弱小ダンジョン配信者、大蛇討伐

「はあぁっっ! ぐっ――」

大地ランドールよ、力を与え給え!!』


 精霊による守りが崩されたことで二人は劣勢に立たされていた。残った精霊の力で何とか妨害しているが、かろうじて攻撃を逸らす程度の出力しか出せていない。海斗もブロードソードを振るって何とか爪を弾くが、そう何度も防げないのは明らかだ。


「カリム!!」

「っ! ごめんっ!! 『焔火ボルケニオスよ、力を与え給え!』」


 精霊が消えた瞬間を狙った爪の一撃にブロードソードを滑り込ませる。さっきから精霊が急に消えている、残っている精霊もあとどれだけ戦えるだろうか。カリムが火炎弾を胴体に打ち込むが、分厚い鱗には傷一つ付かない。


「クソ、いつになったら応援が来るんだ」


 もう15分近く戦闘している、誰でもいいから助けが欲しかった。爆炎のダメージがじりじりと動きの精彩を奪っているのを感じる、モルテン・レプティスはじっくりと時間をかけて俺たちを嬲り殺しにするつもりなのだ。


「——あっ、ごめ、たすけて」


 カリムが膝から崩れ落ちる、超音波の効果が今頃効いてきたのだ。刺し貫かんと爪が彼女に迫る、間が悪いことに倒れた時に精霊が消えたことで無防備な姿を晒してしまっている。ブロードソードを投げ捨てると全力で彼女の元に走る、頼むから間に合ってくれ。


「ガァッッ!!——っ」


 間一髪の所で間に合った、彼女の小さな体を抱き寄せると勢いのままに地面を激しく転がった。


「カリム! 大丈夫か、落ち着いたら精霊を呼び出してくれ! それまでは俺が――」


 カリムが戦えるようになるまで時間を稼ぐ、とにかく奴の気を引いて攻撃を回避することに専念しなければ。しかし、なぜか立ち上がれない。足に力を入れても体が重くて立てない。


「イヤっ……、そんな……」


 足元を見ると流れ出した血がどんどん広がっていく、ぱっくりと切り裂かれた太腿からはドクドクと血が流れ出している。

モルテン・レプティスの赤黒く染まった口が迫ってくる、カリムが精霊を呼び出そうとしているが間に合わないだろう。


(すまねぇカリム先生、守れなかった)





「お前たち行けっ!!」

「全力でおさえるのよ!!」


 3体の影がモルテン・レプティスの鼻先に飛びかかる。犬のようなシルエットのそれは、鉄とセラミックで構成された異質な見た目をしていた。パーツの隙間から蒸気を放出するロボット犬は、頭にとりつくと牙に見立てたブレードを突き立て続ける。

 呆気に取られていると、モルテン・レプティスに向かって次々と人が走っていく。スーツを着ている者、Tシャツ短パンのラフな格好の者、ローブを羽織った者など多種多様な人々が、椅子やモップを振りかざして戦っている。


「いったい何が……」

「二人とも大丈夫ですかっ!! 大変っ、直ぐに止血します!」


 志桜里さんは傷を確認するとスニーカーの紐で脚の付け根を締め上げて簡易的な止血を施してくれた。


「志桜里ちゃん、あの人たちは――」

「悪い知らせが一つ、ギルドの応援は一時間以上遅れるようです。奴を足止めして応援を待つのは厳しいでしょう」


 そんな、最後の希望が断たれてしまった。しかし、だったらあの人達は何なのだ。


「講習に参加していた方々に協力を仰ぎました、あのロボット犬はゼブライデンさんから借り受けた物です」

「たった二人で戦わせてしまった、申し訳ない」


 栗毛色の馬面の人物が深く頭を下げていた。足元には細身のロボット犬が2体付き従っている。


「どうして……なんで逃げなかったんだ」

「異なことを言う、命を懸けて戦っている者を尻目にのうのうと逃げることなど出来ぬ」

「その通りです、とにかく奴を倒す方法を考えましょう」

「でもあいつの鱗が硬すぎて攻撃が通らないんだ! どうにか攻撃さえ通れば……」


 攻撃を避けるので精一杯だったのに倒せだなんて無謀だ、俺のブロードソードも奴の鱗の前には弾かれてしまった。せめてユニークスキルが使えたら……、って待てよ? もしかしたら大きな勘違いをしているかもしれない。海斗はギルドカードを取り出すとステータスを確認する。


「もしかしたら、倒せるかもしれない」


***


「ゼブライデン! もうこれ以上は無理だ!」

「了解した、ロボット犬が殿を務める。シャミィ殿達は下がってくれ! 海斗君、どうだろうか」

「同接1万5千人、かなり集まっています!」


・なんだなんだ

・これって地上じゃない? なんでモンスターがいるんだ

・いきなり死にかけで草

・おいギルドに連絡しろ

・もうしたってよ、ここで倒さないとダメなんだって

・クソでか三角定規で戦ってるの草

・アリサは?

・良くわからんけど頑張れーw

・何かやばい事が起きているみたい

・¥500 入院費

・命がけで頑張ってるな

『幻影(ファントム)・スター様から【ルアハ・ガントレット】が贈られました』

・¥10000 どうやって倒すのか楽しみ

・また熱いバトルを見せてくれ!!

・うおおおおおおおお!!!!! カイト頑張れ!!!!

 

虚空に火花が走ったかと思うと火花は線となり幾重にも重なることで二つの立体物を形成していく。一層強く輝くと、そこには一対のガントレットが浮かび上がっていた。


「これがユニークスキルであるか。初めて見たよ」

「これ……アタシが使っていいの? スゴイ武器だよ」

「気にしないでください、俺には扱えない武器です。それに奴の動きについて行けるのはカリム先生だけです」


 彼女がおそるおそるガントレットを装着すると、手の甲に付けられた宝石が輝く。燃え盛るような紅緋色のトカゲと全身に電撃を纏ったハリネズミが吸い込まれるように宝石に溶けて消えていく。彼女の周囲のオーラが一段階強くなっている、これなら奴の鱗も打ち破れるだろう。


「準備はいいですか、先生」

「すぅーーっ、はぁーー。……うんっ!! アタシ、絶対勝つからねっ!!」


・カイト戦わんの

・カリム先生って誰?

・かわE

・褐色ロリだ!


「ああ、俺は戦わない。俺の先生が戦ってくれる、カリム先生は強いからしっかり見とけよ!」


 カリムはニカっと笑顔を見せると、モルテン・レプティスの元へ歩みを進めた。最後のロボット犬の頸を噛み千切ると奴は静かに近づいてくる挑戦者を睥睨する。圧倒的な爆炎を浴びせたことで最早脅威になりえないと判断した少女が、新たな力を身に付けて立ち塞がっていたのだ。


「キョオオオオーーーーーンン!!!」

焔火ボルケニオスよ、雷光スピネルよ、我が身に宿りて破邪大公の化身と示せ!!!』


 カリムの全身を蒼雷が走り抜ける、編み込んだ髪が解けて怒髪天を衝くように輝いている。拳を構えて攻撃の姿勢を取るとガントレットに猛火が宿る、戦いの火蓋は切って落とされた。


「シッーーー!! シッーーー!!」

「フッッ!! はぁああっ!!!」


 ガントレットによって精霊の力を身に纏ったカリムは圧倒的であった。モルテン・レプティスの振るう爪を雷鳴の如き疾走で引き離していく。地面を一歩踏み砕く度に彼我の距離が消滅する、速過ぎて走り抜けた後の残光を目で追う事しかできない。


「せあああっっ!!!」


 死角に入り込み、瞬きする間に巨体に連撃を叩き込む。電撃が肉を切り裂き、火炎が焼き焦がしていく、戦闘が始まって以来初のダメージに巨体をくねらせて必死に逃れようとしている。


・速すぎだろwww

・何者だよあの子

・TUEEEEE!!!

・がんばれーー!!


 カリムの猛攻は止まらない、爪による反撃をいとも容易く回避するとカウンターの一撃を何度も打ち込んでいる。既にモルテン・レプティスの体は鱗が所々剥がれ落ちて痛々しい傷口が露出している。一方で彼女の体は無傷だ、完全に形勢は逆転していた。


「アタシの生徒を傷つけたな、絶対に許さないのだ。お前はアタシがここで仕留める」

「キョオオオオ!!キョオオオオ!!」


 一方的に攻撃された事にしびれを切らしたのか、モルテン・レプティスは攻撃パターンを変えてきた。牙と爪を主体としたヒットアンドアウェイに徹していたのを、巨体を鞭のようにしならせて狂ったように叩きつける。圧倒的な質量から放たれる一撃は掠っただけでも小柄なカリムにとっては致命傷となるだろう。


「シュッッ!! シュッッ!! はっっ!!」


 巨体は加速し続け、死の竜巻となってカリムに襲い掛かる。近づけば確実に死が待っているであろう領域に彼女は飛び込んだ、上下左右全方位から迫りくる攻撃を躱し逸らして潜り抜け、神懸かり的な反応速度で駆け抜けていく。漆黒の渦を切り裂く蒼と赫の閃光に海斗達は釘付けになっていた。

 

『解き放て!!錬爆!!』

「ギィィィィッッッ――!!!」

 

渦の中心にたどり着くと、身に纏う蒼雷と猛火が一挙に放出される。反撃を喰らうことを想定していなかったのか無防備に最大出力を受け止めた。巨体の大部分を焼き焦がす炎雷は漆黒の鱗を貫通してモルテン・レプティスの内部に致命的なダメージを与えた。


「…………」

「終わりなのだ」


・何が起こったんだ

・すご……

・強すぎるよ


 モルテン・レプティスの瞳には恐怖の色が濃く浮き出ていた、彼にとって目の前の少女は多少厄介な邪魔者であり、自身の命を脅かす者では無いと考えていた。だが、必殺の大爆炎を使っても、本気の猛攻を仕掛けても、逆にこちらが窮地に追い込まれている。目の前の少女には勝てない、現実をはっきりと認識した後の行動は実に速かった。


「マズイっ、逃げたぞ!!」


 モルテン・レプティスは一瞬、カリムに突進するそぶりを見せるとその勢いのまま校門へ全力で転進していった。地面を血で汚しながら強敵から逃走する様は海斗達を苦しめた強敵の面影はなく、奇しくも最後に彼によって丸呑みにされたゴブリンのようであった。


「っ! 逃がすか!!」


 突然の敵前逃亡に面食らったが、カリムもすぐさま追いかける。どんなに必死に逃げたとしても彼女の脚からは逃れることは出来ない。瞬く間にモルテン・レプティスの背後に追いついた。


「キョオオオオッッーー!!!」


 

モルテン・レプティスは最期の力を振り絞ると校門に手を掛け、その身を宙に躍らせた。バク転するように背面に飛び上がると、カリムを噛み殺さんと最後の攻撃を仕掛ける。彼女もまた、迎撃するために猛火を拳に貯めていく、限界まで反り返りこちらを睨みつける頭に渾身の一撃を叩きこむため構えの姿勢をとった。


「チェストオオオオオッッ!!!!」


 猛火を身に纏ったカリムの拳が振りぬかれようとしたその時、モルテン・レプティスの口から爆炎が迸った。もう二度と爆炎を放つことは出来なかったはずだが、彼女の炎にニトロを引火させることで最後の大爆炎を放ったのだ。


「カリムッッ!!!」


全身を炎に包まれても彼女は視線を外さない、振りかぶった拳を強く握り絞めると正確にモルテン・レプティスの眉間を撃ち抜いた。


「ッッッ――!!! あああああぁぁぁ!!!!」


 全力の一撃が頭蓋を打ち砕いた。カウンターを喰らったモルテン・レプティスは地響きを上げて地面に墜落する。びくりと身じろぎをした後、全身が灰色の砂となって崩れた。


・うおおおおおおおお!!!!!

・勝った!!! カリムすげーー

・グレートだぜ!!!

・¥50,000 おめでとう!!面白かった!!

・神すぎwwwww

・¥500 めでたいねぇ!!

・先生TUEEEE!!!

・頑張った!スゴイ!!

・$100 GOAT KARIM!!!!!

・凄すぎる……!!!

・チャンネル登録した!!!

・今まで見た中で一番熱い勝負だった!!ありがとう!!


「カイトっ!! 見てたかアタシの活躍!!!」

「ええ、ちゃんと見てましたよ。本当に……すごかった」


 服の一部が少し焦げているが彼女は無傷だった。鬼気迫る戦いぶりから一転して子供のような無邪気な笑顔でこちらに走り寄ると、海斗の胸に飛び込んできた。周りの目が恥ずかしいけど、こんなに頑張ったのだから今は褒めよう。


「マジですごかったですよ。配信もほら、2万5千人が見てます」

「ふふん、カイトがくれたガントレットのおかげなのだ! こいつのおかげで精霊の力を引き出せたの!!」

「いや、そのガントレットは別の人が贈ってくれたわけで」

「宣言通り勝ったぞ!! やったあああーー!!」

「……頑張りましたね」

「ん~、ふふん!」


 とにかく彼女が嬉しそうなら何よりだ。今回俺は足手まといだった、ほんの少し手助けをしただけ、それも他の誰かの贈り物なのだがそのくらいの事しか出来なかった。しばらくの間、彼女の頭を撫でて頑張りを労ってやると嬉しそうに顔をほころばせていた。


「カリムちゃんすごかったわ。でもカイト君の傷の手当をしないといけないから離れてあげてね」

「あっ!! 完全に忘れてたっ、アタシが治療院につれてくっ!!!」

「カリム殿は疲弊しきっているだろう、私が抱えて行くから待っていなさい」

 

 そろそろ太腿の傷がキツくなっていたのでこの申し出は正直うれしかった。がっちりとした体格のゼブライデンにお姫様抱っこで持ち上げられてしまった。まさかされる方が先とは思わなかったな、そんな事を考えているとカリム先生が泣きそうな顔でこちらを見上げていた。


「カリム先生?」

「アタシの最初の生徒なんだから死ぬなよ!!! 絶対、また講義に来るんだぞ!!」

「そりゃもちろん、死んだとしても生き返って受けますよ」

「生き返るとか言うな!!! 絶対!見舞いに行くから!!」

「そろそろ行くぞ」


 ゼブライデンが走りだす、小学校の校舎を背景に見送る彼女らの姿がどんどん小さくなっていく。


「あっ」

「どうした、傷が痛むか」

「いえ、カリム先生が追いかけてきます。あー、なんか言ってますね」

「君の怪我が優先だ、悪いがそのまま走らせてもらうよ」

「はい、お願いしま。……思いっきり転んでますね、疲れてるんだから無理しちゃダメなのに」

「カイトぉぉーー! しんじゃだめだぁーー!」

「彼女の想いに応えないとな」

「……ふふっ、そうですね」

「カイトぉぉーー! アタシがついてるぞぉーー!」


 馬面の大男にお姫様抱っこされた男と二人を追いかける少女、この日彼らを目撃した者達はきっと何が起こったのか疑問に思ったことだろう。そう思うと、少し愉快で痛みが楽になるのだった。

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