第6話 いたずら?
「私も全部見ていた訳じゃないのだけれど、海田さんの話だと、海田さんに水上バイクの操縦を教わっていた鈴木さんが、一人で乗って行ってしまったみたい。悪ふざけなのかハプニングなのかは分からない。もう一台に乗っていた池尻さんが追ったけど、追い付かないでいるのかな。それで、ついさっき沖の遠くの方で、鈴木さんが一人で水上バイクを操縦して、左の方に向かうのが見えて」
と、言葉の通り、向かって左側を腕で示す樹さん。ここからは実際に目撃したということなのか、身振り手振りが混じる。
「あっちの岩の向こうに進んで、見えなくなったわ」
船着き場は入り江状になっているが、あまり大きくはえぐれていない。左右からそれぞれ突き出た細い岩山の群れが、入り江の両サイドを示すのだが、水上バイクを操る鈴木さんはその左手の岩の影に隠れて、姿が見えなくなったということのようだ。あそこまで何百メートルあるのか目測しづらいが、仮に近くても波で白くなる海を泳いで行くには難儀するに違いない。ゴムボートも溺れる心配が軽減するだけで、似たようなものだろう。
「私も見ていたわ」
姉の緑さんが追随する返事をくれた。
「波しぶきが上がって分かりにくかったんだけど、海田さんが声を上げて指差してくれたから見付けられた。鈴木さんの着てる水着、黄色で目立つし。池尻さんの姿はまだ見てないから、心配するなら池尻さんの方もしないといけないと思う」
「池尻先輩は水着、紺色の地味目の海パン? だとしたら、水に落ちた場合、確かに見付けづらいかもしれない」
前日の姿を思い浮かべつつ、僕は考えを述べた。
「海田君、鈴木さんの腕前は? うまい方かい?」
波音に混じり、増川先輩が海田先輩に問う声がよく聞こえる。
「下手じゃないが、調子に乗ると飛ばす癖があるみたいで、危なっかしい感じ……だったかなあ」
陸ではオートバイで結構飛ばしていると噂の海田先輩だが、水でのことになると慎重になるらしい。父親の職業を考えれば、慎重を期すのも当然か。
「落水すれば、自動的に停まる仕組みだから、馬鹿みたいにどんどん沖合に行っちまうってことはないと思いますよ」
海田先輩のその説明は、楽観視する材料になるのか微妙だった。
「何にせよ、岩の向こうを見通せる場所に出たいんだが、道が分からん。詳しい鈴木さん本人がいないんだから、困った」
増川先輩は極短時間考えて、方針を示した。
「ここに一人、ビーチの方に一人を残して、あとの四人を二手に分けよう。鈴木さんと池尻君を探すんだ」
異論は出なかった。体力スタミナ面を考慮して、ここには僕が、ビーチには波崎が残ることになり、増川先輩と山本妹、海田先輩と山本姉が組んで、おのおの鈴木さんと池尻先輩を探す。探すと言っても海上に安全に出る手段がないため、増川先輩達は左側の岩山へのルートを探り、海田先輩らは池尻先輩が鈴木さんを水上バイクで追っていたと仮定して、右手の方の陸地を重点的に見て回る。
僕は保養所から救急箱を持ち出して来て、波崎と適当に分け合ってから、所定の位置に付いた。待つだけの時間は随分とゆっくり進むように感じられた。
約三十分後に見付かったのは、池尻先輩だった。僕が気付いたときには船着き場のちょうど真ん中辺りを、ゆらーっと泳いでいて、頼りない感じはしたが、それでも無事に岸まで辿り着いてくれた。海から上がった先輩は一見しただけでも疲労が甚だしく、すぐには発声できないほど。そんな状態で、途切れ途切れに語った状況は次のようなものだった。
「島の周囲を徐々に移動する感じで、二台の水上バイクを三人で乗り回していたが、あるとき鈴木さんが海田を振り切る勢いで発進させ、そのまま行ってしまった。びっくりしてすぐには次の行動に移せなかったが、じきに海田が『追え、追い掛けろ!』と鈴木さんを指し示すから、逆に冷静になれた。海田をそのままにしておくと危ないので、後ろに乗せて一旦ビーチまで戻って下ろし、そこから改めて鈴木さんを自分が追うことになった。彼女が一所をぐるぐる回っていたせいもあって、一時的にある程度距離を縮められたが、運悪く自分の方のマシンが不調を起こして、停まった」
再駆動を何度も試みるがならず、やむを得ず、一番近い岸壁まで機体を押してイレギュラーな形ながら岩に係留。そこから徒歩では陸――保養所に戻れないため、また海に泳ぎ出て、船着き場を目指してきたとのこと。
「鈴木さんが一人で行ったのは、彼女の故意ということになるな」
保養所に戻ったあと、改めて話を聞いた増川先輩が言った。捜索は空振りに終わっていた。
「いたずらなら、ある程度自信があって行動してるんだろう。もう一台の水上バイクを直して島の周囲を探すか、それとも戻って来るのを待つか」
「待ちでいいんじゃないすかあ」
海田先輩が主張した。顔色がよくないようだが、短時間海に置いて行かれたせいではなく、鈴木さんの行動に憤懣やるかたないといったところか。
「はっきり言って、直す気になれませんね。いくら今回の合宿の大スポンサーでも、やっていいことと悪いことがある」
「自分も同意見です」
池尻先輩もこちらから探しに行く気はないようだ。水上バイクを直せそうな二人がこれでは、残る面々に選択肢はない。
「しかし、単独行動になってから小一時間……ちょっと長くないかな。それに、昼食当番の一人なのに、それを放り出していたずらに精を出すのも彼女らしくない」
疑問を呈する増川先輩。責任を問われかねない年長者としては、最悪の場合を念頭に行動したいはず。
「分かりませんよ、気まぐれな性格だから。突拍子もないいたずらを仕掛けることは、充分に考えられる」
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