まだ蕾の私たちは。
如月 結良
【まだ蕾の私たちは。】
私は鳥羽桜(とはねさくら)。どこにでもいる普通のJK。今日は中学から同じイツメン四人で、学校近くのショッピングモールに来ている。
「ねぇあかね、やっぱりこっちのストラップの方が可愛いかな?でもこっちは限定盤で耳付きのビジュ...あー、もーどしよ!」
「そんなら私が指差しで決めたげる!どちらにしようかな天の神様の言う通り、ろうそく一本決めた、こっち!」
「え、こっちかぁ、いやでも、うーん」
「はぁ。れんげのその悩み癖、どうにかなんないの?」
「だってどっちも可愛いから選べないんだもん!」
「まぁまぁ、とりあえず一旦買い物して、また戻ってくれば良いんじゃない?」
「さんせー」
「あかねもー!」
「そだね、じゃあそうする!あ、文房具見ても良い?最近、お気に入りのシャーペンが壊れちゃったの」
「えー、あれめっちゃ可愛かったのにー!」
「でしょー?めっちゃショック。」
「あ、せっかくだしみんなでおそろにしない?私達の4周年目の思い出として!」
「たしかに、良いじゃん!買お買お〜」
一人目は、香山蓮花(かやまれんげ)。常にフワフワしてて、優柔不断。でも、いざとなったら一番怖い。
二人目は、清水茜(しみずあかね)。こちらもこちらで、かなりの天然。私達のムードメーカー的存在。
三人目は、——————
「桜、ぼーっとしてどうした?」
「えっ、ぼーっとしてた、私?」
「うん、眠そうなカバみたいな目してた」
「例えひどくない?」
「ははっ、ごめんごめん」
彼女が私に手を伸ばし、頭の上に何かが触れる感触がした。
「...なーにこれ?」
「ん?似合いそうだなって思っただけ。」
中に入っていたのは、羽の形のペンダントトップが付いているペンダント。白とシルバーが基調になっていて、ところどころに紺色の細かなラメが入っている。
「名前にも合うしいいかなって。今日でちょうど、3年目やん?」
彼女は微笑んで、あかねとれんれんの方に行った。
私は、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「...そんなのずるい。反則。」
そう呟いて、三人の待つ場所へと小走りした。
三人目は、夕日葵(ゆうひあおい)。男っぽくて、サバサバしてる。れんれんとは保育園からの幼馴染で、姉妹のような関係。
そして、もう一つ。
「ありがと。」
私は葵にだけ聞こえる声で、少し俯きながら、葵の服をぎゅっと握った。
葵は、私の恋人だ。
「ねぇ、やっぱりこっちのシャーペンにしない?」
「でもさっき、これって決めたでしょ?」
「うーん、でもやっぱりこっちの方がいい!これにしよーよ!」
「れんげ、ほんところころ変わるよね」
「はぁ〜?でも私のその性格は、あおいが一番よく分かってくれてんじゃん?」
「良い時ばっか使いやがって」
葵は、れんれんの頭を軽くゲンコツした後、ガシガシと頭を撫でていた。
「さくら〜、ほんっとあの二人仲良いよね〜、喧嘩しとる時は、怖くて近寄れん!って感じなのに」
あかねのふわっとしたこの笑顔には、一種の魔力が宿っている。
「ほんとだよね。本物の姉妹みたい」
「...さくらにはそういう子居るの?」
「えっ、なんで?」
「今、なんかちょっと寂しそうな顔してたから」
あかねは首を傾げながら、天性のアイドル顔で見つめてくる。
「うーん、そうだなぁ...昔は居たよ。何をするにも、どこに行くにも一緒だった。本当に大好きな、私のたった一人の親友だった。でももう彼女は、私が一生会いに行けないところに行っちゃった。」
頭の奥が、ズキズキと痛んだ。
何度も、彼女の声が脳内にこだまする。
「助けて、助けて...」って。何回も何回も。
あの時、彼女を救えるのは、私しか居なかったのに。
私は、私は、、、
「そっか...辛いこと思い出させてごめん。実はね、私にも居たんだ、大好きな親友。家も隣で、家族ぐるみで仲良くて、私達は、本物の姉妹みたいに育ってた。何があっても離れない、離れることなんてない、そう信じてた。でも、ある時喧嘩しちゃってさ。理由は、私の楽しみにしてたお菓子をあの子が勝手に食べちゃった、とか、そんな理由だったと思う。でも幼かった私は、「もう嫌い!二度と話してあげないんだからっ!」って言って、一人で走って帰ったんだ。でも、それが最後になった。私を追いかけてきたあの子は、走ってる途中道で転んで、トラックに轢かれた。私はどうすればいいか分からなかった。駆け寄ったけど、その時にはもう、あの子は亡くなってたんだと思う。異変に気づいた周りの大人達は、すぐに119番してくれた。ある人は私に「大丈夫かい?」って言った。ある人は私に「怖かったろう」と言って、私を抱き寄せ、現場を見せないようにした。全部、私のせいだったのに。なんで私、あんなこと言っちゃったんだろう。」
小さく笑うあかねの目には、涙が浮かんでいた。
思えば、あかねのこういう真剣な表情を見るのは、初めてかもしれない。
辛かったに決まっている。
私も、辛かったから。
私は、あかねの手をそっと握った。
あかねは、楽しそうにはしゃいでいる二人を見ながら、言った。
「だからね、私、あの二人には、私みたいな思いをして欲しくないんだ。いつまでも、ずっと、唯一無二の親友であって欲しいんだ。急にこんな話してごめんね。」
そう言うあかねは、シャーペン選びに難航中の二人を、微笑ましそうに見ていた。
でもその目は、二人を透かして、自分と親友を重ねているようにも見えた。
ーもし生きていたら。と。
ー「さくら、さくら、、」ー
私を呼ぶ声が聞こえる。
ー「助けて、私を助けて、、」ー
目の前に、あの光景がフラッシュバックしそうになる。
ー「お願い、さくら、、」ー
「二人ともー!やっと買えたよ〜って、あれ?あかね泣いてるの?」
「ううん、ぜんっぜん平気!」
「嘘だぁ!涙の跡ついてるもん、さてはさくら、あかねに何かしたのでござるか?」
「違う違う、あかねの昔の話を聞いてただけだよ。」
ふーん?というような顔つきで、れんれんがこちらを覗いてくる。
「れんげ、ほんとに私はなんでもないよ!さくらは話に付き合ってくれてたの。それより、シャーペン結局なんにしたの?」
「あ、そうだそうだ!あおい〜!あれみんなに見せよ!」
さっきのあかねの顔は、跡形もなく消えていた。
でも、このアイドル顔の下には、暗い闇が潜んでいる。
そう考えると、自分の心の一部までもが、すっぽりと抜けたような気持ちになった。
「「じゃーん!」」
「ん?なぁにこれ?」
「これはね、みんなの名前をそれぞれモチーフにしたシャーペン!たまたまあったから、これは運命だっ!って思ってこれにしちゃった」
「ってことで、これはあかねのね」
「ほんとだ!白色ベースで、持ち手のところに茜が印刷してある!」
「でしょ〜?どれも全部可愛いんだよ!」
「んで、これは桜の分ね」
「うん、ありがとう!」
あかねのと同様、私のは桃色ベースで、持ち手の部分に桜が印刷してあった。
「桜、これ持って写真撮ろ」
葵は、自分のバックからスマホを取り出した。
「いくよ、はいチーズ」
ーパシャパシャー
「おー、相変わらず桜は写真が苦手だな」
「葵だって、ピースの形、歪になってるじゃん」
「これはシャーペン持ってるからだし」
ふと、葵とこんな風に笑顔で笑い合える日々は、いつまで続くんだろうと思った。
「どうした?」
葵が不思議そうに眺めてくる。
「ねぇ葵、私達ずっと一緒に居られるかな?」
「え、?」
「私、葵を失うのが怖い。」
私は、葵の腕の中に顔を埋めた。
「...大丈夫。桜と私は、死ぬまでずっと一緒だよ。」
葵は自分の腕の中の頭を、そっと優しく撫でた。
「あー、まーた始まったよ、2人のイチャイチャタイム〜」
「別にイチャイチャじゃないわ」
「んなこと言って〜、あおい、さくらのこと大好きですやん〜」
「ですやんですやん〜」
二人は、私と葵が付き合っていることを知っている。
告白の経緯とか、そういうのも全部。
「あ、そうだ!四人で写真撮ろうよ!」
「そういえば今日、写真撮ってなかったね」
「たしかに」
「じゃあいくよー?みんなこっち向いてー、はいっチーズ!」
ーカシャー
「なんか今日のさくら、異常に盛れてる!」
「ほんとだ!いつも変な写真ばっかなのに!」
「ちょ、二人共言い過ぎだよ?」
「いや、桜の写真で成功したことは、ほぼないに等しいよ」
「葵までそんなこと!」
「まぁまぁ、写真はどうあれ、さくらは素が可愛いから大丈夫っ!」
そう言って、あかねが私に抱きついてきた。
「もう18時かぁ。そろそろ帰んなきゃだね〜」
「ほんとだ!もうこんなに空暗い...」
「いーち、にーい、さーん、、」
「れんれん、何してるの?」
「えっとね、星数えてたー」
薄暗い空の中に、光を放つ小さな点がちらほらと散らばっていた。
「じゃあそろそろ帰ろっか!」
「うん、みんなまた明日ね〜!」
「また明日〜」
二人がまっすぐに歩いて行くのを見送って、私と葵は左へ曲がった。
「今日楽しかったな」
「久しぶりに良い写真が撮れて、すごい嬉しい」
「何年ぶりじゃないのか?」
「そんなことないし!」
葵の腕をバシッと叩いた。
「でもな、途中ちょっと寂しかった」
「なんで?」
「せっかくの3周年なのに、桜と全然過ごせなかったから」
そう言って、葵は私を抱きしめた。いつもより、強く。
「私もちょっと寂しかった。葵がれんれんとばっか話してて。」
私も葵を抱きしめ返した。いつもより、少し強めに。
「...そろそろ帰るか。」
「、、うん。」
渋々、葵を抱きしめていた腕を離した。急に体温が無くなった手は少し寂しい。
「じゃあ葵、また明日ね。」
「あぁ、気をつけて帰ってな」
葵は最後に、私の頭を撫でた。優しく、優しく。
私はまっすぐ、葵は右へと曲がった。
私は家に着き、夜ご飯を食べ、スマホをいじり、宿題をし、お風呂に入り、溜まっていた漫画を読んだ。
いつもと、なんら変わりない生活。
寝る前に、れんれんから送られてきた写真を見た。
[久しぶりに盛れてる、さくらの貴重な一枚!(既読2)]
なんやと!と、笑いながらツっこんだ。
スマホを切り、タイマーをセットして、私は眠りについた。
なんてことない日々が、私にとっては凄く大切。
そんなこと、ずっと前に分かっているはずだった。
分かってるはずだった。
なのに、なのに、、、
いつも通り、朝7:00に起きた。
そして、いつも通り歯を磨き、いつも通り朝ごはんを食べた。
「桜、ちょっと良いかしら?」
母の声に違和感を感じた。
「どうしたの?」
「いつも通り」の「普通」なんて、永遠にあるわけがないのに。
「実はね、」
脳が、嫌な警報を鳴らしている。
「葵ちゃんが昨日、、、事故に遭って亡くなったの。」
その日私達のクラスは、全員、葵のお葬式に参加することになった。
退屈そうにしている子、泣いている子、戸惑っている子、無表情の子。
私は、あかねとれんれんを目で探した。
あかねはすぐに見つかった。
れんれんは、、お葬式に来ていないらしかった。
一通りの葬儀が終わり、各自帰宅となった。
クラスメート達が葬儀場から出て、最後に残ったのは、私とあかねだけになった。
「さくら、、わた、わたしっ、、、...」
あかねはその場に蹲って、声をあげて泣いた。
私は、あかねの肩にそっと手を置いた。
「あおいが、あおい、がぁ、、...やだ、いやだ、いやだよ、さくら、、...」
私はあかねの背中を撫で続けた。
「れんれんは、来なかったね。」
「...多分、受け入れられてないんだと思う。正直私も、あおいがこの先ずっと居ないなんて考えられない。」
夕日によって創り出された二つの影は、ゆらゆらと、頼りなさそうに揺れている。
「私達、これからどうすれば良いんだろう...」
「分かんない、、。」
「...あおいは死んだ時、幸せだったかな?」
「、、、」
「幸せに、死ねたのかな。」
日が沈み、さっきまで揺れていた二つの影は、跡形もなく、暗闇へ消えていった。
『私達、これからどうすれば良いんだろう...』
あかねの声が、頭に残っている。
私は、まだ何も分からない。
自分は今、葵の死を受け入れられているのか。
自分は今、悲しいのか。
自分は今、何を感じているのか。
「...ずっと一緒って、言ったじゃん。嘘つき。」
私は、昨日四人で撮った写真を見ながら、スマホを壁に投げつけた。
葵の葬式から一週間後、れんれんが学校に登校してきた。
でももう、今までのれんれんはそこには居なかった。
放課後、私達はお茶をした。
「急、だったよね。ほんと。」
「昨日知ったけど、あおい、トラックに轢かれたんだね。」
「そうだったんだ、、。」
「...轢き逃げなんて、ほんとに最低だよ。」
今まで黙っていたれんれんが、急に立ち上がった。
「...おかしい、おかしいよ。なんで、なんであおいなの?なんであおいが死ななきゃいけなかったの?おかしい、おかしいよこんなの!」
「れんげ、いったん座って。」
周りの客が、私達を不思議をそうに、迷惑そうに眺めてくる。
ー何も知らないくせに。
「なんで、なんであおいなの、、なんで、わたしの親友を奪うの...」
「れんげ、、、」
私の頭に、あの光景がフラッシュバックした。
ー「助けて、助けて桜、、」ー
ー「私、もう生きる意味が分かんないよ。」ー
ー「教えて桜。私って、なんで生きてるの?」ー
私がその紙を見つけたのは、彼女が自殺した次の日だった。
彼女は私に助けを求めていた。
ここから早く救い出して、と。
彼女は、いつも笑っていた。
笑って誤魔化していた。
「いじめられてるの?」
何度も、何度も聞いた。
「大丈夫!なんてことないよ」
彼女は笑って、そう答えるだけだった。
でも、そんなの嘘に決まってた。
そして彼女は、小学校卒業式の前日に、自宅マンションから飛び降りた。
私が彼女の手紙に気付いたのは、彼女の自殺した次の日だった。
ー「もう、死にたい。」ー
その言葉で終わっていた手紙は、弱く、か細い字で書かれていた。
あの時、私は彼女に何が出来たのだろう。
あの時、私がもっと、彼女を観察していたら。
あの時、もっと話を聞いてあげてれば、、。
私は、私は、、、
「...ら、さくら、大丈夫?」
現実に引き戻される。
私の目の前に、もう彼女は居なくなった。
「ごめん。私今、親友が死んじゃった時のこと思い出しちゃって...」
私はもう、二度と彼女に会えない。
もう二度と、話すことも、笑い合うことも。
「実はね、私も死んじゃったんだ、親友。」
「あかねも、なの...?」
「うん、実はそうなんだ。」
「...じゃあ、私達全員、親友を失っちゃったことになるんだね。」
「そう、だね。」
「、、ほんと、すごい巡り合わせだよね。」
「...うん、ほんとに。」
それから、月日は流れるように経ち、私達は20歳の大学生になった。
あかね、れんれん、私。
みんな違う夢を持ち、違う道に進み、違う人生を生きている。
「さくら〜、今年こそは一緒に行かない?あおいのお墓参り」
「そう、だよね、、」
「さくら、過去に縛られすぎても、かえってさくらが不幸になるだけだよ?」
「...うん、今年は、二人と一緒に行こうかな。」
「うん!良かったぁ...さくらが行くって言ってくれて!」
私はまだ、葵が死んだということを、完全に受け入れていたわけではなかった。
頭では理解してるつもりだけど、自分の「心」が追いついていなかった。
それを認めたら、私は、「親友」と「恋人」をなくしてしまったことになるから。
その事実は、受け入れたくなかった。
受け入れたら、私の中の「なにか」が壊れてしまう気がしたから。
「よし、到着だぁ!」
「あれ?こんなところにコンビニなんてあったっけ?」
「新しく出来たんじゃなーい?」
「そっか。なんか毎度毎度思うけど、新しいのが建った後って、その前、ここに何が建ってたのか忘れちゃうんだよね。ずっと、そこに当たり前にあったものなのに。」
「確かにね〜、でもそれで良いんじゃない?大事な過去だけ覚えてれば良いんだよ。」
気がつくと、私達は、葵のお墓の目の前に立っていた。
「あおい〜、今年も来たよ〜」
「今年はさくらも一緒だよっ!」
「あ、お線香買ってなかったや。って、あっ!」
れんれんの見る先には、美人な女性と、ダンディーな男性がいた。
「あら、蓮花ちゃんじゃないの!それに、茜ちゃんと、桜ちゃんまで!」
「うん、久しぶり!あおいママ!」
「大きくなったわねぇ」
れんれんと葵のお母さんが、昔話でひとしきり盛り上がり終わった後、葵のお母さんは、私に手招きをした。
「桜ちゃん、これ、葵が桜ちゃんのために作ったものらしいの。良かったら、受け取ってくれるかしら?」
渡されたのは、写真のアルバムだった。
「桜ちゃん、葵のこと、好きになってくれてありがとう。」
私は、涙が出そうになった。
写真のアルバムは、葵の手作りらしく、2人で撮った写真が沢山詰まっていた。
私はこのアルバムを見て、やっと葵が死んだことを受け入れられた気がした。
その写真を見て、ちゃんと私が、その思い出を過去の事として認識できていることに気づいたから。
その日の夜、私は沢山泣いた。
声をあげて。大声で。
呼んでも戻って来ないことを知りながら、それでも私は、彼女の名前を叫ばずには居られなかった。
私は無意識に、葵がくれたペンダントを握っていた。
——————
すぐに大人になれる人なんていない。みんな、何かしらの課題を抱えながら、少しずつ大人に近づいていく。大人とは何かも知らないまま、その真っ暗で空っぽな、「社会や普通」の扉を開ける。
正解が何かも分からないまま、突っ走って生きる。
私達はみんな、開花出来ていない蕾なんだ。
自分が今やっている行動は、本当に正しいことなのか。自分は何のために生きているのか。
わからない、わからないんだ。きっと誰も、何も。
人は、自分が死んだ時、初めて自分の人生に終止符を打つことが出来る。
そして、その時初めて、その人の人生に花が咲く。
花は、一つとして同じものは無い。
一人一人違う種を持っていて、一人一人別の花を咲かせる。
どんな色だったのか、どんな形だったのか。残念ながらそれは、自分が見ることも、他人が見ることも出来ない。
ただ、これだけは言える。
花は、自分のための、自分の願ったものになる。
どんなに嫌な人生でも、どんなに苦しい人生でも、自分の花だけは、自分に寄り添ってくれる。
少なくとも私は、彼女達が自分の望んだ終演を迎え、そして、自分の望んだ花を咲かせたと信じている。
——————
ー拝啓ー
まず初めに。
長い間、顔も見せずにすみません。
私は、ついさっきまで、あなたの死を受け入れられていませんでした。
でもやっと、自分の気持ちに整理がつきました。
実は今、あなたと話すのが久しぶりだから、少し気持ちが舞い上がっています。だからきっと、話が長くなってしまいます。でも、最後まで飽きずに聞いてくれたら嬉しいです。
あなたの花は今、どんな色で、どんな形をしていますか。
昨日までしおれて、今にも木の枝から落ちそうになっていた私の蕾は、今日やっと、太陽を向く覚悟が出来たようです。
あなたは、私にとって、本当に桜のような人でした。
あっという間に私の心を桃色に染め、中学生だった私の恋心を、一瞬にして奪ってしまったのですから。
でも、あなたは、私の前から、一瞬にして消えてしまった。
あなたは、本当に掴みどころのない人でした。
クールなふりして実は甘えん坊だったり、恋愛映画では泣かずに、コメディ映画で泣いたり。
私が不器用なことを知っているから、あなたはいつだって、私をリードしてくれました。
だからこそ私は、あの日、あなたにキスをしなかったことをすごく後悔しています。
あなたの人生の最後まで、不器用で居続けた私を、どうか許して下さい。
桜は、人に一時の幸せを与え、人の心を一瞬にして奪い、そして、自身は一瞬にして散ってしまう。
まさに私にとって、それがあなたです。
でも、あなたと桜が違う点が一点。それは、桜はまた巡ってくるけれど、あなたがもう一度、私の前に巡ってくることはない、ということです。
皮肉っぽくなってごめんなさい。でも不器用な私には、この伝え方が精一杯なんです。私のことを一番近くで見てくれていたあなたなら、きっと、今の私の気持ちを理解してくれる、そう信じています。
最後に。
私は今でも、あなたを愛しています。それが変わることは、この先ずっとありません。
優しいあなたのことです。私のことは忘れて、幸せに暮らして。と言うかもしれません。
でももし、この先、私に新しい恋人が出来た時には、良かったね、と微笑むだけでなくて、少しは嫉妬もして欲しいな、なんて。
やっぱりちょっと、長くなってしまいました。そろそろ二人も待ってるので、今年はここでさよならです。さっきかられんれんが「早くカフェ行こー!」と言ってくるんです。変わってないでしょう?
では、また来年、お会いしましょう。
ー私の永遠の恋人へ。ー
まだ蕾の私たちは。 如月 結良 @yurayuni
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