乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからには暴虐の限りを尽くす王となって学園に君臨するのだ
あぼがど
第1話 悪役令嬢VS風紀委員長
…………ジリリ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
急報を告げる黒電話のような不吉な音が耳朶を打って、仄暗い闇の底から意識はズルズルと怠惰に浮上する。誰かが俺を呼ぶ。目覚めよとを呼ぶ者がある。それは一体誰なのか……。
◇ ◆ ◇
…………ジリリ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
先程からぜんぜん鳴りやまないこの音は、なんてことはないただの目覚まし時計ですわ。わたくしは気怠げに寝返りを打つと、たおやかなか細い手をベッドサイドに伸ばしてジンリン五月蠅いベルを止めようとしたのですが、爪先のほんのわずかな向こうにある時計にどうにも届きませんの。「朝はつとめて」と申しますが、やはり早朝はまだおつとめするような時間とは言えませんわね。
…………ジリリ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
ああン、もう、とても素敵な夢を見ていたはずなのに、忌々しい目覚まし時計のおかげでひとつも思い出せません。腹が立ちますわね。いっそ食べてしまいましょうか。わたくしの精神が決断に迫られていることを感じます。誘惑に打ち勝ちきっぱりと目を覚ますか、それともこのまま、まどろみの海原で船を漕ぐか。決断は人生に緊張と覚悟を与えてくれるものですが、わたくしは迷うこともなくエイっとひといきに目覚まし時計を飲み込んで、二度寝の快楽を貪ることに決めたのです。
貪る。
なんと素敵に響く言葉でしょうか。お腹の中ではなにかがゴロゴロ鳴っていますが、それぐらいのほうがお通じには良いのです。あらら、はしたないことを申し上げてしまいましたわ、ごめん遊ばせ!!それでは皆様おやすみなさい……
◇ ◆ ◇
うっぎゃぁあああああああ!遅刻遅刻!遅刻ですわぁ!!目覚まし時計を腹に収めて幸せのまま寝所にまどろんでいたら、すっかり時を過ごしてしまいました。花も恥じらう乙女もかくや、朝食にあわてて掻きいただきましたるビーフ・サンドウィッチの欠片が肉汁を垂れ流すのもおかまいなく、朝から全力疾走しているわたくし平白亜紀子(たいらのはくあのりこ)、17歳の女子高生!元をただせば平家一門の末裔、蝶よ花よと育てられるはずだったマジモンの令嬢なのですわ。とはいえアバウト1000年ぐらい前に我が一族はGENJI(※光らない方)とかいう連中の手にかかり敢無く滅亡。それ以来すっかり没落し、日本国内某所のとある落人部落でひっそりと世に隠れて生きていたのでありました。でも!21世紀の今なら!わたくしは自由闊達に生きられるのですわ。見慣れた景色の中軽々とステップを踏んで学び舎に一直線。実写画像を取り込んで型落ちのフォトショップで加工を加えたような安っぽい舞台の中を俺は走っている。たしかに見慣れた風景、これは俺が毎日プレイに勤しんでいた乙女ゲーム「ファナティック☆ラヴぁーズ」の世界だ。なぜ、どうして?わたくしは確か絵に描いたようなブラック企業に勤めて絵に描いたようなブラック労働にこき使われ、絵に描いたようなブラック残業の帰り道で光り輝くトラックに……トラックに弾き飛ばされて、気が付いたらご覧の有り様なのですわ。なにひとつ覚えていませんが、たぶん途中の過程でなにがしかテンプレ的なことが!起こった!!そうに違いありませんわ。もしも自分の人生を自由に選択できるなら「ファナティック☆ラヴぁーズ」のキャラに生まれ変わるのは誰しもが願う全人類共通の夢、希望、そしてロマン。いまこの瞬間、ゲーム内に生きるひとりの女子高生となって立ち絵で走り続けていることに、なんらの不思議もありませんことでしてよ。
おーっとここで唐突に信号無視の軽トラが横断歩道に突っ込んできましたわ!なんてリテラシーの足りない世界なんでしょう、失礼しちゃうわ。しょせんこのゲームもブラックなソフトハウスでブラックな労働環境のもと生み出されたんでしょうから、いろんなところに製作者の悪意を感じるのです。もっとも、それが「ファナティック☆ラヴぁーズ」のいいところなのであって、ヒロインは悪意に満ちた世界を強く賢く麗しく生き抜いていかねばならないのですわ。わたくしは慌てず騒がず自慢の尻尾をブブンとひと揮いして、フラグを立てる暇も与えずたちどころに軽トラをぺしゃんこに破壊してさしあげました。所詮攻略対象外のオブジェクトに人権なんてありませんことよ。なんと素晴らしいことでしょう。わたくし平白亜紀子、全長13メートル体重9トンのわがままボディに、常人には決して与えられぬパワーを秘めて邁進していくのです。遅刻遅刻~~~~、
ですわ。
あらら、道行く人々がわたくしを見てニコニコ微笑んでらっしゃいます。いやですわぁすこしばかり恥ずかしいことですわね……。でも、でもお待ちなさいわたくし。心身健康身体可憐な女子高生が朝から元気よく走っている有り様は、きっと市井の皆様の活力ともなることでしょう。わたくしの存在そのものが、皆様の元気の源泉たり得るのだとしたら、それはとても素晴らしいことではありませんか。ですからそう、もっともっと、わたくしをご覧になって!生を謳歌するうら若き乙女の姿を、どうぞその目に御焼き付けなさい。ふふっ、よくってよ。わたくし懐と胃袋の広さには定評がありますの。カモシカ十数頭分のしなやかなふともも、T字バランスを美しく保つ尻尾。常にダブルピースを構える両手のカギ爪にも、雄々しく備わった恥骨をやさしくつつむ下腹部にも、隅から隅までどうぞお好きにその視線を彷徨わせなさいな。どんどんご自由に見て戴いてもよろしくってよ……。きゃっ、はしたない想いについ頬が上気しそうになりますが、堅牢で冷徹な鱗に覆われたわたくしの尊顔にそんな隙などあろうはずがございません。むしろ首筋から背中にかけて、玉虫色に美しく波打つ、自慢の羽毛をご覧あそばせうふふふ……。
なにしろわたくし、恐竜ですから。暴君竜の王、ティラノサウルス・レックス。それこそわたくし、包み隠さぬ我が身の上。
そう、「ファナティック☆ラヴぁーズ」に名高い、ティラノサウルス悪役令嬢平白亜紀子といえば、なにを隠そういまこの瞬間の俺のことよ。夢の乙女ゲーム世界に転生したからには一人の悪役令嬢となって、運命をエンジョイしまくるのですわガッホホホホホゥ!!。あらいけない、わたくしたしたことがついはしたない雄叫びをあげてしまいました。道行くモブキャラの皆さんがわかりやすく逃げ惑っていますわ。失礼ねえ、わたくしモブキャラを貪るような下世話な趣味はございませんことよ!プンプン!
「コラーっ!そこの恐竜、待ちなさい平白亜紀子ッ!!」
その声はまさしく我がクラスメートにして攻略対象キャラの1人、風紀委員長ジミー・眼鏡ではないか。
地味なセーラー服に地味な丈のスカート。地味なカーディガンを羽織って地味な黒髪を地味なふたつ結びのヘアスタイルにまとめて、おまけに地味な角フレームの眼鏡女子高生。一見すると先刻から周囲に右往左往する有象無象となんら変わらないほどの地味さ加減ですわ。それでもこうしてわたくしの前に敢然と立ちはだかる強い意志の持ち主、嫌いじゃありませんことよ、ふふっ。まーそのお名前のセンスはどうかと思いますが、こればかりは御本人よりもこのゲーム作った人間を責めるべきでしょうねえ。なんですか女の子に「ジミー・眼鏡」って。そんなキャラ設定を考えた人間もゴーサイン出した責任者も、気が触れていたに違いありませんわ。
世界の外側の出来事に思いを馳せつつも、わたくし校舎へと向かう足を止めて立体視も出来る自慢の両眼をジッと彼女に向けますの。あらあら、野暮ったい太眉をそんなに凛々しく吊り上げて、お怖いいこと。これで発煙筒のひとつでも持っていたらさぞやお似合いでありましょうに、それがないのは残念ですわねえ委員長。
このジミー・眼鏡さんは風紀委員長の肩書を良いことに、隙あらばわたくしの不行儀を指弾して止まない、まるで小姑のような娘ですのよ。やれ教室の扉を壊すなだの天井を突き破るなだのと、言われたところで仕様の無いことなのです。なにしろわたくし恐竜ですから。アフタヌーン・ティーをスタンドごと戴いたって、ティラノサウルスにとっては至って自然な振舞いですわ。それなのに飽きもせず、わたくしの言行に毎日毎日、目を光らせて……。
あら?考えてみればこの娘ったら、いつもそんなにわたくしのことを気にかけてくれていたのかしら?分厚いレンズの向こう側から、熱い視線を……まっすぐこのわたくしに向けて……??
あらあら、うふふ。なんだかそれはちょっと嬉しいことかも知れませんわね。風紀委員長ジミー・眼鏡ちゃんに対する好感度パラメーターが、真夏の群馬県の外気温のようにぐんぐん上昇するのを感じますわ。
それにしても「廊下を走るな。床が抜けるぞ」などとよく言い募ってくる風紀委員長ですが、今朝はいったいなんの御用でしょうかしら?あまり無駄な時間を費やしてしまうとおたがい仲良く遅刻してしまいますわ。なんですの、ジミーちゃん?
「こ…こ……」
あらあら、青森県は弘前市近郊のリンゴ農園で収穫されたばかりのとれたての紅玉みたいに綺麗な頬を、真ん丸く真っ赤に紅潮させてプルプル震えている御姿はとてもおか弱いことですわね。吐息もすっかり上気しちゃって、武骨な四角い眼鏡はまるで12月の空を望む窓ガラスのようにべったり曇って、それでもわたくしのことがちゃんと見えてらっしゃいますの?わたくしが鼻っ面をジミーちゃんの元にすすっと近づけましたら、か細くヒイッって息を飲む声が聴こえて来ましてよ。怯える小動物のようで、ちょっと可愛いですわね。わたくしに比べたら大抵の方はみなさん怯える小動物でらっしゃいますけどねガハハハハハハ。おっと、つい捕食性おじさんのような心の声が漏れてしまいましたわ。ああ失礼、なんとはしたないことを。
「この…この……」
うん?なんですの?「この手紙を受け取ってください」とかでしたらわたくし全然かまいませんことよ。好感度パラメーターがじわじわ昇っていくのがまるでモニターでも見ているかのようにはっきり感じ取れます。恐竜はこういうときに汗もかかないし頬も染めないものでして、人の身と比べてそれはすこしばかり残念ですわね。
「この変態ッ!なんで全裸で登校してるのよ!服を着ろ服を!!」
えっ。
あら、あらあらあらあらららららららっ!?
わたくし常日頃自宅ではこころとからだの解放感を重視しておりまして、いつでも一糸まとわぬ姿で暮らしております。ですがなんということでしょう、けさはすっかりお寝坊してしまったおかげで、制服を纏うことをすっかり忘れてそのままこんな、こんな大勢の皆様の前にまでまかり越してしまいましたわ!大変ですわストリーキングですわ!!立ち絵がずっと首から上のクローズアップだけだったから全然気づきませんでしたわ!!これだからグラフィックの弱いゲームっていやあねえもう!!!
恥ずかしさのあまりあわてて顔を覆い隠そうとしても、ティラノサウルスのか弱い前肢はちっともそこまで届きません。ジミーちゃんの視線、道行く人々の視線がわたくしの剥き出しの顔面に痛いほど突き刺さります。
でも、すこしも痛くないわ。なにしろわたくし、面の皮が厚いの。
ああ、恐竜ってとても便利な身体ですわね。人の身と比べて、やはり素晴らしいことこの上ございません。
たいへん恥ずかしい気持ちでありますのに赤面もしないし冷や汗も流れない。もしも皆様が恥じ入る恐竜をひと目目撃されたならば、それはまるで冷血動物であるかのように映ることかもしれません。でも、はっきり申し上げましてそれは誤解でしてよ?わたくし平白亜紀子は立派な恒温動物であるところの大型獣脚類恐竜でありますからして、この傍若無人なわがままボディのいたるところ隅々までに、熱く滾る血潮がじゅんじゅんと勢いよく流れているのですわ!
ふんす。思わず鼻息が漏れます。ああっだんだんとカラダの恥ずかしい部分が濡れていくのを感じます。こればかりは身体不如意の事柄、わたくしの意志ではどうすることも出来ません。ジミーちゃん見ちゃだめ!こんなふしだらなわたくしをそんなに凝視しないでくださいまし……。いえ、いえいえYEAH!むしろもっとわたくしを見て、指弾して、糾弾してくださいましああっ恥じらいはやがて好意へと転化し、好転反応はますますわたくしの恥ずかしい、
恥ずかしい口蓋の内側にヌラヌラダラダラとヨダレが溢れてくるのです。好き!!
(リップぐらいちゃんと塗ってくればよかった……)
乙女ですもの、例え手が届かなくたってそういう気持ちはありますわ。
「ちょっと聞いてるの!?脳味噌にちゃんと血が廻ってるかどうか怪しいものね!このトカゲ女!!」
ンまぁ失礼な!わたくしを称して「トカゲ女」などとはジミーちゃん無学が過ぎましてよ。わたくしむしろ鳥の類い、バーディーなマジモンの令嬢でございますのよ!
「マジでモンスターな女が何を言うか」
あんまりですわご無体ですわ、なんてこと言うのジミーちゃん。恥じらいは天井を知らず、好感度パラメーターがカンストする音がカンカンカンカン鳴り響きますわああもうカンカンですわガブー!!
なんということでしょう。わたくし、いとおしさのあまりクラスメートを食べてしまいました。おとがいのあたりで人間の手脚がバタバタと痙攣しているのを感じます。だいじょうぶよジミーちゃん、痛いのは意識があるうちだけよ。わたくしの力強い顎が生み出す約3600kgの咬合力はあっというまに人体を引き裂き、わたくしの喉をゴム風船のようにプルプルふくらませて、例え地味でも素敵で凛々しかった風紀委員長がわたくしの消化器官の中へと流れ込んで行きます。御安心なさい、貴女の本体である眼鏡は、きっと回収して差し上げますからね。どうやってって、あなたそんな野暮を言うものじゃありませんことよ?
乙女ゲームの令嬢へと生まれ変わったからには、ネームドキャラの完全攻略こそ我が使命、運命いやさ天命なのです。こうしてわたくしはまず一人目のキャラクター、ジミー眼鏡ちゃんの攻略を完了いたしました。彼女もまさか生きたまま貪り喰われるとは夢にも思わなかったことでしょうが、
なにしろわたくし、悪役令嬢でございますから。
悪とは強いものでございます。悪とは畏れられるものでございます。この「ファナティック☆ラヴぁーズ」の世界に君臨すべき暴君竜の王(Tyrannosaurus rex)として生きること、それこそがいまのわたくしの全てなのです。さあどなたでも食い散らかしてご覧に入れますわ。老若男女の区別なく、さあどこからでもかかっていらっしゃいな!!
◇ ◆ ◇
なお、この日の授業日程にはいまは亡きジミー・眼鏡嬢のおジャージをお借りして臨み、無事ことなきを得ました。普通、死んだ人間は体操着を着ないものですから、どなたからも苦情は寄せられませんでしたわ。ジミーちゃんのおジャージはわたくしのグラマラスなボディにはいささかキツめのサイズでしたがおかげでセクシー感は倍増、教室ではクラスメートの皆さんも先生方も、須らくわたくしに羨望のまなざしを向けておりましたわ。ああ、悪役って素敵なものですわね。
それではみなさま、ごきげんよう。
次回「悪役令嬢VS国防委員長」に続きません。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからには暴虐の限りを尽くす王となって学園に君臨するのだ あぼがど @abogard
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます