第4話 学園天国?

 入学式は無事終了。

 式典の後、私は外のベンチで一休み。


「学園長の話、長くて肩凝った~。こういう時は、のんびりひなたぼっこに限るよ」


 青い空を流れる雲を、ボーッと眺めていられる贅沢ぜいたく。貴族で生徒の私は、あくせく働かなくていい。まるで天国だ。


「中身はアレでも見た目は花の十六歳。学園も、高校みたいなもんだろ? 一回卒業してるから、楽勝楽勝♪」


 全寮制は初めてだけど、合宿と思えば大丈夫。王族や高位貴族に近づかなければ、平穏無事に過ごせそう。

 そこでさっきの出来事を思い出す。


「まあね。王太子の手をぶったたくのは、確かにアウトだ」


 ――不敬と言った黒髪の子。王太子と一緒にいたってことは、彼もいいとこのボンボンだよね。


 ラノベの世界は難しい。脇役なのに、学園生活一日目から主役っぽい人達と関わった。厄介ごとは避けるに限る。今後会わずにいれば、問題ないでしょ。

 そう、気楽に構えていたけれど――。




 教室に入って驚いた。


「なんで? なんでみんな同じクラスなんだい?」


 思わずうなる。

 縦ロールの金髪美少女、アザレア様ことアザレア・ムルチコーネ公爵令嬢。

 金髪物腰柔らか男子、ユーフォルビア・フルゲンス王太子殿下。

 彼の友人兼護衛の黒髪、アルガン・ミルトリア侯爵令息。


 主役級と同じクラスとは、運が悪すぎる。


「なんてこった……」


「あら。クラスなら、成績順に振り分けられるって通知があったでしょう?」


 隣の席の子が、小声で教えてくれた。

 この少女はビオラちゃん。さっきも私の膝を心配してくれた。優しいし可愛いし、肩までのまっすぐな紫色の髪も好印象だ。


 ――ラノベはライトノベル、つまり小説……だとすると、主人公もいるはずだよね。この子かな?


 美少女や美男子ばかりいるせいで、なんとなくわかってきた。

【転生したらモテすぎる】は、なんともふざけたタイトルだけど、たぶん少年少女の恋物語。ビオラちゃんなら、イメージにぴったりだ。


「表紙を見て購入したのに、登場人物の顔が思い出せない。前世の私の物忘れ、そんなにひどかった?」


「あの……ブラッサム様」


「なあに? シェリーでいいよ」


「じゃあ、私のこともビオラと呼んでください。それであのう……王太子殿下がこちらをご覧になってらっしゃいますわ。お知り合いですか?」


「いんや。むしろ逆かな」


「逆? では、ミルトリア様は?」


「ミルトリアって、アルガン……様のこと?」


「まあ! もう、お名前で呼び合う仲ですの?」


「違う違う、さっき王太子がそう呼んでたから……ですわ」


「では、お知り合いではないと?」


「もちろんよ」


 うなずいた際、膝の赤いものが目に入る。


「しまった! スカーフ借りっぱなしだ」


「スカーフ?」


「さっき見せたあれのこと! 男の子達が首に巻いてる、ほら、あれだよ」


「クラバット、ですか?」


「そ、そうとも言うわね」


 ネクタイっぽいスカーフは、『クラバット』と言うらしい。覚えておこう。


「時間が経つと血の染みは落ちにくくなるんだよね。ねえ、大根って、どこで手に入る?」


「だいこん……ですか?」


 ビオラちゃんが首をかしげるから、教えてあげよう。


「おろした大根を布に包んでポンポン叩くと、血の染みが取れるんだよ」


「はい???」


 おっと、眉根まゆねしわが寄ってるよ。


 ああ、そうか。貴族は洗濯しないんだっけ。だったら、大根おろしで血の染みが落ちるってことも興味がないか。


「えっと、シェリー様は物知りでいらっしゃいますのね」


 それでも気を取り直してめてくれた。ビオラちゃん、やっぱりいい子だ。


「貧乏暮らしで苦労したからね。ある程度の知恵はつくさ」


「貧乏???」


 またまた変な顔をされた。

 それもそのはず。この学園は王立なのに、入学金がべらぼうに高い。このままだと、我がブラッサム男爵家にお金がないと誤解されちまう。


「なんでもない。こっちの話だよ……ですわ」


 気を抜くと、言葉遣いが戻ってしまう。


「あらまあ、殿下ったらご冗談を。おほほほほ」


 甲高い声に目をやれば、悪役っぽかったアザレアちゃんが楽しそうに笑っている。


「なあんだ。あんなに可愛い声、出せるんじゃない」


 さっきはとげとげしかったが、今の彼女はにこやかだ。


「あの方は、公爵家のご令嬢――王太子殿下の婚約者候補の筆頭だとか。でも、態度があからさまですわ」

 

 もしもしビオラちゃん、視線が怖いよ?

 もしやあなたも殿下狙い?


 少年少女の恋愛は、おばちゃんには関係ない。若い子は若い子同士、仲良くするのが筋ってもんだ。


 だったら私は寮に戻って、このスカーフ――クラバットを洗濯しようかね。


「では、わたくしはこれで失礼しますわ。ビオラ様、ごきげんよう」


 にっこり笑って退出した。

 目当てのものは、案外近くにありそうだ。


「学園には食堂もあったよね。そこになら、大根あるかなぁ」


 戻る前に食堂に寄ろうと、緑の芝を突き進む。


「どわっ」


 足下をろくに見ていなかったので、何かを踏んづけた。


「し、静かに」


 踏んづけたのは、人間だった。緑の髪が芝生に同化して、気づかなかったのだ。

 こんなところで伏せっているなんて、具合でも悪いのだろうか?


「あの、大丈夫ですか?」


「そこ、踏まないで!」


「うおっ!?」


 鋭く注意されたため、思わず野太い声が出た。

 その声に驚いたのか、淡い緑の髪の人物がようやく顔を上げる。


「おや、新入生だね。こんな時間にここを通るとは、もうお腹が空いたのかな?」


 またまたイケメンご登場。

 ゆるくウェーブがかかった淡い緑の髪には、ヘーゼル色の瞳がよく似合う。ほどけたクラバットが青いから、二年生だ。


「いいえ、お腹は空いてません。食堂に用がありまして」


「そう? それよりそこ、踏まないように注意してね」


「はい……って、タンポポですよね」


「ああ。こんなところで健気に咲いて、愛らしいだろう?」


「えっと、もしかして、これを観察するために伏せっていたんですか?」


「そうだけど?」


 屈んで注意深く見るけれど、どこにでも咲くタンポポだ。


「これ、地べたに寝っ転がってまで見る程じゃあ……」


「なぜ?」


「え?」


「美しいものをでるのは、人として当然のことだろう?」


「美しい?」


「ああ。命あるもの、みな美しい。もちろん君も」


 緑の髪のイケメンはそう言って、私の手を取り立たせてくれた。


 あらま。結構背が高い。


 ぴらっぴらのシャツにぴったりしたズボン、くさいセリフでもおかしくないのは、やっぱり顔がいいからかな?


 今日一日で、美少女二人とカッコいい子三人に会った。

 美しいものを愛でるのが好きなら、この学園は天国かもしれない。



 




 




 







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