閑話休題:カイト、飯を喰らう

「ずるっ、ずるずるずるっ。えっ、あの訓練場閉鎖されたのか」


 薄暗い部屋の中でスマホを片手で操作しながらカップ麺を啜る男がいた。男の名前は弩門海斗、20歳冒険者である。ダンジョン攻略系D-tuberとして配信活動をしている海斗だが、2週間前に退院して以来ずっと引きこもっていた。


『アリサ何してる』

『カリム先生と一緒にいるよ、今買い物してる』

『そんなに仲良かったか?』

『カリム先生とってもかわいいのよ。子供扱いすると怒るけどお酒は飲めないしハンバーグ大好きだし』


 ピースをしているアリサの後ろで顔ほどの大きさのハンバーグを夢中で頬張るカリム先生の写真が送られてきた。歳の離れた姉妹のようでほっこりする画像だな、本人に言ったらぷりぷりと怒る姿が目に浮かんでくる。


『カリム先生が「カイトはいつ帰ってくるのだ!!」だって』

『すまん、もう少しかかると言っておいてくれ』

『別にいいよ、色々あったんだから休んでなさい』


 モルテン・レプティスとの死闘から一カ月、退院して3日で帰ってきた海斗にセルディさんは驚きこそすれ献身的に治療をしてくれた。傷口を縫って回復魔法をかけて、後は安静にしていれば治るはずだったのだが、ダンジョン由来の細菌に感染したようで数日間意識を失うほどの高熱にうなされていた。熱が引いた後も大変だった、ギルドの調査員が訪ねてくると面会時間中ずっとあれやこれやと質問攻めにされた。あの日いた人達も聞かれたらしいが、ダンジョンから出た瞬間を見たことや最初に戦闘を始めたことから特に徹底的に取り調べを受けた。

やっとギルドの調査員が帰ると、アリサやカリム、ゼブライデンに志桜里さんとローブを着た女性(後で酒井シャミィと自己紹介された)がお見舞いに来てくれた。アリサは呆れつつも「君らしい」との事だ。カリム先生が騒ぎすぎてセルディに雷を落とされたり、チャンネル登録者数が10万人になっていることに驚いたりと、短い時間だったが楽しかったものだ。志桜里さんが言うにはダンジョンのモンスターが地上に進行してきたことに関して箝口令が敷かれているようだ。


「あの後、ギルドの方々が大勢来られて周辺が封鎖されたんです。今もネット上では憶測が飛び交っていますがギルドはまだ何も発表していません」


 ダンジョン・クライシスから十数年経つが、地上からモンスターが駆逐されたのが8年前である。陰謀論者が声高に破滅の到来を叫んでいるが、俺たちに出来ることなどないだろう。その後、順調に回復した海斗は退院することになったのだが、どうして今も引きこもっているのかというと……。




「……なんか、疲れたな」


 アリサを助ける前は登録者数23人、同時接続数2、3人の底辺D-tuberだった。誰ともパーティを組むこともなく、ソロでコツコツとやってきた。毎日D-tubeと6ちゃんで情報収集をして、ダンジョンへ行き配信をする。たまにレアなドロップアイテムがゲット出来たら換金して一人寂しくコンビニ飯で宴を楽しむ、それが海斗の日常だった。


【DUNGEONLIFEちゃんねるについて語る カイトハーレムスレ:part7】


・カイト配信してる?

・モルテン・レプティスのアーカイブ消えてるんだけどギルドに消されたか?

・カリムちゃんの切り抜きあげてくれ

・流石に傷も治ってると思うが……殺された?

・配信でこの件に言及すると消されるらしい

・ギルドの地下で拷問を受けてるらしいです

・ワシもカリムちゃん尋問したいお

・昔のアーカイブ見てるんだけど以前から動きはいいね

・常識的に考えてCGとかやらせでしょ? モンスターが地上に出てくるとかいつの話だよwww

・リアタイしてたから言うけどガチだったよ

・カイトはアリサとカリムちゃんどっちを取るんだろうな

・訓練場に凸した奴おるか? ワイは警備員に追い返されたけどドームみたいなの作ってたで


「明らかに悪目立ちしてるよなぁ……」


 自分についてのスレを見てつい溜息をついてしまった。退院して自宅に帰った後、何気なく6ちゃんを覗くと海斗関連のスレッドが9つも建っていた。純粋な応援から活躍を疑問視する声、アリサやカリム先生についての話題など、そういったスレに全て目を通した結果、海斗は精神的にめちゃくちゃ疲労してしまったのだ。


***


「へいっ! ハローD-tube! 今日もダンジョンの情報を」「こんにちは~、ダンジョン系アイドルのエル子で」「おいっ!! サンマ太郎、お前どうしちまったん」「一か月前のダンジョンからのモンスター侵出について」「みなさん!! ダンジョン攻略情報の高額詐欺には気を付け」「ダンジョンからモンスターの声を届けていきま」「蘇生費用の値上げ反対!! 蘇生術の公開に署名をおねがい――」




「…………飯食うか」


精神的に疲弊していても腹は空く、D-tubeを消すと遅めの昼飯を作るべく台所に向かう。最寄りのギルドまで徒歩30分1Kユニットバス、四畳半の畳の上に布団を敷いた一部屋が海斗の城であった。足元に散乱するゴミを踏まないように注意しつつ冷蔵庫の中身を確認する。


「キャベツ、湯煎ハンバーグ、納豆パックのからし、エナジードリンク、青のり……やべ、白米ないじゃん」


 カップ麺は残っていないのにどうしたものか、炒めたキャベツをハンバーグに乗せて食うか? いやいや、俺の胃袋はがっつり食いたいと訴えてくる。何かないかと戸棚をあさっていると指先にビニール包装の感触があったので引っ張りだしてみる。


「こっ、これは!! 『焼きそばペイヤンゴ~ダンジョンこってりオーク味~超大盛MAX』じゃねぇか!!!!!」


 赤を基調としたパッケージには食欲を誘うソース色の細麺が湯気を立てて鎮座していて、真ん中にでかでかと書かれたペイヤンゴの文字と合わせて海斗の空腹中枢を過去最高に刺激していた。うっひょ~、こいつはたまんねぇ。


「おいおいおい、俺が一年前に買った期間限定のペイヤンゴじゃねぇか。いつか食おうと思っていたがすっかり忘れてたぜ」


 はやる気持ちを抑えてやかんでお湯を沸かす。さてさて、どう食ってやろうか。このまま調理して食べるのもいいが、せっかくだからアレンジしてみたい。おもむろに湯煎ハンバーグを真空パックから取り出すと二つに両断する。


「そのままドカン! と乗せるのもいいが……ここはひと手間かけよう」


 二等分されたハンバーグの片方を包丁で丁寧にサイコロ状に切っていく。ミートボール風に焼きそば麺に絡ませて食ってやるのだ、我ながら天才的なアイデアでは?


「次はキャベツだな、焼きそばと言えばキャベツだ。というわけでキャベツを刻んで焼きそばに……ハッッッ!!!」


 海斗の脳裏に稲妻が走る。神の天啓だろうか、海斗の頭に響くその声は彼の心を大きく動かした。


『別に、入れなくてよくね?』

「そんな!! 焼きそばにキャベツを入れないだと? そんな事許されるのか!」

『ええやん、かやくにもキャベツ入ってるし』

「それでは肉と野菜のバランスが崩れてしまう! 肉と野菜の比は6:4が黄金比で――」

『でも君、ペイヤンゴ食う時肉だけ食うやん。麺を食い終わってから器の底に残ったキャベツを嫌々食ってるやん』

「ぐっ……」


 その通りである。黄金比だのなんだと言っているが、海斗は焼きそばについてくるかやくの野菜が好きではないのだ。なんというか麺とあまり絡まないというか、最終的にそれぞれ単体で味わっているようで苦手だ。


『今は食いたいもんを食おうや。深く考える必要なんてないんやで』

「肉と麺ばかりでいいのか……? 茶色まみれの肉まみれでもいいのか……?」

『いいんやで、それが一番なんや』


 少し萎びて元気の無くなったキャベツをそっと冷蔵庫の奥に押し込む。すまん、お前の出番はここじゃないんだ。いつかお前の輝ける舞台を用意してやるからな。一か月後、カビ爆弾となるキャベツを見送るとペイヤンゴに向き合う。


「今の俺なら出来るはずだ。最適解が……見える! 見えるぞぉ!!」


 包丁を手に取ると流れるように一閃、包装のビニールを切り裂く。丁寧に蓋を半分開けるとかやくとソース、調味料を取り出す。


「オーク味という事は……ふふふ、やはりあったな‘‘背脂‘‘ッ!! ぱんっぱんじゃねぇか……!!」


 ソースと同じパッケージに入れられたであろう背脂だが、指で押すと強い反発感を感じるほど限界まで入っている。明らかにソースより量が多い背脂に興奮していると、やかんが沸騰を知らせる笛の音を奏でる。


「よし、それでは始めようか」


 半分まで蓋の開いたペイヤンゴをシンクとやかんの中間点にセッティングする。ここからは一秒たりとも無駄には出来ない。グラグラと沸き立つお湯の声を聞きながらその時を待つ。


「…………シャアアアアッッ!!! ハアアアァァァッッ!!!」


 そっとやかんを掴むと目にも止まらぬ素早さで腕ごと垂直に回転させる。遠心力により沸騰したお湯はこぼれることなくやかん内に留まっている。やかんが海斗の頭上、回転の頂点に達すると、勢いのままにやかんの口を焼きそばの注ぎ口に叩きこんだ。加速したお湯が容器を瞬く間に埋め尽くしていく。手に感じる重みが半分ほどになった瞬間、焼きそばの蓋を閉じると、やかんの底を使って再び封をする。一連の動作に掛かった時間は約4秒、自己記録更新である。


「完璧だ、しかし油断はできない。ここからが勝負だ」


 海斗は乾麺を作る時に時計を使わない、今まで使った事もなければ今後も使うことはないだろう。信じるのはそう、ただ自分の心を信じるのみだ。ペイヤンゴを作る際、記載された3分より1分45秒で作るのがベストである。もちろん、その日の気温や体調によってこのベストの時間は変わるため自分で計るしかないのだ。


「あと残り50秒、今だ!」


 蓋を開けるとかやくを入れてすぐさま封をする。麺と比べてかやくは遥かにふやけやすいため、時間差を開けることで最適な固さに抑えるのだ。


「……いち、に、さん。おらぁぁ!!」


 ペイヤンゴの容器を持ち上げると、荒々しくも丁寧に湯切りを実行する。余分な水分が残らないようにしっかりと確認をすると、ソース、背脂、ふりかけの順番で麺に絡ませていく。


「ひぃぃぃっっ!! なんて旨そうなんだ、これ以上この香りを嗅いだらおかしくなりそうだぜ」


 芳醇なうま味と適度な塩味と甘みを含んだソースをその身に纏うことで麺は目がくらむほどの輝きを放っていた。背脂が粉雪のように掛かっている様は官能的でさえある。サイコロ状のハンバーグを絡めて、さらにもう一方のハンバーグを乗せると圧倒的な完成度に我ながら驚愕してしまった。


「さてさて、エナドリとこいつで一杯やりますかっと――」

『それでいいのか』

「なっなんだ!」

『諦めるのか、お前のペイヤンゴへの想いはその程度だったのか』

「何が言いたいんだよ!」

『野菜……お前はキャベツはどうでも良いと言ったが、もう一度そのペイヤンゴを見てもそう言えるのか』

「ぐっ……」


 痛い所を突かれてしまう、海斗の作ったペイヤンゴは一見完璧だ。しかし、ハンバーグを追加したことであまりにも茶色だった。見渡す限り茶色、かやくのキャベツも茶色に染まってしまって完全に同化している。こんな脂と炭水化物まみれの食べ物を口にしてしまったら、食べている間はいいだろう。しかし、一度完食してしまえば罪悪感と後悔で精神にさらなる傷を負うことは間違いないだろう。


「どうしろってんだよ……クソぉ!! ——これは」


 やり切れない思いで床を殴った時、何かが視界をよぎった。床に落ちたそれを手に取ってみると、冷蔵庫から出していた青のりだった。


「ああ、そういえばあったな。でもこんなんじゃ何の解決にも……」


 やけくそ気味に青のりを焼きそばに掛けてみる。その瞬間、奇跡が起きた。


「——これは、‘‘野菜‘‘だっ!!!」

『は?』

「どうして今まで気付かなかったんだ。この色、この香り、完全に野菜じゃないか!!!」

『無理あるでそれは』


 爽やかな磯の香り、春の新緑を思わせる色合い、軽やかな手触り、構成する全ての要素がこれを‘‘野菜‘‘だと叫んでいた。実際に青のりをかけた事であんなに不健康そうな見た目のペイヤンゴがグリーンスムージーも裸足で逃げ出すほどの健康食品に早変わりしていた。


『流石にめちゃくちゃやで。青のりは海藻や』

『お前が想うことが全てだ……心に、従え』

『いやいやおかしいやろって――』

「ありがとう、俺はこいつを求めていたんだな」


 芳醇なソースと濃厚な背脂が合わさり爽やかな磯の香りが纏めることで至高の味わいを実現している。ミートボールスパゲティのようにハンバーグを麺と一緒に口に運ぶと不思議と調和していて旨い。舌を通して脳を駆け巡る快感に身を委ねて食べ進めていく。少しこってりしてきたと思ったらエナジードリンクを飲むことで味覚をリセットさせる、最後にソースをたっぷり身に染みこませたハンバーグを一息に食べ切った。


「……ふっー、ご馳走様でした」


 これほどの満足感はいつ以来だろうか、空になった容器を見つめて感嘆の声を漏らす。無意識の内に手が合掌の形を取っていた、‘‘感謝‘‘これこそが俺の忘れていたものかもしれない。引きこもるようになってからただ漫然と食事をしていた。何を食べたか、どんな味だったのか、なぜ食べるのか、そういった食への尊敬が足りていなかったのでないだろうか。今ならわかる、例えこれまでと違う生活になったとしても、この‘‘感謝‘‘を忘れなければやっていけるはずだ。


「うっぷ、そろそろ復帰しますかね」


 ゴミだらけの部屋も軽く掃除してみよう。まずはペイヤンゴの容器をゴミ袋に突っ込むとペットボトルやティッシュのゴミなどもゴミ袋に放り込んでいく。軽く10分程度だがかなり綺麗になったんじゃないか? 部屋がきれいになると気分がいいな。


「ふぅー、なんか食後で眠くなってきた『ヂリリリリリリリ!!!!』っ、アリサからか。もしもし?」

『カイト!! 元気ないのか!!』

「へ? アリサ……じゃなくてカリム先生ですよね」

『そうだ!! アリサがため息ついてるから問い詰めたら引きこもってるって言ったぞ!』

「あー、いや引きこもりは終わったというか」

『ピンポーン、ピンポーン。あれ、これ押すんじゃないのかアリサ!』

「え、もしかして今インターホン押してます? というか俺んちじゃないですか?」

『えっ、いや、そんなことは無いぞ!! これは‘‘さぷらいず‘‘だ!!』

「…………」


 ドアを開けると大きな包みを抱えた褐色の幼女と、背後で手を合わせて申し訳なさそうにしている銀髪の少女がいた。


「おっ! 出てきたな、アリサこの‘‘すまほ‘‘には助かったぞ!!」

「なんで俺んちに……というか俺、住所教えましたっけ」

「セルディさんに教えてもらったのだ!! お見舞いに行くと言ったら快く教えてくれたぞ!」

「カイトごめんね、でも私も心配だったから……」

「別にそんなの気にしてねぇよ、住所についてはちょっと驚いたけど。で、そのデカい包みはいったい?」


 カリム先生の身長の半分ほどの大きさの包みだが一体何が入っているのだろうか。


「ふふん! 見て驚くがいい、アタシの初お給料で買った物だから感謝するんだぞ!!」


 包みを開くとホットプレートとドでかい塊肉が出てきた。


「カリム先生? これは一体……」

「ダンジョン産オーク肉だ! すごく肉質のいい奴が売っていてな!! カイトに食わせるために財布をはたいたのだ!!」

「えっ……あのすいません、実はもうたべ」

「ふふん、こんなに良いお肉を食べれるなんてすごい事なのだ!! カリム先生に感謝するのだ!!」


 感謝、感謝、感謝…………うん、ありがたくいただこう。お腹の中にペイヤンゴの存在感をしっかり感じているがそれより‘‘感謝‘‘が優先だ。


「カイト? なんか顔色悪いような」

「ははははは!! いやー先生、ありがとうございます!! いっぱい食べさせてもらいますよ!!!」

「うむ!! では焼肉ぱーちーなのだ!!」


 


数時間後、早々にぶっ倒れた海斗と満腹のアリサを横目にカリム先生は幸せそうにお肉を頬張っていた。


「カイト……思ったより小食なのね」

「なさけないのだ!! アタシがカイトの分も食べてやるのだ!!」


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【悲報】SSSSSスキル『欲しいものリスト』を手にした配信者~最強の仲間とダンジョンを制覇する 凍月凛 @suyamatoshiyuki7

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