第一章
第1話 ラノベってなんのこと?
「疲れた」
睡眠不足が続いたある日、私はよくわからない場所にいた。
「ここって……」
辺り一面白一色。他には何もない。
「なんとも奇妙なところだねぇ。五十過ぎのおばちゃんを
口に出してはみたものの、パート先と家との往復で
「帰りに買い物したけど、ちゃんと帰ったよね」
だったらこれは夢?
最近もの忘れがひどいから、布団に入ったことすら忘れたらしい。
「久々の夢だってのに味気ないねぇ。せっかくだから宝くじが当たるとか豪勢なものを食べるとか、そのくらい奮発してくれればいいのに」
口を
どこからか、クスクス笑う声がする。
「思ったより元気だね。いや、元気だった、と言い換えた方がいいのかな」
「誰っ!?」
可愛い声だが姿が見えない。
この辺に不審者情報あったっけ?
「ボク? ボクは神だよ」
突如、何もない空間に白いウサギが現れた。
手の平サイズの羽根つきウサギが、目の前をパタパタ飛んでいる。
「ええっ!?」
新種のウサギかな?
「神? ペットじゃなく?」
「あのねえ。それ、ボクだからいいものの、他の神に言ったら確実に怒られるよ」
ウサギが神様って言い張るとは、なんておかしな夢だろう。
でも、ま、可愛いからいいか。
「ごめんね。で、ここはどこ?」
「ここは時の
「転生……何?」
「えっとね。君はこれから、大好きなラノベの世界に生まれ変わる。これってテンプレだから、説明はいらないよね」
「らのべ? てんぷら?」
自称神様、なウサギの言葉がわからない。
……というより、ある箇所が気になった。
「生まれ変わるって……なんで?」
「おや、気づいてないのかい? 君はラノベを握りしめたまま、亡くなったんだ」
「へ!? いやいやいや、冗談も休み休み言ってほしいね。確かに疲れていたけど、死ぬほどじゃあ……」
「自覚がなかったってこと? 無理もない。パート先と家との往復に、家事全般。旦那は浮気中で息子は引きこもり、高校生の娘は反抗期、だっけ? 毎日夜遅くまで悩んだ末、肉体的にも精神的にも限界が来たんだろう」
「なぜそれを?」
「言っただろ? ボクは神だって。だから、君がラノベを買ったことも知ってるよ」
「確かに買い物はしたけど、いきなり転生って言われてもねぇ。で、ラノベってなんのこと?」
「あっれぇ? おかしいな、しっかり抱えていたくらい好きじゃなかったの?」
「抱えていた?」
「だーかーらー、ラノベだよ。ライトノベルって言った方が通じるのかな?」
「ライトノベル? ……ああ、あの表紙が綺麗な本のことだね」
ようやくわかった。娘の気持ちを理解しようと、パート終わりに本屋へ寄った。痛む腰をさすりつつ、店内を探し回った覚えがある。
『すみません。題に【転生したら】って付いている本ください』
『申し訳ありません。うちで取り扱っているだけでも二十冊以上あるので、もう少し情報をいただけませんか?』
『そんなに多いのかい? ええっと、娘がリビングに置き忘れていたので、チラッとしか見てないのよね。あの子、怒ってすぐに取り上げたから』
『……はあ』
そんなやりとりの後、ある売り場に案内された。店員さんは「ライトノベルのコーナーです」って言ってたっけ。
たくさんあってどれだかわからず、迷いに迷って表紙が綺麗な一冊を手に取った。
『じゃあ、これを……【転生したらモテすぎる!?】。変なタイトルだねぇ」
一緒に探してもらった手前、後には引けずに即購入。
時給以上飛んだけど、たまにはいいか。
「――ってなことがあったけど、あれをラノベって言うんだね」
「まさか知らなかったの?」
「まあね。なんせ初めて買ったから」
「な~んだ、せっかくラノベのテンプレ通りに登場したのに……」
だからその、テンプレってのがわからない。
神様と言っても、全能ではないらしい。落ち込む姿が愛らしく、なんだか気の毒になってきた。
「大丈夫?」
「うん、平気。君も安心して。転生先はラノベの世界だけど、願い通りチートなスキルをあげるから」
「テンプレ? チート? スキル? 頼むから、おばちゃんにもわかる言葉で話してちょうだい」
「そこから? ラノベにはしょっちゅう出てくる言葉なんだけど」
「知らないよ。だってラノベは若い子の読み物だろ? アラフィフの私にはこれまで縁がなかったからね」
「そうでもないよ。イケオジとかおしゃれなマダムも愛読している」
「ふーん、そうなんだ」
生活に追われていた私には、本を読む余裕すらない――そんな言い訳で、おしゃれも子供の好きなものからも、目を背けていた気がする。
他の女に走った旦那と部屋から出て来ない息子、口を開けば悪態ばかりの娘。
どんなに呼びかけても、私の声は届かない。
元通りとはいかなくても、挨拶くらいは交わしたい。
いつからこうなったのか?
どうして上手くいかないのか?
家族が変わってくれたなら――……。
だけど、一番変わるべきは、私だったのかもしれない。
「ねえ、考え中悪いけど、話を戻すよ。テンプレとは、ひな形のこと。ラノベの場合【決まった展開】っていう意味かな。チートは元々の言葉では騙す、とか不正だけど、ラノベでは【無敵】っていう感じで使うね」
「ふーん」
自分の夢の中なのに、ウサギ形の神様が登場したり知らない言葉がバンバン出たり。本当かどうか、起きたら調べてみなくっちゃ。
「残念ながら君の転生は決定事項で、転生先も
「……ありがとう?」
お礼を言った瞬間、神様(?)がスーッと消えていく。
なんとも愉快な夢だった。これで明日も頑張れそうだ。
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