第5話 変事発生

 ビーチでは、山本姉妹が敵味方に分かれ、それぞれ増川先輩と池尻先輩をパートナーに、ビーチバレーを……違った、ビーチボールバレーをやっていた。ビーチバレーに比べると、ビーチボールバレー――ビーチボールを使って行うバレーボールはハードではないだろう。

 海に目を転じると、沖で青いボディの水上バイクが疾走するのが見えた。遠目にも、海田先輩が鈴木さんを乗せているのが分かる。

「水上バイク、動いたんだね」

「あ、うん。まだ乗せてもらってないけど」

「何で?」

「水着、セパレートだから、もしかしたら落水したときにずれちゃうかなって」

 ファスナーを少しだけ下ろした波崎。赤い布が少し見えた。

「なるほど。そう言われてみると、あちらはきっちりとしたワンピースタイプのようで」

 片手で額に庇を作って、水上バイクの方を見通す仕種をする。鈴木さんは、黒地にピンク?の縦線が入った水着を着ているようだ。ちなみに、山本さん達姉妹は、いかにもビーチバレー選手が身につけそうながっちりしたトップスのセパレートではなく、明るい色のワンピースだった。あとで聞いたところによると、ビーチバレーの大会では出場選手に水着の上から主催者支給のトップスを着けることが義務づけられているとかどうとか。道理で、テレビで見るとき女子は誰も彼も似た感じのユニフォームだなと思ったよ。

「他に遊び道具あるのかな?」

「水に関係あるので言えば、バナナボートとか水上スキーとかパラセーリングとか、道具はあるそうよ。今回、実際にやれそうなのはバナナボートぐらいでしょうけど。あ、あと、普通のゴムボートがあるって聞いた。オールが付いてて、自力で漕ぐやつ」

「いざというときには、それに乗って近くの島に救援を求めるのかな」

「何よ、いざって」

「分からないけど、たとえば魚人が現れて――」

 お腹にパンチを食らって、最後まで言えなかった。いくら格闘技経験のない女子の拳とは言え、不意打ちだったので効いた。波崎は、普段は大人しい方だけど、怒るとその程度の大小とは無関係に、手が出ることがある。

「もう、そのネタは禁止! つまんない」

「ま、増川先輩も、さっき、使ってたよ。次に使っても、叩いたり殴ったりしないようにな」

「あの人は自力で元ネタを見付けたのだから、しばらく使っても許されるわ、ええ」

「よく分からん理屈……」

 要するに、殴られ役は僕に回ってくることが多いってか。

「これ以上害を被らない内に、引っ込むとしようかな。本、何冊か持って来たし」

「椅子ならあるから、本を持って来て、寝そべって読めば?」

「遠慮する。日差しがきつい。日焼けはかまわないけど、眩しいのはあんまり好きじゃないんだよ」

 手を振りながら、保養所への道を引き返した。


 夕食は五時から下準備を始め、火起こしもまずまず順調にいって、予定通り、六時からバーベキューをスタートできた。

 アルコール類は、年齢的に飲めない人が多いし、好んで飲む人がグループ内にはいないため、数は用意されていなかったが、それでもビール系飲料の空き缶がいくつかできた。多少酔った面々と、しらふの面々とでは温度差ができたが、それでも楽しい食事だったと間違いなく言える。

 こんな風にして、特段の目標や目的もなく、ゆったりと三泊四日が過ごせるものと信じていた。いや、そんなことを意識する理由自体なかった。何事もなく終わるのが当然の日常だったから。

 だが、二日目に入って、事態は急変を見せる。

 事件が起こったのは、昼食の準備にぼちぼち取り掛からねばという頃合いだった。

 それまで僕は部屋に籠もって本を読んでいた。増川先輩は波崎にせがまれ、食堂で得意のマジックを見せていたという。山本姉妹はビーチに出て、相手がいないので二人で軽くボール遊びをしていたが飽きが来て、散策に切り替えたとのこと。海田、池尻両先輩と鈴木さんは相変わらずの水上バイク。

 ちょうど一冊読み終えたタイミングで、ドアがノックされた。返事せずに出てみると、波崎が少し息を弾ませ、「何かあったみたいだから、外に来て」と言う。僕が聞き返しても今ひとつ要領を得ない。食堂にいたところへ山本緑さんが駆け込んできて、水上バイクがトラブった模様だという意味のことを、増川先輩に告げたという。先輩は波崎に僕を呼んでくるように言い付けると、先に外へ出たらしい。

 二人してビーチに向かうが、人影はない。

「あれ、こっちじゃないのか」

「もしかして、船着き場の方?」

 水上バイクで船着き場のある側まで行って、トラブルが起きたということかもしれない。僕らはきびすを返して急いだ。

 走ったおかげで三分と掛かっていないだろう、船着き場に着く。既に他の人達の姿を視界に捉えていた。いるのは……山本姉妹に増川先輩、海田先輩の四名。全員、僕らが来たことに気付いていないか、気付いていてもかまってる暇がない雰囲気だ。

「もう一台はどこ? 池尻君が乗ってるんだよな?」

 増川先輩に問われた海田先輩は、「そうですよ、でもどっかで振り切られたのかも」とどこか怒ったような声で言い返した。

 沖の方を見やって緊迫感漂う二人には話し掛けづらいので、山本さんの妹の方に聞く。

「何があったの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る