私の友人には属性が多い 

鷹峰

第1話

 この小説は極めて不純な動機で書かれたものである。

 

 現在、私はとある事情により親元を離れ、親戚の家に居候として生活している。生活費や学費を出してもらっているため、何らかの方法で補填をしたいと思っているのだが、中々上手くいかない。そもそも、私の様な穀潰しを養ってくれるほど優しい人達だ。私がアルバイトを始めようと思っても、許可が出ない。気にするなとは言われても、私の良心が納得するかは別である。

 そこで目を付けたのは、ネット上での創作活動だった。特に同居人がアカウントを登録して何作か書いているというのも私にとっては都合が良かった。

 幸いにも、私は許可を得ることができた。しかしながら、問題が発生する。書く題材が思いつかないという問題だ。今まで、まとまった長文だというのはレポートだとか感想文だとかの、いわば義務的側面を持つものしか書いたことが無い。いざ自発的に、それも金銭を目的とした執筆は、当然初めての経験だ。


 悩んだ末に私が選んだ題材は、私の友人『按臣怜』という女を書くというものである。

 按臣怜という女は酷く奇妙な人間だった。姿形は何ら異常があるわけではない。彼女がホモ・サピエンスである事に疑いようはなく、何か角や翼があるわけでもない。ただ、彼女の思考や、精神といった内面が他の人と変わっていて、それは私が小説の題材にしようと決断できるものであったのだ。

 実在する人物を題材とする事に否定的な人間もいるだろう。肖像権やプライバシーの権利に抵触しているし、ガイドラインに反しているという意見も十分承知している。(いずれも同居人に指摘された)


 だが、私は何ら問題ないと思っている。何故ならば、彼女と関わりが合ったのは、私の前世の事。彼女の実在を知るものは私しかいないからだ。


 つまるところ、この小説は彼女の奇妙な内面を、誰にも反論される事が無いことをいいことに、記述し、それによって金銭を得る事が目的である。不純な動機でできた産物ではあるが、彼女は苦情を言ってくることは無い。

 私は彼女が地獄に落ちたと確信しているが、それは私が彼女を嫌っていたことを意味しない。我々は互いに友情を感じていたはずである。少なくとも彼女は私を邪険に扱うことは無かった。しかし、友人として贔屓目に見ても、彼女が死後何らかの罰を受けるだろう事は間違いない。彼女は反伝統主義とでもいうべきか、既存の価値観を極端に嫌っていた。それ故に、彼女の行動、思考はおよそ一般的な日本社会の道徳から逸脱していた。

 それは彼女の趣味にも反映されていた。彼女は所謂オカルトに傾倒していた。それだけならば、中二病の類だともいえるが、彼女の場合、そこから数ステップ先へと進み、何らかの霊能力を身に着けていたのである。それにより、彼女の行動は若気の至りと嘲笑出来る規模ではなくなっていた。

 無論、前世においてもオカルトブームは過去の物ではあった。世紀末に大王は現れず、マヤ文明の暦は更新され続けていた。ただ、今ほど冷遇されているわけではなかった。前世では、地上波から駆逐されていたとはいえ、学校に代表される小規模なコミュニティにおいては怪談や、占いへと姿を変えており、まだまだ話のタネとしては一般的であった。とりわけ按臣怜という女は霊的存在に関する話を聞くと、すぐに飛びつき、あちこちに私を連れまわしたのである。それが無ければ私は平穏無事に暮らすことができただろう。彼女に助けられた時の方が多いとはいえ、イラついた事もまた事実である。

 基本彼女の好奇心と探求心の巻き添えにされるのが私と按臣怜という女の関係だった。あの日もそうだった。セミが喚き散らしていた、ある夏の日の事だった。


「いやいや今年も暑くなってきたね」

「だから外に出たくなかったのだけど」

 

 気温はまだ30℃ほどだったが、湿度もあって体感ではとても暑い。そんな日だからこそクーラーの利いた部屋で読書でもしようかと思っていたのだが、彼女によって妨害された。


「これ持ってくれない?」

「いやよ。霊能力で持ち上げればいいじゃない。たしかサイコキネシスとかいうのよね」

「リスクがある。無理だから頼んでいるって分からない?」

「なら答えはこうよ。NO、自分で持ちなさい」


 蒸し暑い中で、我々はとある廃ビルの階段を上っていた。建築基準法によりエレベータは設置されているはずなのだが動かなかった。そのため屋上まで階段を使わなければならなかった。彼女の持ち物を見る。私はポケットに貴重品を入れただけに対し、彼女の持ち物はキャリーケースだった。リュックサックも背負っており、両方に物が入っているのだ。とてもキツかっただろう。

 途中休憩を挟みつつ、我々は屋上に出た。日差しの強さに違いはないが、高いところに出た分、気持ち涼しく感じる。彼女は息切れをおこしていたが、水筒の中身を飲み干すとすぐに回復して、いつものおしゃべりで陽気な性格に戻った。その後何もなかったはずの床にはビーチパラソルとプラスチックの椅子が現れ、気温も体感20℃ほどまで下がった。恐らくは彼女が能力を使ったのだ。最初からそうすればよかったのでは、と思ったが、口にはださなかった。彼女の行動にいちいちケチをつけていたらキリがない。口を出さないというのは、彼女と私が上手くやれていた理由の一つだ。


「それで、ここで何をするの?まさか日光浴だなんてふざけたこと言わないでよ」

「そんな、つまらないことじゃない。安っぽいZ級の劇さ。我々の介入が無かったならば……B級にはなっていたかもしれないがね」

 

 彼女はせっせと荷物を出しながら、私に目もくれずそう答えた。そういえば、彼女は鮫映画とかクモ映画とか安っぽい映画が好きだった。


「百聞は一見に如かず。これで警察署の方を見て。ピントはあっているはずだから」


 彼女から渡された双眼鏡で警察署の方を見る。目に飛び込んだ風景は極めて不自然だった。多くの警官が重装備でたむろしている。ここに来る前に通ったが、そこまで大きな警察署ではなかった。故に大事件を扱う事は無いのだと思うのだが、全職員を集めたのかと思えるほどの人間が集合していた。その上、場にふさわしくないような人物が何人か見受けられた。特に目立っていたのは着物の少女である。私は読唇術を習得していないので、何を言っているのかはわからなかったが、彼女らが恐怖と緊張を感じている事は見てとれた。


「驚いた。警察は子供でもなれるのね」

「君も知っての通り、警察官は万能の神じゃない。今回の事件には専門家の協力が必須だったというだけさ。ミステリ小説でもよくいるだろう?探偵、医者、作家とか」

「専門家、ね」

 

 あらためて、少女を見た。私が少女と判断した理由は、背丈の低さだ。看板や、電柱から判断するに、横の長身女性がおよそ190前後であり、そうすると着物の少女は大体130ぐらいだろうか。着物を着るというのは、どうしても特別な場が多くなって、いくら綺麗でも不格好になりやすい。ましてや子供ならばなおさらだ。しかし、彼女は着こなしており、動き方から見ても、和服に慣れているのだとわかった。背中まで伸びた黒髪も相まって、さながら日本人形のようだ。

 観察対象をスーツの長身女性に移そうとしたとき、怜が今回の事例を説明しだした。どうやら、彼女の準備もひと段落したらしい。


「さて、君は今回の事件の経過を知っているかな?」

「いいえ。知らないわ」


 そもそも世の中事件なんて幾らでも起こっている。それは今も前世も関係ない。しかしながら、小学生ほどの子供に頼らざるを得ない事件なんて心あたりがない。


「では、話をしよう。ある不幸な女が使命を得たお話だ」


 そう言って、彼女は準備を中断し、リュックから、あるファイルを取り出して、私に渡した。最初は警察の資料かとも思ったが、彼女お手製の物だった。


「彼女は優等生だった。成績は中の上、運動だって精々体育祭で足を引っ張らないぐらいだった。しかし、彼女には十分な社交性があった。彼女は人の上に立つタイプではなかったが、サポートに徹することでクラスに貢献していたと、通知表に書かれているね。当然、教師の覚えもよかったのだろうさ」

「私たちと違って?」


 彼女の好奇心によって我々は学校を休む羽目になる事が多々あった。そして、それは最後まで変わることは無かった。


「我々は少しケガが多いだけだ。こんなの問題の一つにもならんよ。他にも資料はあるが本題じゃないから置いとく。まあ、言ってしまえばAは普通の女だった。拉致される前までは。

 今から半年前の深夜。彼女が塾から帰るときのことだ。彼女の家と高校は少し離れていてね、電車で通っていた。塾も高校の近くにあったものだから、どうしても駅まで歩く必要がある。彼女はそれを承知で高校や塾を選んだわけだが、内心煩わしくは思っていたのだろう。いつからか、彼女は近道を使っていた。明るい人通りのある道ではく、暗い道を。実際、その日まで問題は起きていなかった。ただ、たった一回の問題が彼女の道を決めてしまった」


 ページをめくると女のヌード写真がまとめられていた。いずれの写真も女を中心に置き、見下ろす構図でとられており、複数の相手から性的暴行を受けている様子や、何らかの錠剤を飲まされているものもあった。


「こうして彼女は不幸のどん底に至ったわけだが、幸いなことに救いが二つあった。一つは彼女のヤクに対する耐性が人よりもあったという事。2つ目は彼女を心配して探していた幼馴染がいたことさ」


 次のページを見ると、とある病院のカルテが挟まっていた。死んだものかと思っていたが、そうでは無かったようだ。


「彼女はそれまで違法薬物に手を出していなかったし、加害者達も薬の専門的知見があるわけじゃない。彼女が耐えるからと言って不用意に与えた。その結果、中毒症状を起こして彼女は倒れた。性交渉で血圧が上がっていたのも要因の一つだろうね。これに焦ったのは犯人たちだ。すぐさま女を放置して逃げた。そこを幼馴染君が見つけてすぐさま通報。彼女は生き残ったわけだ」


 カルテに目を向けると、入院措置が取られている事と、意識不明のまま戻っていない事が書かれていた。


「彼女は寝たきり状態なのよね。それがどうしてこの蒸し暑い中、移動して、階段を上って、屋外で喋っている事につながるのかしら?」

「ここまでは前座。盛り上がるのはここからさ」


 そういって、彼女はファイルのあるページを開くように指示した。言われるがままファイルを見ると、そこには写真が載せられていた。今までとの違いは、被写体が裸の女性ではなく、内臓をぶちまけた男性だという事だ。


「彼女が植物状態だという医者の判断は間違っていない。ただ、霊能力者である私に言わせてみれば、彼女は起きていた」


 もし、この発言を「幼馴染君」にしていたら殴られていただろう。しかし、事件に無関係であり、かつ按臣怜という女と関わってきた身からすると、信じられる言説ではないはずなのにそれが事実であると認識できた。


「彼女も霊能力者だったの?」

「いいや。彼女は普通だった。適正はあったのかもしれないが、それだけで成人男性をぐちゃぐちゃにはできないよ。彼女には協力者ができたのさ。正しくは委任と代理に近いがね」

「どういう意味?」


 彼女は席を立って準備を再開した。目はレンズを通して警察署に向けられていた。


「彼女に暴行を働いていた犯人たちだが、当然初犯じゃない。被害者は彼女以外にもたくさんいた。犯人一人一人に目を向ければもっといただろう。あいにく、彼らは、悪知恵は働いた。写真を撮って自殺に追い込んだり、恐喝したり、そもそも昏睡させて特定不可能にしたりなんかだ」


 とばしたページにまとめられていたのは、その写真という事だろうか。しかし、どれも天井か俯瞰するように撮られていた。わざわざ不良がそんな構図で撮影するのだろうか?

 私の疑問をよそに、彼女は脚を調整した。


「被害者達の怨嗟は蓄積されていった。あまりに大きなエネルギーが集まり、それは一つの人格をなすまでに至った。これだけなら、精々悪夢を見させるぐらいしかできない。単なる負の感情の集まりでしかないのだから」

「……しかし、それでは終わらなかった」

「その通り。『それ』は最新の被害者である彼女に興味を持ち、接触した。彼女は優しい普通の人間だった。当然、『それ』を哀れに思い、協力する事を選んだというわけさ。単なる感情の集まりだったものが、強烈な恨みを持つ魂と組み合わさることで、被害はより残虐に、物理的に変わっていった。それからはさっきの写真の通り。犯人とその関係者の殺害を続けているというわけ。

 ただし、生き残りがいないわけじゃあない。この後警察署から出てくるのは最後の一人。彼女の襲撃を受ける前に、着物の少女たちによって保護された男だよ。ホームズだったら見殺しにしているかもしれないが、彼らは仕事を公正にする使命があるし、それを為そうとしている。その仕事の一つが移送。移動中が最も危険だからこそ、彼らはあんなにも厳戒態勢でいるのさ」

「なるほどね。納得できたわ」

「そういう癖に、何か言いたげだけど?」


 実際、話の経緯は理解できたのだ。一人の女が絶望し、偶然、都合のいい協力者がいたものだから直接的な暴力を行った。警察は自らの職務を全うせんが為に、霊能力者を雇った。そう、理解はできるのだ。ただ、このように大胆な復讐へと動けるのだろうか? 怜のようなキ印ではなく、普通の女子高生が?どうにも腑に落ちない。


 至極当然な私の疑問に対し、彼女は苦笑いをしていた。どうやら、同じ意見らしい。レバーをひいて答えた。


「一応考えられるのは、『それ』にマインドコントロールされているとか、好き人に見られて自棄になっているとか、かな。

 まあ、そんなことどうでもいいよ。大事なのは、彼女がこれまでに17人殺しているという事だ。巻き添えを食らってケガした人も含めればもっといるけど」

「へー、そう」


 ここで、新たな疑問が浮上した。写真を思い返してみると、被写体の中心は女性なので、当然ながら、犯人たちは見切れている。そのため正確には判断できないが、とても17人いや生き残りも含めると18人も映っていたとは思えない。


「いいところに気が付いたね。その通り、彼女を凌辱したのは4人、他の人たちは別の理由で『それ』の恨みを買っていたのさ。見て見ぬふりをしたとか、金で買収されたとか。ああ、復讐の邪魔をされたからなんてケースもあったね。それで警察官が殺されている」


 警察署の方を見るよう指示されたので双眼鏡で見ながら、話の続きを聞いた。


「あの霊能力者たちが警察に協力しているのは、この辺に理由があるのだろうね。もう彼女は幼馴染に恋する乙女でもなければ、理性的な復讐者でもない。単なる災害に変わってしまった。だから止めようとしているのではないかな。しらんけど」


 彼女はまるで他人事化のように吐き捨てた。彼女にとっては、一連の事件も単なる好奇心への餌に過ぎないのだろう。

 私があきれていると、遠くの光景に変化があった。警察官たちは慌てて動いているし、顔から血の気が失われている。私は何も感じていなかったが、何かが警察署の近くにいるのだろう。

 彼らとは対称的に、怜は落ち着いていた。リラックスした趣で、今か今かと待ちわびているようだった。


 空は暗くなり、雨が降り始める。

 少女が何かを唱え始める。

 スーツの女が札を構える。

 その時だった。


 バン!


 私の隣から大きな爆発音が鳴ると同時に、男の上半身が粉々になった。男は数歩慣性にそって歩くと、倒れて臓物をまき散らした。手錠は存在理由を失い、未練がましく両腕だけを拘束していた。


「標的の死亡を確認」

「……これに何の意味があるの?」


 私のきわめて自然な疑問に対し、彼女は引き金から指を外して答えた。まだ銃口からは煙が出ており、辺りには火薬のにおいが漂う。


「実験だよ」

「実験?」

「そう、実験。実際今回の事例は特徴的なわけじゃあない。やったことは単なる復讐だし、殺害方法も中世の拷問を、にわかがやったようなもの。だからこそ、実験ができる。何も特徴がなくありふれているからこそ、雑に実験を行う事ができるのさ。

 今回は、『対象がいなくなった場合における霊の行動について』ってところかな。正直、期待外れではあるのだけどね。せっかく人が集まっているのだから、もっと面白いことしてくれると思ったのに、帰るとは。期待外れってやつさ」


 彼女は「せめて一人ぐらいは首をはねるとかさあ」とぼやきながらライフルを片付け始めた。分解して、キャリーケースに詰めようとしている。私は止めさせるために、彼女に返事をした。


「そんな事無いと思うわ」

「へえ。それはどうして?」

「だって後ろにいるわよ。彼女」

「は?」


 怜の後ろ5メートルほどに『それ』はいた。彼女はライフルを組み立てなおすが、『それ』の接近が早かった。何も化け物の移動速度が速いわけではない。単に彼女が慌てず、ゆっくりと照準をあわせているだけだ。

 怜の行動には理由がある。『それ』はある地点から我々に近づけていなかった。必死に攻撃をしているが、全て透明な壁に阻まれていた。必死に壁を叩いて攻撃するもヒビの一つも入っていない。怜は楽しそうに眺めていた。

 按臣怜という女の好きな事の一つが、安全地帯から、無様にあがく者をみることだった。怜曰く「人間の根源的欲求の一つ」だそうだが、私が彼女が地獄にいると予想する根拠の一つでもある。


 彼女の戯言を無視して、暴れる『それ』を見てみる。

 背丈は私よりも高く、大体3メートルぐらいだ。後に怜は「見るに堪えない」と称していたが、私の意見は違った。体つきはふくよかで男受けはいいだろうし、顔も長髪によって片目しか見えないが、それがミステリアスな雰囲気を醸し出しており、全身に刻まれたやけど跡と紋様もいいアクセントになっている。マイナスなポイントは、腕が6本ある事と、皮膚の中と外でムカデのような節足動物がうごめいている事だろうか。写真から判断するに、その腕と蟲を使って復讐を成し遂げたのだろう。だが、相手が悪かった。いくら17人殺していたとしても、今までの標的はあくまで人間。按臣怜の相手には力不足もいいところだった。


「……もう得るものはないか。さっさと往ね」


 彼女は5回引き金を引いた。化け物は瞬時に右に動いて全ての銃弾をよけるも、それは致命的なミスになった。彼女の放った銃弾のうち3発が、全て数キロ先の窓ガラスを突き破った。

 双眼鏡で狙撃先を確認すると、そこには赤色のベッドがあった。行きの景色を思い出した私には、そこが病院だとすぐに気づいた。よくよく目を凝らしてみると、何か肉片のようなものも見て取れる。それが「彼女」であると推測するのに、時間はかからなかった。

 推理を裏付けるかのように、化け物が苦しんでいた。さながら、死にかけのセミだ。怜は銃口を化け物の頭部にめり込ませて、再度5発撃ちこんだ。

 化け物は消滅し、屋上には、我々と弾痕のみが残された。


「ちょっと長居しすぎた。ほら、早く。捕まりたくないでしょ」

「ええ、わかっているわ」


 家に帰った私は質問した。なぜ、あれが無力化されたのかと。


「なぜも何も、もとに戻っただけだよ。言ったでしょ。元は悪夢を見せる程度のチンケな存在だって。依り代である彼女が死んだのだから、当然彼らも元通りってわけ。普通の霊能力者ならこういうのって対策するから通じないのだがね。霊能力者本人が鍛えるとか、ボディガードを雇うとか。さすがに対物ライフルの対策をしている人はほとんどいないけど。……多分私じゃなくても無力化できたと思うよ。警察に協力していたコンビだって彼女が元凶だと分かっていたらあんな後手に回るはずがないし」

「じゃあ、第2第3の化け物があらわれるというわけね」


 また、彼女に付き合わされることへの憂鬱を、彼女は否定をした。


「あー、それは無いと思うよ」

「なぜ?」

「言ったでしょ。負の感情が集まった故に起きたって。これって何も被害者だけじゃない。逆恨みでだって十分成立しうる。そもそも法治国家において私刑は悪。ましてや復讐殺人なんて、近代国家へのテロそのものさ。そういう意味で両者に大差はないよ。ましてや復讐の最中に巻き添えを出しちゃっているし。多分、今頃ほかの悪霊に殺されているんじゃないかな。そういう意味では、似たような事例は起こるかもしれないけど、同じものはないよ……どうかした?」

「いや、少し嫌になっただけ。愚かにも連鎖は続くのね」


 私の返答に「それは仕方ないというか、なんというか」と、彼女は口を濁らせた。この連鎖は誰かが止めるまで永遠に続くのだろう。向こうの世界ではいまだ続いているのかもしれない。止められる人も居るのだろうが、あいにく私には一人しか心当たりはないし、その人物は憎悪を助長させるような真似しかしないうえに、地獄にいるだろうが。


 間に流れる空気に耐え切れなかったのだろうか。彼女は強引に話題を変えた。


「そんな事よりさ、ねえどうだった?」

「どうって、何の事?」

「今日の事だよ。楽しかった?」

「全然。家にいた方がずっとましだった」

「ええ、酷いなあ。せっかく頑張って運んだのに」

「それはあなたの都合でしょ。それで苦しんだのは自業自得よ」


 私の意見が変わらない事が分かったのか、彼女は自分の部屋に戻っていった。


 今だからこそ言える事だが、あの時、特に『それ』が消滅した後の私は楽しんでいたのだと思う。


 片づけをする怜を横目に、双眼鏡のピントを合わせ、病室を覗き込んだ。


 そこには、肉片、血だまり、そして、ただ立ち尽くす若い女の姿があった。


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私の友人には属性が多い  鷹峰 @Takamine2654

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