第4話 〈了〉

執筆者:ハリトユツキ

原案:おひさ



 朝。小鳥が鳴いている。カラットはまぶたを開けて、ぼんやりと窓から見える遠くの空を見つめている。サファイアのような美しい色。起き上がろうとするけれど、腕をほんの少しあげただけで、骨がぎしりと痛みを叫ぶ。

「まだ無理をしてはいけないわ、カラット」

 トレイに鎮痛の薬草と水を持ってきたシャトヤンシーがカラットに声をかけた。カラットは顔をほんの少しだけ動かしてシャトヤンシーのほうを見る。自分たちは冒険者も含めて宝石喰らいとの戦いでずいぶんと痛手を負ったが、シャトヤンシーはあの冒険者たちの依頼対象であった宝石喰らいを見事に討伐して、このようにぴんぴんしている。

 あの戦闘の中、粉々になりかけたルナはそれでも自分に回復魔法と治療を施してくれていた。シャトヤンシーが討伐対象の宝石喰らいを倒し、自分たちのところにきたときにはすでにあの宝石喰らいはいなくなっていたらしい。それにしても、ルナの核であるダイヤモンドは半分以上、宝石喰らいによって消失してしまったとシャトヤンシーからきいた。普通、核を半分以上失った宝石人形は修復不可能として、処分されることが多いのだが、彼女が今修復を施してくれているとも。

「ちょっと待っていてくれるかしら?」

 そういってシャトヤンシーが部屋を出て行く。ルナの主人はシャトヤンシーであるけれど、カラットはこのたたかいを通じてルナと魂が通じ合うのを感じた。命のもっと深い部分でわかりあえたような、そんな。

 ふわりと柔らかなメロディーが窓の外で聞こえた気がした。


「お待たせ、どうしたの、窓の外なんか眺めて……」

「いえ……誰かの歌が聞こえた気がして……」

 ぼうっと窓の外を見つめているカラットのことをシャトヤンシーがなんとも言えない表情でみつめた。

「カラットは……あの日の戦いのこと、どう思う……?」

「あの戦いって、宝石喰らいと私たちとの戦いのことですか……?」

「ええ、そうよ。あの宝石喰らいはSSS級のボスキャラみたいなものだったんだと思うの、私は見ていないから、これはあくまで推測でしかないけれど。出会ったら、まず命を落とすだろうっていう敵だったわ。むしろ討伐対象の宝石喰らいのほうが弱いくらいだった」

「はい……、だから、私たちはやられてしまいましたし、あのとき師匠が助けに来てくれなければ私たちは命を落としていたんですよね……」

「いいえ、違うの。違うのよ、カラット」

「どういうことでしょう……」

「きっとあの宝石喰らいは質のいいルナのダイヤモンドを食べて満足したのでしょうね、その質のいいダイヤモンドをすべて食べなかったことはほんの少し気がかりではあるけど……まあそのことはいいとして」

「だから……その」カラットはシャトヤンシーのいいたいことを理解できなかったのだろう。首を小さくかしげる。

 シャトヤンシーはまだ小さな見習い弟子の髪を愛しげに撫でると、ぼそりとこぼした。

「あなたのことを守ったのは、私ではなくて、ルナ・ダイヤモンドだった。ルナはずっとあなたのことを守るって心に決めてたみたいだからね。まあ、宝石人形に心があるだなんていったら笑うひともいるんでしょうけど、でもルナにはあなたを愛する心があった。あれが愛じゃないなら、きっとこの世界に愛なんてないわ」

「ルナが……私を」

「そのルビーの指輪。大事にしなさいね。カカラットはきっと一流の宝石人形師になるわ、いまはまだ失敗ばかりだけど。そんな予感がするの。出会ったときから、思ってた。その指輪をつけて、ルナに抱かれながらあなたがうちに来た日から」

「はじめてききました……」

「うんそうね、それから、これは一人前のあかしに、カラットにあげる」

 シャトヤンシーはまっすぐにカラットを見つめながら、彼女の包帯だらけの手のひらにダイヤモンドの髪留めをのせた。それに触れた瞬間、カラットはすぐにわかった。そのダイヤモンドがルナ・ダイヤモンドであること。彼女はもう、二度と自分の前に姿をあらわすことがないことを。

 カラットの瞳からぽろぽろとダイヤモンドのような涙が溢れ出した。シャトヤンシーはベッドのはしに座ると、彼女の髪を撫でてやった。

「ごめんなさい、ルナは修復できなかった……」

「私が、ちゃんとしていれば……」

「いいえ、あの宝石喰らいと出会っていたときから、全員が死ぬ運命だった。でも、ルナがそれを変えてくれた……」

 カラットはダイヤモンドの髪留めに何度もキスを落とした。あの日、ルナが自分の手にキスをしてくれたように。

「ルナはあなたが生きることを望んだ……これまでだってそう、彼女はその選択をし続けた。だから、あなたも彼女の望みに導かれるように生きなさい……」

 カラットがまぶたを閉じると、その瞳の裏で誰かが歌っているような気がした。それは紛れもなく、あのかろやかな鈴の音色。背中を押すように、手を差し伸べるように、そっと、優しく。



 後日。

「シャトヤンシー様、ご在宅だろうか」

 ドアベルの音ともにあの冒険者たちがぬっと顔を出す。手にはダイヤモンドの花束が抱えられている。今にも歌い出しそうなその花は、決して歌うことはない。シャトヤンシーは冒険者たちに挨拶をすると、あの髪留めで髪を束ねたカラットのいる部屋へ彼らを案内するのだった。

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ジュエル おひさの夢想部屋 @ohisanomusou

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