弱小ダンジョン配信者、大蛇と戦う
校庭の中央には無残にも破壊されたプレハブ小屋の残骸が散らばっていた。その残骸を踏み越えて出てくるのはゴブリンが……20匹近くいる。しかし、それ以上にぽっかりと開いたダンジョンの穴から、今まさに圧倒的な脅威が姿を見せようとしていた。
「ギィッ! ギィッギッギーー!」
ゴブリンたちがダンジョンの穴を取り囲むように各々の武器を構えて警戒している。最初に見えたのは、黒々とした鱗に覆われた腕だった。鋭利なかぎ爪を持った腕を地上に出すと力を込めて這い出ようとしている。
「ギェェェェェーーー!!!」
最前列にいたゴブリンが石斧を振りかぶると地面を掴んでいる指めがけて振り下ろした。瞬間、地面が爆発し化け物がその全貌を見せた。
そのモンスターは、全身が一切の光沢のない漆黒の鱗で覆われていた。20m以上はあるだろう体長は細長く、蛇を想起させる見た目だったが二本の太い腕が異様だった。波紋に似た奇妙な紋様の幅広の頭をもたげると、爪で串刺しになったゴブリンを投げ捨て近くにいたゴブリンに襲い掛かった。
「キョオオオオーーーン!!!」
戦いは1分ほどで全て終わった、ゴブリンたちは包囲を崩さないように連携して対抗していたが全くの無駄だった。身を挺して肉壁を構築しても尾の一撃で吹き飛ばされた、決死の特攻で武器を振るっても奴の鱗の前には逆に武器が破壊されてしまった。一匹一匹奴の爪と牙の餌食になっていき最後の一匹も逃げ出した所を丸呑みにされてしまった。
「どうなってんだ、ダンジョンからモンスターが出てくるなんて。それにあのダンジョンは雑魚モンスターしかいないんじゃないのか」
遠くから見ただけでも分かる、あのモンスターは強い。それはレベルアップした今の海斗よりもだ、あんなものが市街地に出たらとんでもない被害が出るぞ。
「あれは……モルテン・レプティス。レベル50相当のモンスターがどうしてここに」
「志桜里さん、ギルドに連絡してくれ。俺はあいつの足止めをしてくる、出来るかわかんねぇがあいつが街に出たら最悪だ」
窓を飛び越えると、モルテン・レプティスの元へ走り寄る。近くまで行くとその体の大きさがはっきりと認識できた。見上げないと奴の頭を拝むことさえ出来ない、胴体の太さは両手を回しても届かないほどだろう。
「逃げろ! こいつの相手は俺がする!」
「すっ、すまねぇ!」
逃げ遅れていた守衛を庇ってモルテン・レプティスの前に出る、威圧感で足が震えそうになるのを必死でこらえる。
「シッッーーー、シッッーーー」
モルテン・レプティスはじっくりと海斗から視線を外すことなく周囲を回り始めた。海斗もそれに合わせて巨体で包囲されないように立ち位置を変え続ける。
なぜ襲ってこないんだ。レベル差にものをいわせた猛攻でガードを押し切られることを警戒していたが、奴はこちらを観察しているばかりで攻撃してくる気配がない。
「シッッーーー、シッッーーー」
モルテン・レプティスは息を吐くような音を響かせてぐるぐると回り続ける。ぐるぐる、ぐるぐると、まわり続ける。視線を逸らすことなく俺もまた、それに合わせてぐるぐる、ぐるぐると、地面もぐるぐる、ぐるぐると、校庭の雑草もぐるぐる、ぐるぐると回っている。
「……っな、からだが、うごかっ」
異常に気付いた時には全てが遅かった。視線が定まらない、平衡感覚が失われたのか立ち上がることができないのだ。深呼吸することで必死に落ち着こうとするが、モルテン・レプティスの罠に掛かったことは明らかであった。
「キョオオオオーーーン!!!」
「がぁっっ!!」
耳をつんざく雄たけびと共にモルテン・レプティスがその剛腕を振るう、ブロードソードの刀身を盾のように構えることで何とか爪から身を守る。耳のすぐ傍を金属が削られていく嫌な音が響きわたる。しかし、まともに衝撃を喰らったことでブロードソードは吹っ飛ばされてしまった。
「クソっ、立てっ! 避けないと……やられるっ!」
既にモルテン・レプティスは全身をうねらせて次の攻撃の準備を始めている。海斗はなんとか立ち上がろうとするが、そのたびに転んでしまって四つん這いになるのが精いっぱいだ。
スローモーションの世界の中で奴の鋭利な爪が迫ってくる、コンマ数秒後に奴の爪は俺の首筋をとらえて撥ね飛ばすだろう。今はただ、被害が拡大しないことを祈ることしかできない。
『
風が肌を撫でたと思った次の瞬間には、荒れ狂う風の奔流が全身をさらっていった。モルテン・レプティスの攻撃で吹っ飛ばされたのだと思ったが、どこにも怪我をしていなかった。
「ごめん! 靴脱ぐのに時間かかっちゃって遅れた! あと志桜里ちゃんが『あいつの超音波攻撃はしばらくすると慣れる、顔を見ると掛かり易くなるから見ないで』って言ってたぞ! だから耐えろ!」
淡い緑色の燕を肩に乗せたカリムがそこにはいた。カリムはこちらに背を向けると海斗を守るようにモルテン・レプティスに向き合う。
「なっ、なんであんたが――」
「むぅっ、先生に対してあんたとは後でオシオキだよっ! アタシだって冒険者なんだ、このくらい楽勝なのだ! 『
緑色の燕がふっと消滅したかと思うと、虚空から水滴が現れどんどん大きくなっていく、気が付いた時には一匹の透明な金魚が空中に浮かんでいた。
「キョオオオオーーーン!!!」
「ちょっと怖いけど……かかってこいっ!」
モルテン・レプティスの爪をカリムは紙一重で回避している、よく見ると体の表面を水で覆うことで滑るような動きで攻撃を避けている。全身を使って舞うように回避し続ける彼女だが、あの詠唱で呼び出した生物のサポートも大きいが彼女自身の身体能力が凄まじく高いのだ。何度も回避されたことに苛立ったのか、今度は素早く弧を描くように滑るとカリムと海斗をとぐろの中に閉じ込めてきた。
「カリムっ! まずい、囲まれたぞ!」
「せ・ん・せ・い! このくらいで負けると思うな~? 『大地(ランドール)よ、力を与え給え!』」
「シッッーーー!」
とぐろが急速に締め上げられ、二人ともすりつぶされる。その時、カリムが海斗の手を掴むと地面が泥のようになり、二人を地中に引き込んだ。咄嗟に目と口を閉じると、ひんやりと肌に張り付くような感触に包まれた。そう思ったのもつかの間、すぐに地上に投げ出された。
「あっ! 口とか開けちゃだめだからね!」
「……ご心配なく、なんとなく嫌な予感がしたんでね」
軽口を叩いていると地面から体調20センチほどのミミズがひょっこり顔を出してカリムの足首に巻き付いた。おそらく、こいつも彼女が呼び出したのだろう。さらに、地面から海斗のブロードソードが浮き上がるように出現した。
「そろそろ回復したんじゃない? キミの獲物は回収したから戦えるようになったら使ってね!」
「すごい魔法だな、あいつを完璧に手玉に取っている」
「精霊術だよ、アタシは力を借りてるだけ。この子たちの力はすごいんだからっ!」
精霊術、異世界からもたらされた力の中でも特に謎に満ちた能力だ。精霊を呼び出すことでその力を行使できるのだが、使用者は一切の魔力を消費しないため魔法とは別の分野の技術だと考えられている。
カリムは次々と地面から石柱を生やしていくとモルテン・レプティスの進路を妨害していく、苛立った奴は尻尾を振るうことで石柱を破壊するが生えてくる速度の方が遥かに速い。
(カリム先生はかなりの実力者だ、これなら倒せなくても応援がくるまで持ちこたえられる!)
「あぶないっ!!」
カリムに突進するそぶりを見せたかと思うと、直前に標的を海斗に変えて爪を振るって攻撃を仕掛けてきた。ギリギリで石柱に守られたが危なかった、海斗もブロードソードを構えて自衛くらいは出来るようにしておく。
「油断していた、すまない」
「いーの、いーのっ! 生徒なんだからアタシに守られてなさいっ!」
激しい攻防が始まった、モルテン・レプティスは妨害を受けながらも足手まといの海斗を狙って執拗に攻撃し続ける。カリムは精霊を瞬時に変えながら海斗を庇って攻撃を逸らしている。自分の身くらい自分で守ろうと決意したが、戦いのレベルが違いすぎて立っていることしか出来ない。
「ふふん! 思ったより大したことないな、このカリム様にかかれば楽勝なのだ!」
既にカリムはモルテン・レプティスの攻撃を完全に見切って防いでいる、もう奴の攻撃は海斗にかすりもしなかった。このまま耐えきれば勝てる、だがまだ油断は出来ない。
「カリム、気をつけてくれ! まだ何か隠しているかもしれない!」
「心配するな! 何をされても守りは完璧なのだ!」
この時、たしかにカリムの守りは完璧だった。二人とも油断など全くしていなかった。ただ、一点。モルテン・レプティスは他の
「なんだあいつ、もう手札切れか?」
モルテン・レプティスはその巨体を唸らせて高速でとぐろを巻き始めた。攻撃の予備動作だろうか、何か嫌な予感がする。カリムに防御の態勢を取るように指示をする。
「えー、別にいいけど。アタシだったら見てからでも余裕だぞ?」
「念のためだ、石柱を生やしといてくれ」
距離を取って大量の石柱を奴との間に生成させる、無駄になったとしても最悪の事態に備えることが出来ればそれでいい。今も、モルテン・レプティスは回転の速度を上げ続けている。仮にその速度で攻撃してきても耐えられるようにはしてある。流れ落ちる汗をぬぐってその時を待つ。
「キョオオオオオオオーーーーーン!!!!キョオオオオオオオーーーーン!!!!!」
戦闘が始まってから一番の大音量が響きわたる、渾身の一撃がくる。
「カリム!!!」
「わかってるよ! ちゃんと守りは完璧だからアタシの近くにいて!」
モルテン・レプティスは砂煙を立ち上げながら回転し続ける、その姿がほとんど見えなくなった時、海斗は違和感に気づいた。
(さっきから‘‘暑すぎる‘‘……!)
4月の初頭、朝などは肌寒いほどだったのに今は汗が止まらない。巨大なドライヤーで熱風を浴びせられているような異常な熱気を奴から感じる。その時、頭を天に向けて突き出したかと思うと、勢いよくその頭を地面にたたきつけた。
「…………え?」
「やばいっっっ!!!!」
モルテン・レプティスは二つの腕で地面をがっちりと掴むと、大きく開いた口から
『五大精霊よ!!!灼熱の業火から我を護れっっ!!!』
カリムの判断は早かった、五体の精霊が召喚されるとそれぞれの属性の防壁を展開していく。業火の大奔流が海斗たちのすぐ傍を流れていき、逸らされた爆炎の余波だけで肌を突き刺すような激痛が走る。少しでもカリムの負担を少なくするためにブロードソードと体で熱気から身を挺して守る。
「———くっ、強すぎる!!」
「たえ、てくれ」
じりじりと精霊たちの結界が破壊されていく。炎が強すぎるあまり正面から受け止めることが出来ない、一点に防壁を集中させることで生存することが出来るスペースを作り出すので精一杯だった。左右を流れる爆炎に焼かれながら二人はひたすら耐えつづけた。
モルテン・レプティスの切り札、それはこの蛇型(ナーガタイプ)唯一の火炎攻撃である。モルテン・レプティスは長時間の戦闘で体温が上昇すると、体内の臓器でニトロを生成する。このニトロは戦闘中のストレスが大きくなればなるほど大量に生成される。通常の個体であればニトロはそのまま分解されるのだが、特に大きく成長した個体の場合は別だ。異常に成長したモルテン・レプティスは全身を激しく動かすことで体温をもっと上げようとする、体温が上昇することでストレスがさらに強くなりニトロが生成される。このプロセスを繰り返すことで大量のニトロを体内で生成し、加熱されたニトロを爆炎として相手に浴びせるのだ。この時発せられる炎はあのドラゴンのブレスに匹敵するほどの威力を誇る。その威力と引き換えに体内の臓器は焼かれて、二度と爆炎を放つことはできなくなる諸刃の剣なのだ。
およそ13秒、海斗とカリムは灼熱の爆炎に耐えた。しかし、その代償は大きかった。
「精霊が……死んだ。暴風(ランティーン)と水流(フルーメン)が死んじゃった、それに他の精霊も……」
モルテン・レプティスは焼け焦げた口を広げてこちらを嘲笑うように見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます