第9話 科学の前では霧散する


 警察による捜査で、色々な事柄が明確になった。

 まず、遺体。鈴木さんの遺体の下半身は鋭利な刃物で執拗に斬り付けられていた。一見するとその傷は足が多いようだったが、より子細に解剖することで別の事実が浮かび上がった。最も念入りに傷付けられていたのは、体内だった。言い換えると肛門とそれにつながる臓器を、できる限り傷だらけにしようとする意図が感じられる、そんな傷付け方だったという。

 また、その傷のほとんどは死後に着けられたもので、直接の死因となった傷は別にあった。ただし、傷の位置は同じく内臓。こう記せば、現代ならぴんと来る向きも大勢いるに違いない。

 鈴木さんは水上バイクから落水した際、ウォータージェット(もしくはポンプジェット)と呼ばれる推進装置より出る強烈な水流をまともに受けてしまい、肛門から入った水により内臓を激しく損傷、死を迎えてしまったものと推測された。

 鈴木さんの死は事故だった。

 では、海田と池尻のどちらの運転するマシンで起きた事故なのか。これは特定が難しかったが、後日浅瀬から引き揚げられたバイクと、池尻が係留したバイクとを比べると、より鮮明に人血が検出されたのは、前者の方だった。ただ、共にごく微量だったため、海田の自供によりこれは確定を見た。

 事故による死亡であるなら、二人は何故、正直に言わなかったのか。これには、複合的な理由が考えられた。お嬢様である鈴木園美さんを死なせてしまった事実は、学生二人の将来に多大なる影響を及ぼすと予測できる。また、海田にとってこの事故を認めることは、父の勤める会社の評判を落とすことにつながる。機械に欠陥があった訳ではないが、メーカー社員の息子が引き起こした事故死となると、イメージダウンは計り知れない。親の育て方も云々されるやもしれぬ。加えて、池尻にも隠れた動機が存在した。他のメンバーには打ち明けていなかったが、飛び級で大学院進学が内定していたのだ。事故とは言え友人の死に関わっていた・すぐそばにいたとなると、取り消される可能性が出て来ないとも限らない。

 想像を膨らませて動機を作った挙げ句、彼ら二人は隠蔽のためならどんな手段でも執ると互いに誓った。その電光石火の制約によって、事故死は犯罪事件となった。

 幸か不幸か、鈴木さんが落水したのは島のすぐ近くの海だったが、島にいる者からは見えない位置だった。鈴木さんの死を突きつけられた二人は、“善後策”を素早く実行に移した。最初に水上バイク一台を無理矢理沈めてから海田がビーチに戻り、他の者に異変を告げる。鈴木さんが一人で水上バイクに乗って行ってしまったと。

 池尻は鈴木さんの遺体を隠す。永久に隠す必要はなく、一時的でいい。水上バイクを係留したとする場所から少し離れた岩陰に隠したという。このとき、池尻は奇想天外な策を採る。鈴木さんの水着を取ると、自らが着込み、鈴木さんのふりをして水上バイクを走らせたのだ。目撃者を作るため、船着き場から見通せるところを走った。一方で、船着き場にいる海田はメンバーの何人かが目撃するよう、誘導する。

 アリバイ工作のために行ったこの二人の大芝居だが、実効はほとんどなかったと言っていい。島にいる間は僕ら素人だけでは死亡時刻の絞りようがなく、警察が捜査に乗り出した頃には時間がかなり経っていたせいか死亡推定時刻の幅が広すぎた。

 それはさておき、船着き場から見えない位置まで来た池尻は、元の水着に急いで着替えると、大回りをして鈴木さんの遺体がある場所まで戻った。水着を今一度遺体に着せるのだが、下半身は後ほど細工をすることから、脱がせたままである。準備を済ませた池尻は、船着き場に泳ぎ着いてみせた。ここからはアドリブを効かせる手腕が問われた二人だったが、何とかやりおおせた。昼食後に二人で行動できる理由と時間帯を見付け、保養所の外に出るや、遺体の隠し場所に急いだ。必要とあらば遺体を水上バイクに乗せて、陸に揚げやすい場所へ移動させることも可能だったが、彼らには悪運が味方した。鈴木さんの遺体を隠した岩陰の地点は、陸からも多少の無理をすれば行き来できる場所だった。無論、遺体を担いで歩くのは難しいため、二人で協力して運び上げることになる。なお、遺体からは血が滴り落ちる恐れがあったため、痕跡を残さぬよう、農業用肥料の空き袋を調達し、遺体を包むように覆うことで問題を解決した。

 調達と言えばもう一品、海田と池尻は手に入れている。鈴木さんの下半身に傷を付けるための凶器だ。最初は映画に合わせて鎌を使うつもりでいたが、見付けることができなかった。そこで池尻はあることを思い出した。長年使用してきたトラクターや耕運機などについている刃は、石などに繰り返しぶつかることで削られ、磨かれていき、とうとう鋭い鎌かナイフのようになると。機械いじりに慣れている海田と池尻は、放置されたトラクターから、思惑通り鋭い刃の入手に成功した。それを携えて、沼のすぐそばにまで遺体を運び込んだ。そこからは早く終わらせようと焦りを覚えたという。曰く、トラクターから外した刃は、直に持つには扱いにくく、指紋を残す恐れもあるため、ハンカチで持ち手を作った。それでもぐらぐらして、予想よりもずっと手間が掛かった。もう死んでいるのだから出血はほとんどなかったが、空き袋に溜まった血は何らかの化学反応を起こしたのではないかと思うぐらい固まらずにいたので、遺体の下半身に流した。袋は念のためによく洗って、元の場所に戻した。下の水着を着け直すことも考えたが、魚人が襲ったという見立てなのに、水着を着せてやるのはシュールな構図に思えて、結局やめにした。水着は手頃な石をくるんで、沼に放り込んだ……。

 水着と言えば、島での初日、水上バイクに乗る際には比較的きっちりしたワンピースタイプを着ていた鈴木さんが、二日目は黄色のセパレートタイプだった。整合性を欠いているように感じたけれど、実際は彼女自身、深い考えがあって水着を選んでいた訳ではなかったらしい。根本的な問題としてあとから知ったのだが、普通の水着ではワンピースだろうがセパレートだろうがビキニだろうが関係なく、ウォータージェットの水流をまともに受ければ防ぎきれないという。それまで危機感なしに乗っていて落水も幾度かしたろうに、無事に済んでいたのは単にラッキーだっただけ。

 そう考えると、あの最初の日、愛理がたまたまではあるが水上バイクに乗せてもらわなかったのは、運がよかったのかもしれない。二日目に二台ともマシンが(犯人達の工作もあって)使えなくなり、乗る機会が失われたことも同様だ。もし乗せてもらって振り落とされ、死につながっていたら……今、僕の隣にいる人は別の人だったかもしれないし、誰もいなかったかもしれない。


 了

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ふるぬまや河童しみいる死体かな 小石原淳 @koIshiara-Jun

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