第五章 夏休み編

第163話 ゼルディア家族イベント

「とんでもなく長い一日だった……」


 学園でのプール清掃を終えて帰宅すると、玄関にキメがいた。


「ぱぱ! おかえりー!」

「おうただいま」

「くんくん。げぇ。ぱぱなんかくさいぞ」

「え? ああ、この匂いはあれだ。塩素的なサムシングだな」

「えんそー?」

「そう。何せプールに行ってきたからな」

「ぷーう!!」


 キメが目を輝かせる。


「知ってるのか?」

「しってる! ほんでみた! とってもすてきなところ!」

「素敵かどうかはわからないけど、楽しいところだな」

「よしきめた! あしたはキラメもいっしょにいってあげるな」

「いや、明日はプール行かないぞ。掃除終わったし」

「え?」

「え?」


 しばし、両者の間に沈黙が流れる。


「キラメ、ぷーういきたいな?」

「そうなのか」

「うん。で、ぱぱもぷーういきたいな?」

「いや。俺は今日楽しんだからしばらく行かなくていいわ」

「いくのおおお!!」


 うわビックリした。


「いいなーいいなー。キラメもぷーういきたいなああああ」

「お前泳げないじゃん」

「およげるもん!」

「一体何の騒ぎですか?」


 ギャン泣きしながら地面でクルクルし始めたキメを眺めていると、メイドのモルガがやってきた。

 怒られる前に事情を説明する。


「もう。プールくらい連れて行ってあげたらいいじゃないですか」

「でも学園のプールは掃除して閉めてきたからなぁ」

「プールくらい、王都にはいくらでもありますよ」

「あ、そんなこと言うと」

「ままほんと!?」

「ほら食いついてきた」


 どうせ連れていかないのだからあまり期待させるようなことは言うもんじゃない。


「なぁキメ。地下の風呂に水溜めてやるから、それで満足しろ。な?」

「いやだああああああああああああ」


 今度は泣きながら、陸に打ち上げられた魚のようピョインピョインし始めるキメ。

 コイツの泣き方独特すぎて、真面目な時なのにちょっと笑っちゃうんだよな……。


「ぷっ……」

「まま!? なにがおかしい!? キラメはまじめなはなしをしてるのー!」

「ぷぷ……ごめんなさい。ほらリュクスさま。リュクスさまも笑ったんですから、連れていってあげてくださいよ」

「わかったよ。でも今日はマジで疲れたから、また来週な」

「あしたあああああ! あしたいくのおおおおおお!」


「コイツ……」


 確かに明日も休みだが、その次は学校だ。

 明日はじっくり休んで体力を回復させたいところだ。


 あの学園、いつ事件が起こるかわからないからな。


「お前な。こっちは滅茶苦茶疲れて――」

「鈍っているなリュクスよ。その若さで二連プールもできんでどうする」

「うわぁビックリした!?」


 しゅぴんと音を立てて現れたのはゼルディア家当主にして俺の父、グレムだった。

 相変わらず厳つい表情のまま床でぴょんぴょんしているキメを慰めつつ、俺を睨む。


「父上、領地の仕事は?」

「そんなことはどうでもいい」

「どうでもいいかなぁ……いいかも」

「よくないですよリュクスさま」


「リュクスも。モルガも。我らが大事なキラメが泣いているのになんだその落ち着いた態度は」

「まぁ割といつものことなんで」


 昔から子供の泣き声とか嫌いだったんだけど、今ではすっかり慣れてきた。


「キラメはわがままだけど馬鹿じゃないです。ちゃんと根気強く説明すればわかってくれますよ」

「ふん。明日プールに行きたくないのはお前の勝手な都合だろうリュクス」

「それはそうですが」


「ならば当主命令だ。明日、我らゼルディア家全員で王都のプールに遊びに行く。名目は従者たちの休息。絶対参加だ。逃げるなよリュクス」


「え、私たちもですか?」

「ああ。お前たちメイドも明日はゆっくりと羽を伸ばすがいい」

「あ、ありがとうございます」


 困惑するモルガ。

 それはそうだろう。


 いきなり言われても準備が大変だし、そもそもこんな厳つい顔した当主が一緒にいたら全然休息になんてならない。

 普通に仕事だろう。


「ええと。ということは今日中にあれしてこれして……」


「手伝うよ。一度みんなを集めてくれ。作戦会議しよう」


「リュクスさま……お疲れの所を申し訳ありません」


「緊急事態だ仕方ない。キメは……」


 キメの方を見ると、さっきまでの態度はどこへやら。

 きゃっきゃと笑いながら父上と戯れている。


「キラメよ。明日は私がプールへ連れて行ってやる。楽しみにしておけ」

「わーい! じいじだいすき」

「ははは。そうかそうか。私はお前のパパと違って優しいからな」ドヤァ


 渾身のドヤ顔でこっちを見るな父上。


「キメは父上に任せよう」

「そうですねぇ」

「兄上は……」

「まだ帰宅はされてないですね」

「予定空いてるといいんだけど……」


 こうして、忘れられない夏の最初のイベントが始まった。





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【書籍化】魔眼の悪役に転生したので推しキャラを見守るモブを目指します 瀧岡くるじ @KurujiTakioka

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