第5話 スクイズ

「やっぱり見に来とったんやね。帽子被っとらへんし、熱中症になっても知らんよ」

 という声とともに、日傘が差掛けられ、目の前にペットボトルが差し出された。       

 振り返ると妻の美奈子だった。

「往診の帰り。近くまで来たんでちょっと寄ってみたんよ。今日は午前で終わりやし」

 と言って、白い歯を見せて笑う。

 白衣のすそが風を含んでひるがえり、初夏の日差しに靴下が白く輝いた。


 試合は、六回が終わり、グランド整備で時間があった。

「話があるんよ」

「ちょっと寄ってみたんじゃなかったんか。まあええわ、俺にも話があるしな」

「どのようなこと?」

 美奈子は自分を先に譲った。

「スーパーの再編でな。退職金が50パーセントアップするから早期退職することを上から求められてるんや。再編とか合併とか言うてるけど、要するに吸収合併や。一人で言うことでもないし、とりあえず考えときますとは云うたけどな」

 この様なことは、こんな時しかなかなか言えないと思ったのだ。

「………」

 美奈子は、色々考えても、なかなか出せないようだった。

「お前の方の話はどうなんや?」

 美奈子は少し言いかけたが、七回表が始まったのだ。野球の時は、テレビでもラジオでも私に野球に集中することは知っている。美奈子は、

「また、家で話すことにする。すぐ話すことでもないからね」


 試合は、延長戦になっていた。

試合は、三十年前とほとんど同じになっていた。

「同じやね、あの時と」

 美奈子も同じ気分のようだった。

「ああ、満塁策も同じや。」

 私は一言だけ云うと、横の美奈子も頷ていた。


 試合は終わり、スクイズで本塁ホースアウト、一塁アウトでダブルプレーという結果で簡単に終わった。公立の高校は負けたのだ。

「だから、ホームスチールやと云ったやないか」

 私は、ベンチの前を並ぶ負けたチームに小さな独り言で云った。。

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