第2話 ナイフの使い道


 放置された駐車場で、ひとりポツンと眠っている子ども。

 郊外にある、潰れたパチンコ店。

 そのとても広い駐車場で、体を丸めて小さな男の子が眠っています。

 私は、折り畳み式のナイフを取り出して一振り。

 男の子が怖がらないように、ナイフをポケットにしまってから声を掛けました。


 休日に孫の世話を頼まれたお祖父さんが、ドライブがてら立ち寄ったパチンコ店。

 ほんの短時間の

「すぐに戻るから、ここで待ってて」

 その言葉が、もう何年も男の子をこの場所に縛り続けている。


 目を覚ました男の子は、キョトンとした表情で私を見上げました。

『お祖父ちゃんの車は?』

『もう無いの。一緒に、歩いて帰りましょうね』

 男の子がすぐに思い浮かべた、帰りたい場所。

『お母さんが待ってるよ』

 明るい笑顔が、私を見上げました。



 生前の言葉に縛られた地縛霊。

 死に気付かず、死の瞬間を繰り返す地縛霊。

「未だに彷徨っている」という噂話に縛られた地縛霊。

 残された者の「逝かないで」という願いに縛られた地縛霊……。


 罪を犯した死者が、その場に居続ける事で償える罪もあるのかも知れない。

 それでも私のナイフは、その地から自由になりたいと願う霊を解放するのです。

 それで良いのか悪いのか、私にはわかりません。



 ここからは、少しグロテスクな話になるのですけど。

 私の持つナイフは、私自身を殺した凶器。

 もちろん、ナイフが勝手に人を殺す事はありませんね。

 私が殺された時に使われた、殺人犯のナイフです。


 きっと、よくある話。

 夫とその浮気相手が、半グレとかいう人たちに依頼して私を殺しました。

 ナイフで滅多刺しにされて、山奥に埋められて。

 凶器のナイフは、私のお腹の中にグリグリと潜り込ませていました。

 よくそんな、気持ちの悪い凶器の処分方法を思いつくものです。


 配偶者が「3年以上の生死不明」で、離婚できるのだそう。

 それを待って、離婚を成立させてから再婚する予定のようでした。

 気の長い話ですが、邪魔な妻はもう居ません。

 浮気相手との新生活の始まりは楽しそうなものでした。

 でも、悪い事はできません。

 殺人依頼時の録画映像で、半グレの人たちに脅される事になったのです。

 ひとりで半グレの人たちに囲まれた時の、浮気相手の怯え様と言ったら……私よりずっと狼狽ろうばいしている。

 私と違って、一度きりではないのだし。

 夫が半グレの人たちに渡している私の預金も、すぐに底をつくでしょう。


 だから、私の気は晴れています。

 殺された時はもちろん、全てを怨んでいましたよ。

 埋められた場所から動けなくて。

 幽霊になった私の、お腹から出てきたナイフを使ってみたんです。

 なんとなく、私をこの地へ縛っている何かを、切り放せるような気がしたんです。

 結果は大成功。

 そうして、この地縛霊を自由にするナイフを使って、私にできる事を始めました。

 そんな日々に、私は満足しているのです。



 ほら、小さな女の子の泣き声が聞こえる。

『そんな事してないよぉ』

 泣きながら叫んでいる。どうしたのかしら。


 陸橋下の細い道路脇に、真新しいお花が供えられています。

 そのお花を囲んで、高校生の男の子が4人。

 そのひとりが得意げに怪談を披露しています。


 毎年8月の初めになると、ここで交通事故が起きる。

 十年前、始めに死んだ女の子が毎年ひとりずつ、道連れに引き込んでいる。


 そんな内容の怪談。

 男の子たちは「やべー」「こえー」と騒ぎながら、楽しそうな様子です。


 その場所に、そんな事実はありません。

 確かに十年前、ひとりの女の子が交通事故で亡くなっています。

 今でも命日の8月初めになると、ご家族が事故現場にお花を供えているんです。

 毎年、その場所で事故が起きている訳じゃありません。

 それを知らずに、同じ時期に供えられる花から想像して、毎年そこで交通事故が起きているなんて言い触らした人がいたようで。

 男の子たちは去年も見た花束を、今年も確かめに来たという様子です。

 そんな勝手な噂話も、霊を縛る元凶になるのでしょうか。


 男の子たちには、女の子の姿が見えていません。

 だけど、小さな女の子を取り囲んで、嘲笑うように嘘の怪談を聞かせている。

『違うもん、そんな事しないもん』

 お花の側にいる、小さな女の子を泣かせているんです。

 彼等にも、見えたら良いのに。


 もちろん、彼等には私の姿も見えません。

 私は彼らの間から割って入って、泣き顔を上げる女の子の足元にナイフを一振り。

 女の子と手をつなぎ、急ぎ足でその場を離れました。

 ずっと縛られていた場所から動く事ができて、女の子は驚いているようです。

 花を供えるために、年に一度だけ会えていたご家族の元へ帰りましょうね。



 私だって時々、ナイフを攻撃に使いたくなる事もあるのです。

 でも、このナイフは生きている人に対して効果がありません。

 攻撃的な使い方をすれば、地縛霊を自由にする力が消えてしまう。

 そんな気がするのです。


 私は、このナイフと共に。

 今日も、地縛霊を探しにいって来ます。

                              了

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切りとりナイフ 天西 照実 @amanishi

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