第5話 目を覚ますと……

「目が覚めたんですね!」

「いてて……」

「あ、すみません! つい、あなたが助かったことが嬉しくて、興奮してしまって……。まだ痛みますか」

「いえ、大丈夫です」


 いい匂いが離れていくのに少し残念な気持ちになりながら、女の子の姿が見えてくる。


 僕の顔を覗き込んでくる女の子、現実離れした美しさを持つ金髪碧眼のかわいらしい少女。まさしくふさわしい白いドレスを身に纏う姿はさながら天使のよう。


「ここは、天国ですか?」

「ふふっ、違いますよ。あなたは生きてます」

「え……?」


 そういえば、先ほども目の前の女の子に抱きつかれて痛みがあった。


 それに、全身の感覚がある。


 周りを見回してみても、天国ではなさそうだ。

 確かに豪華なつくりだが、広々とした部屋。

 どうやら本当に生きているらしい。


「いつつ……」

「あまりご無理は」

「大丈夫、です。体を起こすくらいなら」


 うん。ゆっくりとなら動かせる。さすがにすぐに立ったり、歩いたりは難しいが、それでも体を起こすくらいなら本当に問題ない。


 どうやら、相当寝てしまっていたみたいだ。ただ、回復するまで寝かしておいてくれたらしく、これまでで一番体がラクかもしれない。

 いつもどこかしら痛かったことを思えば、少しすれば元の生活に戻るくらいならできそうだ。

 きっと近づいてきていたかげはこの子だったのだろう。


「あの。助けていただきありがとうございます」

「そんな。お礼を言うのは私の方です」

「いや、そんな」


 否定する僕に今度はそっと女の子は抱きしめてくれた。


「私はあなたのおかげで助かったんです。目を覚ましてくれて、本当に、よかった……」


 すぐに嗚咽が聞こえてきた。


 あって間もない僕のために、この女の子は泣いてくれている。


「え、そ、そんな。だ、大丈夫ですか? どうしよう、どうしよう」

「いえ。すみません。安心したら止まらなくて。恥ずかしいところを見られてしまいましたね。普段なら、こんなことないのに」


 照れくさそうに涙を拭うその目元は赤く腫れている。


 助けてもらっただけじゃなく、手当てまでしてくれていたのだ。


「少し話を聞かせてもらってもいいですか?」

「もちろんです。急なことで困惑してますよね」




 なんでも、僕がダンジョンで見ていた光景を、多くの人も同時に見ていたという。


 そのおかげで、女の子を守るための助けが間に合い、変態的に迫っていた男を追い払うことができたみたいだ。


「そんなことでも役に立てたならよかったです」

「本当に助かったんです。あなたは命の恩人ですから。でも、貴族としては優秀な方だったんです。まさかあんな一面があるとは知らなくて」

「え……き、貴族ですか……? あ、あなたは、いったい……?」

「ああ。すみません。興奮で名乗るのを忘れてしまっていました」


 コホンと咳払いをすると、女の子はしゃんと背筋を伸ばした。


「私はセスティーナ・アルマ・ヴァレンティと申します。このヴァレンティ王国の第三王女です」


 姫様……。確か、遠くから見たことがある。高いところから僕たちに手を振る姿。


 そうだ。あの時も思った。僕とは交わることのない天使だと。


 僕は痛む体を無理に動かしてベッドから転がり降りて頭を下げた。


「大変申し訳ございてててて」

「だ、大丈夫ですか!? ご無理なさらないでください。私はそんなに大層な人間じゃありませんから」

「そんなことないです。大層な人間です。姫様を前にして寝ているわけにはいきません」

「いいのです。むしろ寝ていてください。あなたは私の命の恩人なんですよ? むしろ、もっと尊大にしていてください」

「いや、さすがにそんなことできませんよ。姫様が来てくださらなければ、僕は今頃死んでたでしょうし」


 姫様が困ったように目を伏せてしまった。


 姫様は優しい人みたいだが、甘えるわけにはいかない。不甲斐ない僕は、早くここを出ていくべきだろう。


 姫様に気を遣わせてしまうなんて、こんな状況、僕は望んでいない。


「あの、僕は」

「お話は元気になってからにしましょう」

「ですが」

「わかりました。そんなに私を特別視するならこうしましょう」


 姫様らしい。あの、僕が見た時に民衆に呼びかけていた時の声で、姫様は僕に言い放った。


「体が治るまでゆっくりと休みなさい。これはヴァレンティ王国第三王女としての命令です。今の立場を恥じ、自らを責めることを固く禁じます」

「……」


 開いた口が塞がらなかった。言葉が出なかった。


 姫様は厳しい顔をにっこりとした笑みに変え、


「大切と思う人が無理をする姿は見たくないのです。私のわがままを聞いてはもらえないでしょうか」


 僕だって助けられたのに……。


 さすがにここまで言われて断ることはできない。


 本当に僕が望んだような環境なのに……。


「わかりました。ありがとうございます」

「いいんですよ」


 姫様に支えられながら、ベッドに横になる。


「せめて名乗らせてください。僕は」

「リストーマ様」

「え。僕の名前。どうして」

「リストーマ様の言う通り、確かにちょっとはすごいかもしれませんね。この話は元気になってからにしましょう。障るといけませんから私はこれで」

「あっ」


 行ってしまった。


 こうなったら、すぐにでもケガを治して、動けるようになってやる。

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