第3話 いざ出陣

 そうこうしているうちに、学園へ入学する日がやってきた。

 結局、ラノベとやらを全く読んでいないため、どんな話かわからない。貴族のみの全寮制の名門校らしいので、言動には十分気をつけよう。


 ――と、思っていたら早速からまれた。


「ちょっとそこのあなた、アザレア様に挨拶あいさつもなく通り過ぎるおつもり?」


「アザレア様?」


 学園の制服に赤いリボン。いきなりつっかかってきたけれど、この人達、私と同じ新入生だよね?


「まああああ。この方、ムルチコーネ公爵家のアザレア様をご存じないと? 無知もいいところですわ」


 ――ムルチコーネだけに、無知?


 思わず口に手を当てて、笑いをかみ殺す。


「んまっ、何その態度。ますます失礼ですわ」


 怒り狂った女子の後ろに、ひときわふんぞり返った少女がいる。縦ロールの金髪を優雅に払う手と、目尻の上がった赤い瞳。きつめの顔立ちだけど、美しい。


「ひゃあっ。世の中には、こんなに綺麗な子がいるんだねぇ。おばちゃん見惚みとれちゃったよ」


「えっ?」


 うっかりしていた。

 前世の方が長いせいか、興奮すると素に戻る。


「なんですって! アザレア様をバカにするのもいい加減になさいっ」


 バカにしたつもりはないけれど、お友達を怒らせてしまったみたい。


「本物の女神が現れたのだと思って、余計なことを口走ってしまいましたわ。ごめんんなさい」


 だって私、実際神に会っているからね。

 まあ、人型ではなく空飛ぶウサギだったけど。


「ふんっ」


「どこのどなたか知らないけれど、次からはお気をつけあそばせ」


 女神と呼んだ当人に、おうぎでビシッと指されてしまう。


 ――は? 制服に扇!?


 なんともちぐはぐだ。

 キツい口調にその態度。アザレアちゃん、せっかく美人さんなんだから、ニコッとしなけりゃもったいないよ。


 集団が去った後、一人呟つぶやく。


「やれやれ。なにも初日から、悪役っぽく振る舞うこともないだろうにねぇ」

 

 この世界、歴史で習った昔のヨーロッパに似ている。ガスや電気は通っておらず、移動手段は馬か馬車。身分制度もあるらしく、なかなか厄介だ。


「アザレアちゃんって公爵家だっけ? 私が男爵家だから、子爵、伯爵、侯爵、公爵。ひー、ふー、みー、よー……ありゃ、四つも上の身分だね」


 小さい頃から周囲にかしずかれていたせいで、あんなふうになったのかな? でもあのままだと、うちの子みたいにわがままになるから、将来が心配だ。


「キツい言い方も似てるしね」


 戻れない過去と娘を思うと、胸が痛くなる。

 胸に手を当て感傷に浸っていたところで、ふと気づく。


「いけない、遅刻する!」


 いくら学生時代が遠い記憶でも、初日に遅刻はいただけない。



 慌てて走り出そうとしたら、足がもつれた。


「うわっ!」


 そのまますってんころりん。


「痛たたた」


 転んだ拍子にすりむいて、膝小僧ひざこぞうに血がにじむ。


「足が長いってのも、困ったもんだ。それとも座骨神経痛? いや、身体は若いから、それはあり得ない」


 前世は神経の圧迫により、よく足がつって転んでいた。今回のこれは、違うはずだけど……。


「まさか転生って、病気や怪我けがも記憶と一緒に引き継ぐの?」


 遅刻よりこっちの方が一大事。

 顔から血の気が引いていくのが、自分でもよくわかる。


「君、大丈夫?」


 呆然としていたら、誰かに声をかけられた。

 見上げれば、陽光を背に輝く天使が立っている。


「……え?」


「転んだんだね。血が出ている」


 声の主は天使ではなく、金色の髪に緑の瞳の青年だった。白地に金の刺繍ししゅうの入った制服が、こんなに似合うのも珍しい。恐ろしいほどの美形を前に、年甲斐もなく(?)息をむ。


「応急手当をしておこう。アルガン」


「はいはい」


 ――なあんだ。金髪の子、「応急手当」と言いながら、自分で手当しないんかーい。まあ、転んだ私が文句を言える立場じゃないけど。


 名前を呼ばれて進み出たのは、これまたイケメンだった。黒髪に金の瞳が美しく、切れ長の目は涼やか。

 金髪の子が優しい感じがするのに対し、こっちの子は鋭い感じ。彼がかがむと空気が変わり、ピリッと緊張する。


 黒髪男子は、自分の首に付けていた赤いスカーフみたいなものを外すと、私の膝に巻き付けた。


「これでよし。後からキレイな水で洗うか、学園の医務室にいくといい」


「ありがとうございます。でも、あの……」


 それだと、制服の着用基準を満たしてないのでは?


「何か?」


「……いえ」


 鋭い目でじろりと見られると、萎縮いしゅくしてしまう。 

 後ずさった私に、金髪の子が手を差し出した。


「さあ、立って。君も新入生だろう?」


 つかまってっていうことかい?

 でも、この程度の怪我で人の助けを借りるほど、落ちぶれちゃあいないよ。


「結構です」


「なっ……断るのか?」


 金髪の子の手を押し返しただけなのに、黒髪の方が目を丸くする。


 なんでそんなに驚くの?

 ま、いっか。早くしないと遅れちゃう。


「よっこらしょっと」


 立ち上がると、私の腰に白いものが伸びてきた。


「うぎゃっ」


 パシーン


 びっくりして叩き落としたのは、金髪の子の腕だった。

 その直後、黒髪の子が何かに手をかける。


「お前っ!」


 ――え? 剣のつか? なんで?


 学生なのに、腰に剣?

 よく見れば、黒髪の子だけが剣を持っている。一方金髪の子は丸腰で、困ったように両手を挙げた。


「ごめんごめん、びっくりさせてしまったね。服のホコリを払おうとしただけなんだ」


「え?」


 男性に優しくされたことがないせいで、過剰に反応したらしい。親切をあだで返すなんて、恩知らずもいいとこだ。


「すみません」


「たいしたことじゃない。気にしなくていいよ」


「いいや、気にしろ! 不敬だぞ」


 本人が許してくれたのに、黒髪の子はムッとしている。

 膝に巻いたスカーフの赤は新入生の色。同じ十六歳なのに、この迫力はなんだろう?


 おかげで心臓がバクバクいって、息が上がってめまいもするような。覚えのあるこの感じ……まさか更年期!?


「こらこら、アルガン。些細ささいなことでご令嬢を恫喝どうかつするのは、やめなさい」


 金髪の子が間に入り、事なきを得た。

 わざとじゃないのに手を払っただけで「不敬」呼ばわり。黒髪の子は、相当短気だねぇ。


 

 礼を言い、逃げるようにその場を去った。

 

「ハアハア、なんとか間に合ったよ」


 入学式の直前、学園の大講堂に滑り込み。

 黒髪の子が怒った理由がまもなく判明する。

 

「おや? 新入生代表の挨拶は、さっきの金髪の子?」


 彼の名は、ユーフォルビア・フルゲンス。

 この国の王太子だ!

 


 



 


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