第2話 圧倒的美少女おばちゃん

 ……っていうのは甘かった。

 目覚めると、今度はキラキラした場所にいる。


「変だね。ま~た知らないところだよ」


 豪華なホテルの一室といった感じ。いつものせんべい布団ではなく、フカフカしたベッドの上だ。


「どっこいしょっと」


 起き上がり、部屋にあった大きな鏡の前へ。

 すると桃色の髪に青い瞳の美少女が、鏡の向こうから近づいてくる。


「うっわー、芸能人でも見たことがないほど綺麗きれいな子だね。外人さん? ねえあなた、どうしてそんなところにいるんだい?」


 思わず鏡に手を伸ばすと、向こうも同じように手を伸ばす。


「!?!?」


 そこで急に気がついた。

 自分の手が、白く細長い。しかもシミ一つなく、二の腕も細くなっている。


「え? え? え?」


 頭を抱えれば、鏡の向こうの美少女も同じように頭を抱える。首を振れば首を振り、頬をつねれば頬をつねった。手をパタパタさせれば向こうもパタパタ。口をとがらせれば向こうも同じ。

 これだけやれば、さすがにわかる。


「これ…………私!?」


 あまりのことに、目を丸くして、鏡を凝視する。

 夢の中で神様が、「転生先はラノベの世界」って……。

 いや、あれは夢じゃなかったのかい?


「はああぁぁ!?」


 驚きで大きな声を出した途端、ドアが開いた。


「お嬢様っ、どうなさいましたか?」


 登場したのは、これまた綺麗な外人さん。

 でもなぜか、メイド服。


「どうもこうも、こんなことって……」


「悪い夢を見たようですね。薄着のままだと風邪を引きますよ」


「そうだね……って、え!?」


 外人なのに、言葉が通じる。

 しかも向こうは、私のことを知っているみたい?


「なあんだ、やっぱり夢か」


 安心して、再び寝ようとベッドへ直行。

 夢の中でも寝るなんて、睡眠不足極まれり。


「そろそろ起きてください! 本日は制服の採寸があるでしょう? 旦那様も奥様もお嬢様の晴れ姿を心待ちにしていらっしゃいますよ」


「制服?」


「ええ、お嬢様は十六歳になられたんですもの。入学資格は十分です」


「十六歳? 五十過ぎのおばちゃんが見る夢にしては、ずいぶん図々しいねぇ」


「何をわけのわからないことを。ほら、急いで仕度したくしてくださいまし」


 追い立てられて着替え中も、腰は一度も痛まない。座骨神経痛ざこつしんけいつうで歩くのも一苦労だった昨日までの日々が、嘘のよう。


「これが転生? どっちかっていうと、乗り移ったみたいだけど……」


 口にした瞬間、頭の中に映像が流れ込む。

 それは、幼い時から今までのこの子の記憶だった。


「何これ」


「……お嬢様?」


「私はシェリー。ブラッサム男爵家で育ち、現在十六歳。グロリオーサ王立学園への入学を控えた身」


 特に違和感なく受け入れられたが、アラフィフだったもう一つの記憶もある。そっちの方が自分としては馴染み深い。


「頭がこんがらがってきた。これが転生ってやつなのかい?」


「お嬢様、さっきからブツブツ何を……具合でも悪いんですか?」


「いんや。じゃなかった、いいえ。おかしな夢を見ただけですわ。サフランったら心配性ね」


 おかげでメイドの名前も思い出せた。言葉遣いも上品に。さっきのままだと完全に変人扱いだから。

 転生は、神様からのご褒美ほうびかもしれない。来る日も来る日も働いて、バカにされても我慢した私を、きっと見ていてくれたのだ。




 以来、私はここでのんびり過ごしている。

 いたって普通の毎日なので、ラノベ――ライトノベルの世界で私は脇役なのだろう。


「おはよう、シェリー」


「おはよう。ぐっすり眠れたようで良かったわ」


「お父様、お母様、おはようございます」


 それにしても、この家の者は顔がいい。

 両親はもちろんメイドや執事、馬屋番までみな美形。

 ちなみに両親は、私の前世の年齢より下のアラサーだった。執事もやはり年下で、彼の口癖は「この年寄りめにお任せください」だ。


 お願いだから、やめて~~!

 四十代はまだ若く、五十歳もシニアじゃないから!!


 ただ、以前の記憶があるせいか、私も時々おばちゃん言葉が出てしまう。


「サフラン。今日は肌寒いから、とっくりセーターを用意してちょうだい」


「とっくりセーター?」


「あれ? 通じない? ええっとえりがこう、ここまであるもので……」


「ああ。タートルネックのことですね」


「そうとも言うわね」


 またある日には、母親とも会話がかみ合わなかった覚えがある。


「シェリーったら。そのケーキ、全部一人で食べるつもり?」


「とんでも八分、歩いて十分」


「え?」


 おかしいな、笑ってくれると思ったのに。


「その……とんでもありませんわ」


「そう。じゃあ、一切れでいいのね?」


「当たり前田のクラッカー」


「は?」


 場をなごませようとしたギャグが、見事に空振り。思い返してみれば、反抗期の長女にも「ババア、ダッサ」なーんてバカにされてたっけ。


 あの子達は元気だろうか?

 ご飯、ちゃんと食べている?


 思い出したら悲しい気持ちになるけれど、元の世界には戻れない。自分が過労死するまで気づかない間抜けだなんて、思ってもみなかった。

 

 


 もちろん転生には、良い面もある。


「肌に張りがあるっていいわね」


 頬をツンツン突きながら、鏡の前で百面相。

 メイドのサフランは、そんな私にあきれているようだ。


「お嬢様ったら。若いんですから当たり前じゃないですか」


「当たり前田の……」


「え?」


「いえ、なんでもないわ。それよりコルセット、昨日ほどキツくしないでね」


「かしこまりました」


 キツいのは嫌だけど、ドレスの下に装着するコルセット自体は嫌じゃない。

 前世のパートは立ち仕事。無理がたたったせいで、四十代で座骨神経痛をわずらった。以来腰が痛くてお尻もしびれるため、医療用コルセットは必需品。


「今は痛くないけど、着けとくとなーんか安心するんだよね」


 若い身体は素晴らしく、肌には張りが、髪にはつやがある。たくさん食べても胃もたれしないし、身体は軽いししびれない。何よりこの子は、顔がいい。


「いつ見ても、圧倒的美少女よね。おばちゃんにはもったいないわ」


「お嬢様、何をまたわけのわからないことを。ご自分が可愛いって、ご存じのくせに」


 美人なメイドは厳しく優しい。

 かつて仲の良かったママ友を彷彿ほうふつとさせた。


 






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