ジュエル

おひさの夢想部屋

第1話

執筆者:ハリトユツキ

原案:おひさ




 ルビーの指輪をつけた少女が、サファイアの色をした水面に腕をつける。きらきらと音がする。すぐそばには、エメラルド色の手入れのされていない木々が生い茂っており、鬱蒼とした雰囲気を醸し出している。ぼっと小さくともるルビー色の炎はランタンの中で、ちらちらと少女の指を照らして見せている。遠くの空にはトパーズの光跡がかかっており、ゆらゆらと揺れているような気がする——この世界は、たくさんの美しい宝石でできている。宝石の色に染められたかのように、街や村や人や自然は彩られる。その色をつくりだしたのは、それを見下ろして眺める神さまか、それとも私たち人間か、あるいは私たちが到底意識を及ばせることのできないなにか得体の知れないものの仕業か。

とにかく、第三者である私たちが理解できることといえば、この世界はとても美しい彩りにあふれているということ。それだけなのかもしれない。この街——ジュエルタウンはたくさんの宝石を採取される、そしてこの街の人々はそれらの宝石の加工を生業としている。

 ジェエルタウンはいつも賑わっており、その宝石の美しさからたくさんの観光客が訪れる。踏み込む大地から、見上げた空までどこもかしこもこの街は宝石のように美しいのだ。その街から少し離れた森の奥には、古びた店がある。街のほとんどは宝石でできていると言うのに、この店は煉瓦と木でできており、ずいぶんと質素な印象を受ける。

 この店は、宝石人形師であるシャトヤンシーのものである。淡い栗色の肩までない髪の毛がふわりと揺れる彼女は、美しいサファイアの瞳だ。

 古い店内には、宝石人形とよばれる30㎝ほどのひとがたの人形が置かれていた。これらは、宝石を核として埋め込まれた意思を持った人形であり、この街の人々は幼いころから宝石人形とともに過ごしている。これらは誰でも作れるものではなく、この街で発行されている資格がなければ、宝石人形師になることはできない。シャトヤンシーは、この街一番の宝石人形師であり、周囲の人間も彼女の宝石人形を欲しがった。

 宝石を核として埋め込んだ意思のある宝石人形は、基本的に販売目的ではなく、正規の手段で持ち主の登録変更を行い、譲るという形になっている。意思を持つ宝石人形をつくっても、宝石人形師は収入にならないため、多くの宝石人形師はその人形のイメージアクセサリーや人形のレプリカなどをつくったり、旅芸人として宝石人形の演劇やコンサートをみせて日銭を稼いだり、宝石人形とともにモンスター退治などの依頼をこなしたりしている。

 シャトヤンシーは、街からの出資もあるため、アクセサリーづくりだけに没頭することができるのだけれど。

 店の外ではまだ幼い表情の少女が、薪割りに勤しんでいる。小さな腕につかまれた斧をめいいっぱい振り上げながら、少女は額に汗を流す。指には先ほどのルビーの指輪がはまっているが、彼女には少し不恰好というか、大きすぎる印象を受ける。

「——カラット、シャトヤンシー様が呼んでいるよ」

 空中からふわりと現れた一体の宝石人形が少女に声をかける。カラットと呼ばれた少女は、斧を降ろすと眉をへの字にさせて笑ってみせた。

「師匠が……? じゃあ、いかなくちゃだね……ルナ……ありがとう」

 宝石人形はカラットにルナと呼ばれるとその白い肌を薄く紅潮させる。ルナ・ダイヤモンド——それがこの宝石人形の名前だった。白い肌に、足首まである銀色の長い髪の毛。薄く光るルビーの瞳。白いスーツは、金色の装飾が施されていて、彼女が特別に作られた人形なのだということを理解することができる。

「さあ、斧を置いて。怪我をするよ」

「だ……大丈夫だよ、もう」

「大丈夫じゃない。小さい頃から、カラットはいつも危なっかしい」

「そんなこと……」

「あの日だって、赤ん坊のきみを私が拾わなかったら、きみはもしかすると森の狼に食われていたかもしれない」

「そんな小さいときのこと……覚えていないよ……」

 ルナ・ダイヤモンドは、カラットの師匠であるシャトヤンシーの宝石人形である。カラットは赤ん坊のころにこの店の前に捨てられており、そのカラットを最初に抱き上げたのがこのルナだった。

 その日、ルナはカラットを必ず守るようにとシャトヤンシーに命を受けた。自分に命なんてものはなく、あるのは宝石のダイヤモンドだけれど、それでも意志や思考などはある。この宝石に変えても、彼女——カラットを守る。それがルナの使命のようなものになった。

それまで冷たく凍えていたルナの核が、カラットをみるたびにあたたかく染まっていくのがわかった。この熱の正体をルナは以前、シャトヤンシーに尋ねたことがある。彼女はいった。「それが愛というやつなんじゃないか?」と。宝石人形にも愛なんてものができるのか、とたずねるとシャトヤンシーは「意思というやつがあるなら愛だってあるんじゃないか?」とそう答えたのだった。

「——遅いじゃない、君たち」

 そういって店からでてきたのは、シャトヤンシーだった。栗色の髪を隠すように、つばの長い帽子を深くかぶりながらでてきた彼女は、カラットにはカラットが愛用している遠出の外出用の小さなポーチを、ルナには空の大きな麻の袋を渡した。

「師匠……これって……」

「ええ、そうよ。二人とも、宝石の森に宝石を取りにいくわよ。ぐずぐずしてたら置いて行っちゃうからね」

 そういって、シャトヤンシーがかつかつと歩き出す。二人は顔を見合わせて、くすりと笑うと、師匠の後を慌てて追いかけていくのだった。

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