第6話 青雲の志
美奈子に運転を任せ、二人で家まで帰った。
美奈子は、
「ホームスチールじゃないといかんの。何で?」
と訊いてきた。
「満塁策になったらスクイズや。守備側にしたら、スリーボールは押し出しの恐怖があるし、普通そのままスクイズをやらしたったらええんや。スクイズやらしてもタッチプレーやないから三歩四歩遅くなってホースアウトや」
美奈子は頷いたが、
「でも、攻撃側はどうするの」
と訊いてきた。
「攻撃側からしたら、もしスクイズでウエストやったらボールも遅いしホームベースも遠くなる。ホームスチールも十分可能性ありや。それにホームスチールぐらいのスピードじゃないとホースアウトになってスクイズ失敗や。今日の負けた高校は普通のスクイズやったやろう。それが敗因や」
私は、三十年前の記憶を今日の様に語った。
「へぇー、あんた頭良かったんやね」
美奈子は、口を開けて笑った。
「おまえ、俺の事、頭悪いと思ってたんやな」
私は、おどけて拳を上げた。
「悪い頭は無いけど、良い方とは言えないわね」
「こら、悪いと一緒じゃ」
私は言うと、
「ほんまはな、中学校生やったな、早慶戦の同じ事があってな、テレビで見てたんや。それで満塁策でのホームスチールを覚えてたんや」
「なんや、マネしたんやね、でも覚えてたんやね。頭いいわね」
そう言うと、美奈子は私の頭をなでなでした。
美奈子は、数日間、色々考えたようで、挙句、思い切って話してきた。
「わたし、青年協力隊に行きたいの」
「青年協力隊か。お前、高校から云ってたしな。青雲の志、今も消えずってとこやな。行かんかい。ええで」
美奈子は、あっさり承諾されたことに戸惑った。
「でも、あなたはどうするの?」
「かまんで。アフリカでも南米でも行かんかい。俺の事はええんやで」
これもあっさり答えた。
私は、高校の頃から美奈子には世話になりぱなしだった。ピッチングマシンの事も、浪人した時の家庭教師をやってくれた事も、二流大学とは云え希望の大学に合格した事も、三人の子供を育てたのも美奈子だ。勤務医とはいえ年収はいつも私の倍以上だった。三人の子供の学費も半分以上が美奈子だった。三人の子供を東京の大学にやれたのも、美奈子があったからだ。男としての見栄だったが、転勤にも付いて来てくれた。美奈子には、青雲の志かどうかは分からないが、その位はしてやらないといけないと思ったのだ。
だが、美奈子は云い出した。
「いかん。一人でやったらいかん。二人で行こう」
美奈子は、夫婦二人で青年協力隊に行くのもできるんだと云った。
「お前は医者やからええけどな。俺は、何の取柄も無いし……」
とりあえず、青年協力隊に応募した。美奈子は、夫婦じゃないと行けませんと面接官には云ったが、全く対応が外れた。面接官は、
「医師とか看護師の人たちはひとまず居ますが、御主人の経歴は、まさに我々が求めている人です。魚も肉も野菜も穀物も、外国産が殆ど90%ですから、プロの人が少ないので、我々はまさに三顧の礼でして……」
「はあ~……スーパーの食料品は確かに外国産がかなり占めてますが……商社を通すと仕入れが高くなりまして、安い調達でやり繰りしているようで……」
そんな返事しかできなかった。
だが、面接官は、手を出して握手を求めた。
「食料調達は最も大変で、それも安い調達が大変で。宜しくお願いします」
面接官は、美奈子の事を察したのか、
「女医さんは国によっては、女性が男性の医師に恥ずかしがって来ないこともありますし、先生は、若い頃三年間、山村とか離島に行かれたこともあると聞き来ましたので、そういう処では、眼科、耳鼻科、内科、外科とかあらゆる事もできないのですし」
美奈子は、面接に適ったようだ。
「一応外科ですが、眼も耳も内科もやります」
美奈子は、自らのアピールになっていた。
私は、隣の美奈子に胸を張った。三年の夏、三塁ベースで
完
バントマン かわごえともぞう @kwagoe
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