第5話 ラノベはイケメンパラダイス?

 それにしてもこの青年、なかなか手を離してくれない。


「あのお……」


 力任せに引き抜こうとするけれど、びくともしなかった。


「先ほどの言葉は訂正する。君は誰より美しい」


「へ?」


 言われたセリフは予想外。


 ――まったくもう、おばちゃんをからかうもんじゃないよ。


「まったまた〜」


 照れて、反対の手で青年の腕をぶったたく。


「つっ……」


 ――――あ。びっくりして素に戻ってしまった。


「あの、ごめんなさい! わたくし、その……」


 十六歳の美少女だってこと、すっかり忘れてました――な~んて、言えるはずがない。新入生に暴力を受けたと、訴えられたらどうしよう?


「いいよ」


 良かった。許してくれるみたい。


「ありがとうございます」


「僕の方こそありがとう。綺麗な子にたたかれるなら、本望だ」


「……は?」


 長い緑の髪の優男。愛想はいいが、目が本気。

 もしや変な人? 痛いのが好きだから、地面に寝っ転がって踏んでもらうのを待っていた?


「まあ、オホホホホホ」


 私はすぐさま飛び退くと、徐々に距離を取る。


「わたくし急いでおりますの。ごめんあそばせ」


 言い捨てて、食堂に向かって猛ダッシュ。


 触らぬ神にたたりなし。

 いくら中性的な美貌のイケメンでも、変態さんはごめんだ。


 そして到着。食堂の中に入るやいなや、調理場にまっしぐら。


「おや、こんな時間にどうしたの? 夕食はまだ先だよ」


「可愛らしい子だね。迷ったのかい?」


 調理のおばちゃん達に囲まれて、おばちゃん言葉にホッとする。


「お仕事中ごめんなさいね。借りたいものがあって、いきなり来ちゃったんだけど」


 安心したので、素で話す。

 すると、調理場のおばちゃん同士が目を見合わせた。


「面白い子だねぇ。何もあたしらの口調に合わせなくったって、聞いてあげるよ」


「そうそう。小腹が空いたなら、内緒で用意したげるからさ」


 魅力的な提案にかなり心をかれるけれど、大根をもらう方が先決だ。


「いえ、あの、いただきたい食材があって……」


 精一杯かわい子ぶって、大根と銅のおろし器を手に入れた。

 ただし西洋大根で、外側が赤くかぶみたい。血の染みが取れるか心配だけど、まあ、なんとかなるだろう。




「……ふう。目的は達成できたから、明日返せばいいね」


 アルガンという名の、王太子の護衛の青年に借りた赤いスカーフ――クラバットの染みは、見事に落ちた。同室のビオラちゃんには「洗濯場に回せばよろしいのでは?」と不思議そうな顔をされたけど、それだと時間がかかる。制服の一部なので、なくては相手も困るだろう。

 

「じゃあ、不要なものを捨ててきますわね」


 出た生ゴミは、焼却炉へ。

 貴族の学園ということで、専用の掃除夫がいるらしい。けれど、私の個人的な用で彼らの仕事を増やすのは、違う気がする。


 事前に調べた焼却炉の近くまで来ると、なんと紫色の煙がもくもく上がっていた。


「は? 紫ってなんだい? ……って、今度は緑!?」


 カラフルな煙など、この世界でも前世でも見たことがない。

 首をかしげて近づけば、焼却炉の前に誰かいる。


「黒ずくめに黒いフード?」


 後ろ姿が、なんとも怪しげだ。


「ちょっと! そんなところで何やってんだい。学園は、関係者以外立ち入り禁止のはず……あ、こけた」


 とっさに逃げだそうとした不審者が、数歩で転ぶ。


「ありゃ。どんくさいねぇ」


 とりあえず、相手の元に駆け寄った。

 不審者と思ったのは生徒で、黒いフード付きのマントの下に制服を着ている。だけどシャツはヨレヨレで、いろんな色が飛び散っていた。


「生徒……だよね?」


 疑問を声に出した私だけれど、その人は何も話さない。 

 フードの下は、白にも見える銀の髪。前髪が長いせいで顔は確認できないが、たぶん男の子。


「ほら、立って」


 掴まってと手を出すものの、相手は無言で座ったまま後ずさり。


「なんだい、人の好意を無にするのかい?」


 口に出して、ふと気づく。

 昼間、王太子の手を払った私がどの面下げて言うのだろう。


「ま、いいか。怪我はない?」


 銀髪の子はおびえたように、ぎこちなくうなずいた。


「良かった。でも、おっかしいね。この見た目で怖がられるとは、思ってもみなかったよ」


 転生した私、シェリーは、それでなくとも顔がいい。黙っていればおとなしそうに見えるから、怖がられる覚えはないはずなのに。


「まさか、このしゃべり方? ……って、いけない。うっかりしていましたわ」


 気を抜くと以前の口調に戻るから、困ってしまう。上品にしなくっちゃ。


「コホン。驚かせてしまってすみません。お怪我はありませんか?」


 急いで訂正したものの――。


「……ブッ」


「え?」


 今この子、笑った?


「ちょいと! じゃなくって、口がきけるならちゃんと返事して」


「ご、ごめ」


 突然走って逃げられた。

 責めたわけじゃないのに、私の言い方そんなに怖かった?


 足下には、よくわからない瓶がいくつか転がっている。

 さっきの煙はこのせいかな?


「ねえ。これ、どうするの!」


 背中に向かって叫ぶけど、無視しているのか聞こえてないのか。彼はそのまま走り去ってしまった。


「チラッと見えたけど。今の子もさっきの緑の髪の子も、鼻は高いし目も綺麗。王太子と護衛の子も相当カッコよかったし。この学園、びっくりするくらいイケメンが多いんだね」


 この場に娘がいたら、キャーキャー言って興奮したかもしれない。そういえば、

私が最初に見かけたラノベもあの娘のものだった。


「ライトノベルって、イケメンパラダイス? 今ならあの娘の趣味も、ちょっとは理解できるのに」


 後悔してももう遅く、あの場所には二度と戻れない。ここでの私は十六歳で、前世の長女よりも年下だった。

 

「娘が見たら、笑うかな? でも、中身は変わらずおばちゃんだから、恋愛運より金運。色気より食い気。今日の夕食なんだろう?」


 ゴミ捨て完了後。私はのんびり考えながら、来た道を戻って行った。

 

 


 

 


 


 


 


 




 

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転生したらモテすぎる!?~おばちゃん令嬢はそもそもラノベがわからない~ きゃる @caron

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