第8話 遺体発見
「え、あ、沼ですか。沼って隠れる場所ありましたっけ?」
「身を隠す場所はなかったように思う。ただ、海でいなくなった人間が島の中央にいるってのは盲点ではある。僕らが探しに行った途端、彼女が『ばぁ!』と現れたなら、身を隠す場所はいらないしね」
「なるほど、理屈ですね。他に探す場所はないですし、急げば三時少し過ぎたぐらいで往復できそうですから、行ってみましょう」
実際にはこの時点で僕は疲れていた。けれども、最後の気力を出して、足を前に進めた。最早、探すという行為そのものが目的化しており、鈴木さんが沼の付近にいるとは全然期待していなかった。
だから、最初、沼を見渡せる位置に立ったとき、ろくに見ずに、すぐさま元来た方角へ足を向けようとした。
が、視界の端っこに捉えてしまった。増川先輩も同じだったらしく、僕と先輩は二人で同じような動きをした。つまり、一度目線を外して背中を向け、慌てて見直すというあれだ。
「先輩……」
「……うむ」
何とも重苦し返事をすると、増川先輩は沼に近付いていった。僕はそのあとを身を隠すようにしてついていく。
沼の縁にいた。姿勢は俯せで、黄色のブラを着けた上半身を岸辺に投げ出し、下半身は沼の水面下。先輩が膝を曲げ、横たわる鈴木さんの顔を覗き込む。やけに青く見える顔を。
「脈がない」
いつの間に増川先輩は鈴木さんの手首を取っていた。脈が感じられないとはつまり、死んでいる……。
「水が赤い。何故だ」
先輩の言葉の通り、沼の水が一部赤くなっている。鈴木さんの下半身の周りだけがうっすらと赤い。
「こういうとき、現場をいじるのは御法度だろうけれども」
呟きつつ、腕を伸ばして鈴木さんの腰の辺りを抱きかかえる先輩。持ち上げて、下半身、足の状態を見ようということらしい。その行為は途中でストップした。下の水着が見当たらなかったことと、傷だらけの下半身とが目に入ったためだ。
「覆う物がいる。どうせ船は呼べないんだから、彼女をこのままにはしておけないだろう。ただし、引き揚げる前に、この状態で写真を撮っておきたいんだが」
合宿にカメラを持って来た者は大勢いる。僕もだ。でも、捜索には不要と思って持ち歩いてはいない。
「どちらか一人が残って、もう一人が皆に事情を伝えに行き、カメラを持って戻って来る。こうするのが理想だが」
増川先輩が僕を見た。どちらも嬉しくない役だったが、どちらか選ばせてもらえるなら、伝える役がいい。
そんな答を準備していた僕に、先輩は緊張度を増した声で言った。
「実際には無理だな。一人になったところを、犯人に襲われたら危ない」
「え、犯人?」
あ、これは殺人事件なんだということを、ようやく飲み込めた。
「犯人と言ったって、人間かどうかは分からないが。さっき見た傷、鎌で斬り付けられたようだとは思わなかったか?」
その言葉は、魚人が殺したことを示唆していた。
結果から記すと、島に滞在中に事件解決なんて絵空事は起きなかった。
僕らができたことは、せいぜい、鈴木さんの遺体があれ以上傷まないように、可能な限り冷やしてあげることくらいだった。
犯人探しの機運が皆無だった訳じゃない。だけど、死亡推定時刻は分からないし、死因は不明、凶器も不明。あとは動機を推し量るぐらいだが、鈴木さんの命を奪うような動機を持つ者が、グループ内にいるとは考えられなかった。そりゃあ、海田先輩と池尻先輩は、鈴木さんが単独で水上バイクに乗り、姿を消したことに怒っていたけれども、それが原因になるとは思えない。万が一、それが動機だとして、どうしてあんな猟奇的かつ性的な殺し方を選ぶのだ。魚人の呪いに見せ掛けたかった? 映画が元ネタの作り話と分かっている呪いに? ないない。
そもそも、互いに見知り合っている仲間同士で、犯人探しなんてできるもんじゃない。孤島という閉ざされた領域から出られないのに、疑い始めたらどうなる? よくない方に空気が傾くのはほぼ確実じゃないか? 疑心暗鬼がきっかけで、新たな事件が起きることになれば最悪である。そうなるくらいなら、表面上の平穏を保つよう、努力する。僕ら七人はそっちを選んだ、ただそれだけのことだったのかもしれない。
――尤も、後に警察が導き出した真相を知ってみると、鈴木さんをあんな目に遭わせたのは誰で、何が原因だったのか、島にいる内に突き止めることできた気がする。物的証拠はなくても、それ以外にないだろうってくらい蓋然性の高い仮説を構築していた可能性は大いにあった。
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