第7話 判断に迷う

「そうですよ。昨日言っていた魚人の呪いだって、誰も本当のことを知らなかったら、そのまま押し通すつもりだったのかもしれない」

 海田・池尻の両先輩を翻意させるのは難しそうだった。

「じゃあ、残りの燃料で、最大何時間動けるのか分かる?」

「ええっと、どうだったっけ」

 顔を見合わせ、考え込む。池尻先輩の方が口を開いた。

「乗る人数や出力の度合い、海の状態なんかで違うし」

「燃料がどのくらい残っていたのかもしかとは覚えちゃいませんが……二時間てところか?」

 海田先輩が自信なさげに続けた。増川先輩が厳しい顔つきで首を振る。

「よく使う君らがその程度なんだから、鈴木さんは多分、把握できてないよな」

「いや、でも、二時間も海に出てるとは思えませんね。特に、お嬢様体質のあの鈴木さんが」

 その主張には何となく頷けるものがある。いたずらのためだけに、独りで二時間も海で過ごすのは、鈴木さんの性格的に無理じゃないか。そこから僕は思い付きを口にしてみた。

「ひょっとしたら、陸に上がって、どこかに隠れているのかも」

「なるほどね。島に詳しい鈴木さんなら、隠れるのに適した場所を、前もって見付けていたのかもしれないです」

 山本樹さんがいいタイミングで呼応してくれた。陸地部分の捜索なら、僕らでもある程度はできるだろう。

 しかし、免許所持組の先輩二人は頑なだった。

「捜索は御免ですよ。いい設備を整えてもらったり、昨日の晩飯にごちそうを食わせてもらったりしても、代償がこれでは馬鹿にされてる。向こうにそんなつもりはないのかもしれませんがね」

「しょうがないな」

 増川先輩は嘆息すると、腕時計を一瞥した。

「じきに正午か。昼飯にしよう。そのあとも姿を見せないようなら、僕が探すとしよう」

 予定が狂ったため、昼ご飯はレトルトを中心としたメニューになった。


 そうして――増川先輩はとりあえず、午後一時まで待った。それでも鈴木さんは姿を現さない。

「探してくれるのを待っているのかもしれないな。必死になってる僕らを見て、笑おうっていう魂胆」

 増川先輩はそんなことを呟き、椅子から腰を上げた。この時点で食堂に残っていたのは、他に僕と波崎と山本姉妹。海田先輩及び池尻先輩は、食べ終わると間をおかずに席を立った。係留してある水上バイクが気になるという。どうにかして回収して、直す手段を考えるとのことだった。

「探すの、手伝います」

 波崎が言い出し、山本姉妹も同調した。もちろん、僕もそうするつもりでいる。

「いや、ありがたいけど、ここにいる全員で行くことはない。待機する人間が必要だ。それに、全員で行って誰か怪我でもしようものなら、事態は悪くなるばかりだ。ここは少数で行きたい」

「じゃあ、せめてあと一人。増川さん一人だと、それこそ怪我をしたときに誰にも伝えられないじゃないですか」

 山本緑さんが強く言った。先輩は合点が行ったように大きく首肯し、僕の方を見た。

「それじゃ、ここは男手を増やすとしよう」

 腕力面を期待されても困るのだが、それでも他の女子よりはある、かもしれない。僕は引き受けた。

「あとは頼むよ。時間の見当が付かないが、一応、午後三時に戻るつもりで動く。お茶と菓子を用意して待っていてくれ。あ、鈴木さんの分の食事も必要かもな」

「お安い御用です」

「もしも四時になっても僕らが戻らなかったら、迷子になってる可能性があるから、ビーチでたき火をして欲しい」

「え、あ、方向を定めるためにですね。分かりました。でも、そんなことのないよう願ってますから」

 増川先輩がなかなか剣呑なことを言った。僕は思わず苦笑いを作った。

「まずは自分の身が第一だよ」

 波崎が励ましてくれたのがうれしいが、増川先輩のサポートで着いて行く僕にそれを今言うかね。


 心配は杞憂に終わった。

 ここでいう心配とは、捜索で僕らが迷子になったり怪我をしたりすることであり、鈴木さんを無事発見したという意味ではないのが残念だが。

 とにかく、軽装で行ける道が少ない。各部屋に飾ってある絵地図は大雑把ながらも、かなり正確だということが分かった。絵地図にある位置を全て調べるのに一時間半ほどで充分だった。残るは、本格的に山歩きや磯歩き、あるいは岩登りの格好をしないととても行けそうにない。まさかお嬢様の鈴木さんが、そんな装備をしてまで隠れているとは考えにくい。いやいや、突拍子もない考え方をすることもあるから、絶対にないとは言い切れないけれど、いたずらの目的に適ってない。僕らが行けないところに隠れたって、意味がない。それともまさか、最終日まで隠れて、死んだと思わせたいのだろうか。でも、ここに遊びに来られたのは、鈴木さんの親父さんの仕事絡みでもある訳で、そんな状況下で娘が父の仕事に害を及ぼすような真似をするか? さすがにあり得ないんじゃないか。

 などと脳内で思考検討していた僕の耳に、増川先輩の声が不意に届いた。よく聞いてなかったので、聞き返す。

「戻る前に、沼に行ってみないかと」

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