第3話
執筆者:ハリトユツキ
原案:おひさ
カラットが冒険者たちの背中を急いで追いかけていると、不意にズンと重たい音が響いた。
「カラット、別のモンスターが近づいてきているよ」ルナが声をかけてくる。
カラットは瞼を閉じると、木の向こう側からやってきているモンスターの存在を把握する。あれは樹木から生まれたモンスターだ。
「ええと、木に勝つことができるのは、火だよね……る、ルビー……私と一緒に戦って……」
カラットはポーチからルビーの宝石を手を取ると、宝石魔法を唱えた。目の前の樹木のモンスターに向けて、意識を集中させて、攻撃魔法をぶつけるイメージをする。
「炎よ、美しく踊れ……!」
——ドン。と大きな爆発音とともに、火の手が上がり、狙いであった樹木のモンスターが激しく吹っ飛ぶ。それだけではない。周囲の宝石の樹木がぼっと激しく燃え上がる。どうやらカラットが宝石魔法のコントロールをしそこなったようだ。炎はカラットの身体を包み込もうとしている。
「あぶねえ、お嬢ちゃん……!」
「ど、どうしよう……火が……」
「カラット!」
ルナが大きく息を吸い込むと、高音のかろやかなメロディーを口ずさむ。その音がカラットを包み込んでいるルビーの炎を吸収して、燃え上がる炎を一瞬で消し去る。それは、ルナが使うことのできるダイヤモンド属性魔法だった。
炎はすっかり消え、ルナが歌うのをやめると、森の樹木たちが名残惜しそうにそよそよと揺れている。ルナは視線の端で転びそうになったカラットの身体を抱きかかえ、冒険者たちの元にそっとおろす。
「……ごめん、また失敗しちゃった」
「まあまあ、モンスターは倒せたわけだし、これもご愛嬌ってことにしとこうよ」マーキーがぽんぽんとカラットの頭を撫でた。
「次こそは……って思ってたのに」
「おっと、お嬢ちゃん、悩んでる暇はないみてえだぜ」
「え……?」
背後を振り返れば、ルナがじっと突っ立ったままこちらを見つめていた。その細い足首には太い木の幹みたいなものが巻き付いていて、動けないようだった。
「ルナ……!」
「こないで、危ないから、これは私が自分でなんとかする……」
そうルナが言っている間にも木の幹はぐるぐるとルナの太ももを腹部を圧迫していき、地面の奥深くへ引きずり込もうとしている。顔をしかめているルナをみて、カラットはじっとしていることができなかった。手を伸ばし、ルナの方へ走って行きながら、ポーチからジェイドの宝石を取り出す。
「風よ、彼の者を鎖から解き放て!」
ジェイドを握りながら、カラットはルナの足元めがけて、風の宝石魔法をくりだす。今度は目の前のルナを傷つけてしまうかもしれない。力のコントロールを意識しながら震える指で、宝石魔法を放った。
ばちり。激しく風が起きて、太い木の幹が千切れるような音がする。カラットはおそるおそる閉じていた目を開けた。いつまでも、ルナの声が聞こえないことが不安で、ルナを自分が傷つけてしまったらどうしようかとたまらなく不安になったのだった。
「カラット……」
目を開けると、そこにはルナがこちらをみて立っていた。まっすぐな瞳はカラットだけに向けられていて、そのままぎゅうとカラットのことをルナが抱きしめた。宝石なのに、あたたかいとルナもカラットも思った。
「ありがとう、カラット……」
「ううん、ルナが無事でよかった……私が傷つけちゃったらどうしようかって……おもった」
喋りながら自分の声がひどく震える。本当はたまらなく不安だったのだ。
「大丈夫だよ、ありがとう、カラットに助けられた……」
「さあ、ずいぶんと森の奥まで来た。一度引き返すか。お嬢ちゃんの師匠がもう倒してるかもしれないし、それに傷を負っている者もいることだし……」
「うん、そうしましょう」
全員がもときた道を戻りはじめた。からりとカラットの指から宝石がひとつ落ちる。それは彼女が肌身離さず持っていたルビーの指輪だ。カラットが慌ててその石をを拾うと、傷がないかじっくりと観察をして、それから大切そうに指の中におさめる。
「ずっと大切にされていて、そのルビーはきっと幸せだな……」
「そうかな……そうだと、いいな……」
カラットは大切そうにルビーの指輪を撫でる。幼い頃からこれだけはずっと持っていた、自分の自分たらしめるもの。カラットは捨て子だから、自分が何者かも、どこからきたのかも何も知らない。今の生活が幸せだから、取り返したいなんて思いはしないけれど、それでも顔のない両親に想いを馳せる瞬間はときどきあるのだ。
そのときだった。
背後でガリゴリと何かが砕ける音が聞こえた。まるで、宝石が砕け散るような、そんな音だった。ゆっくりとスローモーションのように、カラットが音に意識を向けて、振り返る。そこには先ほど自分が倒したモンスターを宝石喰らいが貪るように食べていた。腕があり、脚がある。人のような形をした宝石喰らいだった。宝石喰らいはまるで人の真似をしているように口元を拭うそぶりをするが、拭ったその口から噛み砕かれた宝石がザラザラと音を立てて、落ちていく。そして、目があった。ぎょろりとした宝石でできた眼差しの中にカラットは怯えて震える自分の顔を見た。足はすくんで、もう、少しも動けそうにもなかった。
「——カラット、逃げて……!」
ルナが叫んだ。その声だけがカラットの耳元にはっきりと届いたけれど、カラットは何もできなかった。
爆発音とともにカラットの華奢な身体がふわりと宙に浮いたかと思うと、地響きで足元の宝石が粉々に砕け散った。カラットの視界がぐわんとゆがんだ。その瞬間、激しい痛みと熱が全身を襲った。どうやら、自分の身体はこの宝石喰らいに持ち上げられ、そして地面に叩きつけられたらしかった。ルナが自分の名前を呼んでいる。こちらにとんでこようとしている。
「ンッっ……」
ルナの身体の宝石喰らいの腕が飛んできた。そのまま、彼女の胴体がじわじわと締め付けられ、宝石喰らいがルナを興味深げに口もとに持って行こうとしている。ルナは必死で抵抗をしながら、一瞬こちらをみて「大丈夫、心配することはない」と笑った。
その視線の端では、ギルドの冒険者たちが次々と宝石喰らいに叩きのめされていくのが見える。カラットは自分の視界がじわじわと涙と血で滲んでいくのを感じた。全身の力がどんどん抜けていく。呼吸が苦しい。もっと戦いたいのに、みんなを救いたいのに、それができない。指がひどく痙攣しているのか、震えているのかもうわからない。
「ああ、」
情けない声がでた。カラットは震える指でルビーの指輪を強く握りしめながら、瞼を閉じた。というよりは、ほとんど強制的に全身の筋力が抜けた。思考が頭の中で暴れている、震えている。外に飛び出そうとしている。それでも、そんな力のない自分は何もできない。カラットは歯を食いしばりながら、ゆっくりと意識を手放すのだった。
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