転生したらモテすぎる!?~おばちゃん令嬢はそもそもラノベがわからない~

きゃる

プロローグ

伝えられない言葉

 コツコツコツ。

 秋の月がキレイに輝く夜、石造りの塔の内部に足音が響く。


「はあ。この階段、急で上るの大変なんだよね。古い建物だから、ところどころ欠けてるし。ちょっと休憩しようかね」


 私――シェリーは立ち止まり、塔の窓から月を見上げた。変わらず大きくまあるいけれど、きっちり二つ浮かんでいる。


「やっぱりここはラノベの世界、か」


 とっくに慣れたはずなのに、ふとした時に思い出す。


「痛たたたた」


 痛みはないのに座る時のくせで、つい出てしまう。

 初秋とはいえ肌寒く、石の階段は冷たい。制服の上にもう一枚羽織ってくれば良かったな、と後悔した。


 目的地まであと少し。

 人付き合いが苦手な彼は、かごの中身を喜んでくれるだろうか?


「いらない、な~んて言ったら承知しないよ」


 頼まれてもいないのに押しかけて、勝手な言い草だ。

 でもどうしても放っておけず、こうして時々通っている。


「だって、似てるんだよね」


 二度と会えないあの子に。

 あの時もっと寄り添って、話をしようと努力して、それから少し自分をいたわっていれば、私はここにいなかった。


「あー、やめやめ。しんみりしたって、どうにかなるわけじゃなし。さ、さっさと届けて帰ろう」


 研究に夢中で引きこもりの彼は、たぶんまた食事の時間を忘れている。三食きちんと食べなくちゃ、はかどるものも捗らなかろうに。


 ほつれた桃色の髪を耳にかけ、よっこらしょっと腰を上げ、私は再び歩き出す。


 コンコン。

 ようやく目当ての場所に到着し、木の扉をを叩く。

 しばらく待っても返事がない。


「ちょいとごめんよ」


 返事がないからドアを開ける。

 すると、うず高く積まれた本の向こうに銀色のボサボサ頭が見えた。


「ごきげんよう、ロータス様。夕食ですよー」


 話しかけても応えない。

 きっと聞こえていないんだ。

 あの子はいつもこうだから、私は余計に世話を焼く。


「ロータス様。こら、ロータス!」


「へ? ……うわあぁぁ、シェリー!?」


 乱れた銀の髪の青年が、慌てた様子で振り向くなり、椅子から落ちた。学生の身で現役魔道士のロータスは、学園の敷地内に研究室を与えられている。


「そこまで驚かなくてもいいのに。もしかして、今日もずっとここにいらしたの?」


「え? えっと……」


「その様子だと、食事もとっていらっしゃらないのでしょ?」


 気まずそうにうなずく彼を見て、私は持ってきたかごから中身を取り出した。


「はい、これ。特製うどんですわ」


「う、うどん?」


「ええ。粉から作った自信作。ちょっと冷めちゃったけど、コシはあるからお口に合うはずよ。つるっと召し上がってくださいね」

 

「こし? つる?」


 腰がつるのは昔の私。でも今は……って、関係ないから。

 前髪が伸び切っている彼の表情は読めない。たぶん困った顔をしているのだろう。


「とにかくどうぞ。召し上がれ」


「う、うん」


 素直に口に運んでいるあたり、私のおせっかいにもだいぶ慣れてきたみたい。

 

「それじゃ、わたくしはこれで」


「え? えっと、シェリー」


「なんですか?」


「これ、パスタの麺より太いけど、スープと合ってて美味しいよ」


 あら、感想まで言えるなんて、ずいぶん成長したじゃない。


「まあ、嬉しいですわ。食器は部屋の外に出してくださったら、明日取りに伺いますね」


「うん。あの……ありがとう」


 おやおや。お礼も言えて、いい子だねぇ。


「どういたしまして」


 微笑みそっと扉を閉めた。

 次の瞬間、真顔になって早歩き。


 ――急がないと、点呼に遅れちゃう!




 私は石の階段を駆け下りて、慌てて外に出た。

 そこでふと、人影に気づく。


 塔の壁に腕を組んでもたれかかるのは、背の高い美青年。月光が彼の整った横顔を照らし、髪がれたように輝くさまは夢見るように美しい。


「あの、ここでいったい何を?」


 彼は大きなため息をつくと、怒ったような声を出す。


「こんな時間に男の部屋を訪問するとは、感心しないな」


「でもそれは、食事の差し入れをしただけで……」


「理由は前に聞いた。だが、納得したわけじゃない」


「納得も何も、ここは王立の学園内で安全だし、若い子がおばちゃんに手を出すはずがないでしょう?」


「若い子? オバチャン?」


「あ、いや、こっちの話」


 そうだった。今の自分は十六歳で、以前の私とほど遠い。だけど中身は……。


「今夜は冷える。送っていくから、戻るまで羽織はおっているといい」


 彼は自分の上着を脱ぐと、私の肩に着せかけた。

 途端に鼓動が早くなる。


 ――このときめきは動悸どうきかな? 息切れめまいはないけれど。


「どうした? シェリー。行くぞ」


 振り向く顔は整って目に麗しく、私の名を呼ぶその声は耳に心地いい。

 寒空の下、彼はここで私を待ってくれていたのだろう。無愛想な彼のさりげない優しさが、今夜は格別身に染みる。


「あのね、――――」


「ん? なんだ。聞こえないぞ」


 よく聞き取ろうと立ち止まり、私が追いつくのを待っている彼。風で揺れた髪に月の光がきらめいて、この世のものとは思えない。


 ――ああ、そうか。ここはラノベの世界だった。


 何度も自分に言い聞かせたことを、またも繰り返す。

 

 憧れてはいけない。

 分不相応な望みを抱いてはいけない。


「ううん。えっと……ありがとう」


 首を横に振り、何事もなかったかのように明るく告げた。

 伝えたかった言葉は、今日も伝えられない。


「ああ」


 彼の目が細められ、口の端が上がる。


 慌てて見惚みとれないよう下を向く。

 だって私は脇役で、前世アラフィフのおばちゃんだから。


 

 


 


 


 

 

 


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