、人に見られ続けるというのは相当な負担なはずだ。


 姫様は第三王女。姫様は姫様だ。


 僕を含め、姫様の国民からの信頼は厚い。


 いくらフードでその美しさを隠していても、わかる人にはわかってしまうもの、だと思う。


「この胸騒ぎは、体調の悪さとかではない、と思います。リストーマ様は私の兵なのに、リストーマ様は女性に優しく話し、そして不意に話しかけられても、不満を漏らさず応えている。そんな、他の女性と仲がよさそうに話しているリストーマ様を見ていると、胸が締め付けられるような、不思議な感覚になるんです」


 少し間を置いて、姫様は僕を見上げてきた。


「リストーマ様は、今日のように普段から女の方と親しげに話をされているんですか?」

「し、してません! 違いますよ! この僕に知り合いがいないことは、セスティーナもご存知のはず。まして、女性の知り合いや女性と話す機会など、セスティーナがほとんどということは、あなたが一番わかっているでしょう?」


 納得したような顔をしながらも、セスティーナはそれでも口を少しとがらせてほほをふくらませて僕を見てくる。


 こういう時、どうしたらいいのかわからない。


 やっぱり経験不足なのだ。


「えっと、その……」


「ふふっ!」


 姫様が突然吹き出した。


「えっ!?」

「そうでしたね。ごめんなさい。そうですよね。今だって私がちょっと言ったら動揺するんです。リストーマ様が女性に慣れていないことは知ってますよ」

「そうですけど、本当に心配したんですからね?」

「すみません」


 それでも、やけに楽しそうに、姫様は声を漏らして笑っている。


 やっぱりこっちの姫様の方がいい。


 わかってもらえてよかったし、本当に体調が悪いわけじゃないみたいで安心した。


 思わず、僕まで笑えてくる。


「元気ならいいんです。よかったです」


「心配させてしまいすみません。でも、ちょっと意地悪してみたくなったんです。リストーマ様、優しいから。性格が悪くてごめんなさい」


「いえいえ。僕もセスティーナをもっと尊重するべきだったんです」


「そんな。今でも十分その気持ちは感じてますよ。それに、バカにしたとかではないですから」


「それもわかってます」


 姫様は優しい人だ。人をバカにしたりするようなお方じゃない。きっと冗談を言って、僕の気持ちをラクにしてくれようとしているだけなのだ。


 そう、この外出は、あくまで次の時間まで過ごすためのもの。

 姫様だって暇じゃない。でも、姫様だって時間が一切ないわけじゃない。


 だからこうして、時間を取って、僕と過ごしてくれているのだ。


 僕の緊張を取ろうとしてくれたんだ。




 やってきたのはダンジョン。


 僕は再びダンジョンへ挑む。


 ダンジョンへ挑むのに最低限必要な装備が整ったため、姫様に許可してもらえた。


 ダンジョンの正確な位置を知らないため、姫様に案内してもらってここまで来た。


 ダンジョン探索の目的は、僕のジョブである配信者を有効活用するための方法を探すことだ。


「視界が共有できるのであれば、私に視界を届けることもできるはずです。うまくいくかはわかりませんが、お願いします」


「はい! 僕もこうしてセスティーナやいろんな人の力になれるなら、これ以上嬉しいことはないです」


「ありがとうございます」


 静かになり、風の音が動物の鳴き声が鮮明に聞こえてくる。


 ここから先は僕一人。


 思い出すと体抵抗する、あのダンジョン。


「ご武運を」

「はい。必ず戻ってきます」


 テレポートで姫様が帰るのを見てから、僕はダンジョンへと足を踏み入れた。

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