神様のいる世界
Elノ
短編
俺の独白を聞いてくれ。
「では皆さん、出発しますよ」
「「「はい!」」」
俺は教会に属する聖職者だ。位は
俺が言いたいのは、『神はいない』って事だ。
教会の中でも人々を神の下へ導く立場にある俺がこれを言うんだぜ?笑えるだろ?
──笑えねえか
「状況は聞いてますね?伝令によると村の周りを多数の魔物が囲んでいる様です。一刻も早く救助が必要な状況です」
「了解です!」
「今日は馬の調子もいいですしかなり早く着けるんじゃないですか?」
「そうしたら後はフェルネン枢機卿の独擅場ですね!」
「魔物なんてどんなに強いのがどれだけ居ようともフェルネン様には敵わないでしょう」
何でそう言うかって?そりゃあ身をもって不幸を体験してるからだ。ソースは俺。
俺は辺境の小さな村で行商人の下に生まれた。何でも俺の生まれが近かったが、同時にその年は一部地域で酷い不作だったから早急に食料を運ぶ必要があり、結果として産婆を同行させたらしい。
その話に感動したその一帯の領主は両親に金一封を下賜し、俺の名前を王都の大教会で祝福させたそうだ。やがてその話は国中に広がり、俺はいつしか「奇跡の子」と呼ばれるようになった。
だが俺は思わずして、その名をもう一度被ることになる。
「フェルネン様!2時の方向に中級魔物3匹、接近してきます!」
「ユリスとダリアで対応してください。残りは無視して突っ切ります。今は時間が勝負です」
当時の俺が5歳。行商の旅で山道を通っている時だった。大規模な落石があった。直径1~3m級の巨大な岩が崖の上からゴロゴロ落ちてきて、両親の馬車をぺしゃんこに押しつぶした。
だが俺は、二つの巨大な岩の間に挟まり、その上からさらに大きな岩が蓋をすることで潰されずに済んだ。
半日経ち、後続の商人達の通報でやって来た教会の聖職者達に救助された俺はまたもや「奇跡の子」と呼ばれることになった。
──ハッハッハ、奇跡だなんてよォ、人様の気持ちも知らないで……
「日が暮れてきましたね」
「ここら辺は山に囲まれていますからね。分かっていた事です」
「どうされますか?闇の中での行軍は少々の危険を伴いますが──」
「無論、強行突破でしょう」
その後の俺は神聖帝国の帝都にある教会の孤児院に預けられた。
最初は馴染めなかったが、孤児院の皆は優しく、俺にも積極的に絡んできてくれたから一年経つころには皆に交じって遊べるようになっていた。
その後は人数や年齢の都合で12歳でファード王国の王都の孤児院に移り、そこで最高の師匠と会う事になる。
嘗ては
この人は当時反抗期で尖りだしていた俺に嫌な顔一つせず聖光術の師匠になってくれた。どうも俺には聖光術の天性の才能があったらしく、他の子供達よりも術の習得が異様に早かった。そんな俺が天狗にならず、道を踏み外さなかったのは間違いなく師匠のお陰だ。
上には上がいることを見せつけてくれて、それでも努力を怠らない姿勢を示してくれた。
「村です!見えてきました!」
「ざっと数えて30匹以上はいます!殆どが中級です……」
「よく見て下さい。分かりにくいですが、右端の二体は上級です。右半分は私で対応します。残り半分を貴方達で対応してください」
「「「了解です‼」」」
師匠の下で鍛錬し、終わったら皆と遊ぶ。そんな幸せな日々は唐突に終わりを告げた。
俺が15歳になった時だった。いつも通り師匠と魔の森へ出かけていた俺は、上級の魔物に出くわした。熊ほどの大きさの黒い体の半分が口で、パックリ開いた口からは白くて尖った牙が姿をのぞかせている。足は短い割に太く、手が無い代わりに細くて長い触手が鞭のようにしなっている。
俺が初めて出会う上級魔物。力を順調に付けていた俺は師匠が見守る中、上級魔物に挑戦することにした。
初手で俺の使える内の最速の聖光術をぶっ放し、それに続けて目くらまし、拘束技を放った。それらがきちんと機能していることを確認した俺は、止めと言わんばかりに扱える最高位の聖光術を放った。
──勝った!
俺はそう確信した。上級魔物がなんだ。大した事無いじゃねえかと。
──危ない‼‼
気づいたら俺は横に吹っ飛ばされていた。痛ぇと思いながら顔を上げると、目の前には下半身を魔物に喰われている師匠の顔があった。体を持ち上げられ、今にも丸呑みにされようとしている。上級魔物は……やられる振りをしていたのだ。
そこから暫くは何が起きたかを覚えていない。
ピシャッ!ピシャーーッ!
「凄い!」
「あれがフェルネン枢機卿のお力」
「初めて見るが、あれが最年少で枢機卿に至った方か……凄まじいな」
「もう魔物の数が半数以下だぞ⁉」
「俺達も負けるな!」
「「「おう‼‼」」」
無我夢中に聖光術を魔物に放った俺は魔力を使い果たし、息も絶え絶えになった所で理性を取り戻した。
辺りには血の匂いが充満し、地面は魔物のと思しき血肉で埋め尽くされていた。その中で横たわる人影が一つ。
──師匠!
白い祭服は血で真っ赤に染まり、下半身は見るだけでおぞましくなるほどの大怪我をしていた。
──大丈夫ですか⁉師匠!
──フェルネンですか。いやはや面目ありませんね。ワタクシも油断していました
──動かないでください!直ぐに回復の聖光術を……
──やめておきなさい。もう魔力は無いのでしょう?残り少ない分はこの森から脱出するために使うべきです
──そんな!救助を呼んでからじゃあ師匠は間に合いません!
──構いません。これ程の傷ならばワタクシはどっちみち死にます。それならアナタも生き残れる選択肢を選ぶ方が良い
──何とかなるはずです‼取り合えず動かないでください!今止血をします!
──構わないと言っているでしょう?フェルネン、ワタクシからの最後の教えです。…………神は、確かにいます
──ッ⁉
その頃から神の存在を疑っていた俺に答えを残して、師匠は天に飛び立っていった。
だが俺はその出来事で、師匠の遺言とは正反対の事を思った。
──神様はいない
神様はいないのに、救われたと勘違いする偶然ばかり起こる
でもそれは所詮偶然だから、いつか儚く砕け散る
神様はいないのに、それに縋る弱者がいる
でもそれは所詮幻だから、彼らは人知れず沈んでいく
神様はいないのに、それに従う
でもそれは所詮偶像だから、時が経つにつれ汚れていく
だから、神様はいない。ソースは俺。
◆◇◆◇◆
教皇様への報告を終えた後、俺は大神殿の廊下を歩いていた。
霊峰の頂上に建てられた静謐な空間。白で統一された内部は神秘的で厳かな雰囲気を漂わせている。
広い廊下を歩いているのは俺だけ。
「こんにちは」
俺の横に音も無く少女が現れた。
「お久しぶりで御座います、聖女様」
服も髪も肌も目も白いこの美しい少女は教会で聖女と呼ばれる、ちょっと特殊な立場にいる少女だ。
彼女を見ると俺と彼女は違う種族なんじゃないかと思うぐらいに圧倒される。彼女はこの建物と同系色なのに、その強い存在感で輪郭を明確にしている。かといって、さっきみたいに気配を完璧に殺して知らない内に近づかれていることもある。
──不思議な少女だ
「お聞きしました。昨日は大変なご活躍だったそうですね」
「いえいえ、私の働きなど聖女様のそれに比べたら微々たるものです」
「謙遜しなくても宜しいのですよ?村を囲っていた狂乱状態の魔物を20匹以上討伐した上怪我人も全員治癒したそうではありませんか。立派な活躍です」
本当にどうして知ってんのか気になる。俺はたった今教皇様に報告したばっかなのに、もうそれ以上の詳細をその口から語っている。
「私にも伝手はあるのですよ」
聞いても無いのに答えてくれた。
「ところで──」
聖女様は男なら誰もが見惚れる笑顔を見せてこちらを振り返った。
嫌な予感がする。
「──フェルネン様は神様はいると思いますか?」
「ッ‼」
相変わらずの満面の笑み。だが今なら分かる。
「そんなに警戒なさらなくてもいいのですよ?ただの軽い質問です」
聖女様は困ったように小首をかしげる。まるで俺如きの考えなど全て分かると言わんばかりの先読み。
「そうですね……では軽い質問を致しましょう。答えて頂かなくて結構ですが、心の中では思い浮かべて下さい」
まだ警戒は解けない。
でも彼女の質問にはきちんと考えなければいけないという様な、不思議な義務感が俺に湧き上がった。
「神様とは、何だと思いますか?」
俺達人間を救ってくれる、超常の存在。
「救いをくれない超常の存在は、神様ですか?」
死神みたいな存在の事か?それも神様か……じゃあ神様は超常の存在。
「では救いをくれる凡庸な存在は神ですか?」
凡庸な存在……どうなんだろう?でもまあ民衆は聖女様の事を神の如く崇めてるし……人によるか。
「それでは次の質問です。今まで貴方に救いをくれた人々はいましたか?」
勿論。両親や孤児院の子供たちがそうだ。他にも色んな人達が俺の事を助けてくれたが、一番はやっぱり師匠だな。
「今思い浮かべた方たちは先程の質問に合わせると、神ですか?」
いや、確かに恩のある人達だけど神って訳じゃあ……『
「神様とは、神とは、人の願いから生まれる善性の存在の事を言うと考えています。それらは人々の心の内にいる。貴方はこれまでどれ程人を救ってきましたか?鏡をご覧になって下さい。神様はそこに居られる筈です」
………………。
「それが”教会”という組織ですから」
神様のいる世界 Elノ @yeruno
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