第2話

執筆者:ハリトユツキ

原案:おひさ




 宝石の森とよばれるその場所には、その名の通りたくさんの宝石が発掘されている。赤やピンクの木々がいたるところに生えており、木々の根元から葉の先まですべてが宝石の色に染まっている。足元を歩くたびにざくざくと音がして、みると地面には宝石のかけらが溢れている。どこもかしこも、キラキラと光るその場所は、宝石人形をつくるための魔素を含んだ宝石が存在しており、その魔素に惹きつけられてやってくるモンスターもいるけれど、それほどには強くはない。カラットのような見習いの宝石人形師が修行として最初に戦うにはうってつけの場所なのだ。それでも、カラットはこの場所で何度か怪我をしかけたことがあるけれど、寸前でいつもルナに助けられていた。

「相変わらず、綺麗な場所だね……ルナ」

「ああ、カラット。前をみて、そうじゃないと、またこないだみたいに転んで怪我をするよ……」

「次は大丈夫……だと思う」

「本当かい? 前回大丈夫だといってつまずいていたのはきみだが……」

「だ、大丈夫だってば……」

「ふふ、二人は本当に仲良しね……」

 二人の様子を背後から見つめながら、シャトヤンシーがそうこぼす。

「——待て!」

 不意に野太い声が響いた。カラットがびくりと背中を震わせてカバンの紐をぎゅっと握りしめ、そんな彼女とシャトヤンシーを守るようにカラットの前にルナが立つ。

「だれだ……?」ルナが低い声で目の前の男を睨みつける。

 前方に立っているのは、屈強な男4人組だった。おそらく冒険者ギルドの人間なのだろう、腰にはギルドの冒険者の証であるルビーの宝石のついたベルトがついている。ギルドは基本的に登録制であり、戦うことができるのであればどんなものも受け入れる。犯罪を犯せば、ギルドから追い出されはするものの、冒険者はさまざまな人間がいるわけで、ルナが警戒しているのもその思考からだった。

「まあまあ、ルナ……そんなに警戒せずに……そちらは冒険者ギルドの方々かしら……?」

 シャトヤンシーがルナをなだめながら、冒険者たちに声をかける。相変わらず、カラットは怖気付いたままであるけれど。

「ああ、いかにも。私の名前はファセットという」

 杖を持った男がこちらに寄ってくる。深くかぶった帽子。相手の顔の様子が伺えずにシャトヤンシーが顔をしかめていると、そのことに気づいたのかすぐにファセットが帽子をとった。すると、筋肉隆々のスキンヘッドの笑顔のまぶしい男が姿を現した。ファセットはにっこりと明るく微笑むと、背後に立って震えているカラットの方をじっと見つめた。

「こわがらせてしまったなぁ……すまなかった……大丈夫だ、私たちはあなたたちを心配して声をかけたまでだ」

「あ、あの……」カラットが縮こまりながら声を震わせて、ファセットのほうをみる。

「ここにいる冒険者たちはみな仲間だ。お前たちも含めてな」

 背後に立っていた冒険者の一人が前に出て、カラットを見つめる。青い髪、凛々しくそして熱い瞳の、いかにも冒険者といった様子の男だった。

「僕の名前はマーキー。この4人の冒険者たちはみな仲間だ。よろしく」

 そういってマーキーは静かに微笑み、カラットにゆっくりと近づくと、身体を小さくしゃがませて、手を差し出した。カラットがおずおずと手を差し出すまで、マーキーはじっと待っていてくれて、震える差し出された手をそっと握ってくれた。その様子をはらはらとした様子でみていたルナのことも、それから俯瞰してみつめているシャトヤンシーのことも、目線を合わせて、手を差し出す。

「あらためて自己紹介をさせてくれ。僕はこの冒険者のリーダーだ、こちらはファセット、それからオーバル」

 オーバルと紹介された金髪の青い瞳の男は口をつんと尖らせながら、こちらをみつめる。感情の読めない瞳で小さく頭を下げる。そんなオーバルのことをマーキーはぽんと背中を叩いた。

「こっちは、シェイプ。サブリーダーを務めてる」

「そう、よろしくね」

「さあ、自己紹介が済んだところで、さっそく本題に入ろう。この森に最近『宝石喰い(ジュエルイーター)』が現れたんだ。立ち入り禁止になっていたはずなんだが、入口に設置してあった看板が踏み倒されていたみたいでね。慌てて君たちを追いかけてきたんだ」

「そういうことだったのね、ありがとう。声をかけてくださって」

 シャトヤンシーが深くお辞儀をする様子をシェイプはしばらくみつめていたが、顎に手を置き、それからはっとしたような表情でもう一度彼女のことをみつめた。

「あの……人違いであれば申し訳ないのですが、あなたは……宝石人形師のシャトヤンシー様でしょうか?」

「ええ、そうですが……」

「で、あれば……提案なのですが、宝石喰いを倒す方法について教えていただくことはできないでしょうか……我々は討伐依頼でここへやってきたのですが、調査をしてみたところ、4人ではとても歯が立ちそうにもありません。しかし……困ったことに応援がくるのは5日後なのです」

「それは……遅いわね。そんなに待っていたら、この森のゆたかな宝石は、全部あの宝石喰いに食われてしまうわ」

 シャトヤンシーが顔をしかめながらそういった。顎に指をやり、何か考え事をするようなそぶりをみせる。

「シャトヤンシー様は以前、宝石喰いと戦ったことがあると噂があります」

「ええ、そうよ。何度か仕留めたことはあるけど……かなり個体値に差があるし……それに……」

 足元の宝石のかけらがざらざらと揺れる。そして、ずんずんと遠くの方で何か大きなものがふみ鳴らされる音がきこえる。その場にいた全員がそれが宝石喰いだということがわかった。

「この子、まだ宝石喰いをみたことがないのよね……」

 背後で小さくなっているカラットをみつめながら、シャトヤンシーがそういう。

「シャトヤンシー様、私はカラットを連れて戻ります……彼女にはまだ宝石喰いは……」喰い気味にルナがいった。すると、カラットが2人の会話に割って入った。

「ルナ……待って……私、戦いたい……宝石喰いと……」

「何をいってるんだ、カラット」

「ルナも一緒に戦ってくれるんでしょう……? 私、一人前の宝石人形師になりたいの……師匠みたいな……戦うこともできる宝石人形師に……それに、このゆたかな宝石の森から宝石がなくなるのはいやだ……その……だから、一緒に戦ってほしい……」

「でも……君にはまだはやい……」

 カラットのルナを握る指がひどく震えていて、彼女のルビーの指輪がかたかたと音を立てた。それでも、その瞳はまっすぐにルナのことを、それからシャトヤンシーのことをみつめていた。

——ドン。ドン。

 鈍い音が近づいてきているのがわかる。宝石喰いとの距離がだんだんと小さくなっていく。冒険者たちがごくりと唾を飲む音が聞こえた。足元の宝石のかけらがばらばらと音を立てる。

「さあ、2人とも……もう悩んでいる時間はないわ、逃げる時間ももうない……」

 冒険者たちが腰に備えているそれぞれの武器の柄の部分を強く握った。

「ああ、そのようだ。僕たち冒険者もきみたちとともに戦う」

「ええ、助かるわ」

 カラットはしばらく言葉が出なかったようだが、ルナの指をぎゅっと握り返すと、こくりと深く頷いた。

「宝石喰いはとっても強いわ。強い冒険者だって、戦って命を落とすこともある……その覚悟を決めるのね、カラット」

「……はい……はい、師匠……私も、この森のために戦います……」

「わかったわ。なら、私も覚悟を決める」

 まだ微かに震えているカラットの頭をシャトヤンシーがゆるりと撫でる。頰には弟子を見守る柔らかな笑みを浮かんでいる。

——ドン、ドン、ドン。

 足音が先ほどよりも近づいてきている。全身の肌がビリビリと震えているのがわかる。

「さあ、おいで、私のかわいい子たち」

「はい、シャトヤンシー様」

 シャトヤンシーの声とともに現れたのは、五体の宝石人形たちだった。ルビー・フレーム、シー・アクアマリン、ウェンディ・ジェイド、サンダー・アメジストにグラス・スフェーン。そばでそれをみていたルナ・ダイヤモンドがシャトヤンシーに近づくと、彼女はそれを遮った。

「ルビー、アクア、ウェンディ、サンダー、グラス、あなたたちは私とともに。ルナ、あなたはカラットを守り、そして一緒に戦いなさい」

「でも……シャトヤンシー様は……」ルナが心配そうに主人を見つめた。

「大丈夫、私にはこの子たちがいる。それに、カラットについていったほうがきっとあなたの勉強にもなるわよ、だからよろしく頼むわね」

 ルナはシャトヤンシーから離れるとカラットの緊張で冷たくなった小さな指先にキスを落とす。カラットはひゅっと喉を鳴らしながら、ルナの手をとる。

「よ、よろしくお願いします……」

「さあ、いきましょう。宝石喰らいの足跡が二つの道に分かれているみたいだから、きっとこの道のどちらかね」

「では我々とカラットはこちらに」

「ええ、では私はもう一つの道に」

 足元の宝石がぐしゃりと歪んだそこは彼らの足跡となっている。それを興味津々に見つめているカラットをみて、シャトヤンシーがくすりと笑った。

「今日がカラットの独り立ちの第一歩だと思ったら感慨深いわね」

「どういうこと……?」

「宝石探しはね、宝石人形師にとって独り立ちへの第一歩みたいなものだから……だから、今日、私はカラットを誘ったのよ。そろそろ、かなと思って」

「師匠……」

「まあ、まさか宝石喰らい討伐になるとは思わなかったけれど」

 シャトヤンシーはまだ自分のことを見つめてばかりいるこの少女の背中を押してやる。冒険者たちはすでに歩き出していて、ルナが心配そうにこちらを見つめていた。

「いってらっしゃい、カラット」

 シャトヤンシーがこぼしたその言葉はもうカラットには届いていないようだった。

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