第十七・五話 この気持ちの名前を

 翌朝。私が自室のベッドではなくリビングのソファで目を覚ますと、目の前に彼の身体があった。


 いつもとは違う景色を不思議に思いながら瞬きを一つ。寝ぼけ眼の焦点を合わせる。

 目の前で寄り添うように横になっている路惟はまだ眠っているようで、目を瞑ったまま、ゆっくりとした呼吸に合わせて肩を上下させている。


 ああそうか、と昨晩のことを思い出した。

 昨晩は恐ろしい夢を見て、それを察した路惟が気を遣ってくれたのだ。

 リビングで話をして、その後お互い自室に戻ることなく眠ってしまったのだろう。

 あるいは、私が先に寝落ちしてしまって、気を遣った路惟がそのまま起こさずにいてくれたのかもしれない。


 半ば無意識に、いやちょっとだけ意識して、路惟の胸元に顔を埋めてみる。鼻腔を抜けるのは彼が洗濯に使っている柔軟剤の爽やかな香り。

 私の衣類も同じものを使っているはずなのだけれど、彼のそれの方がいい香りに感じてしまうのは何故なのか。

 自然と安らぐその香りに思わず目を細めた。


――落ち着く。


 どうして路惟の傍はこんなにも居心地が良いのだろう。

 今までは他人がいる場所で寝ることなどできやしなかった。何をしてくるか分からない人がいる中で、寝ることが怖かった。

 けれど路惟の前では、彼の前だけでは、不思議とそれができるのだ。


――ずっと、こうして居られたらいいのに。


 叶わぬ夢は口にすることはせず、胸の内だけに押し留めた。

 もう少し傍で眠るくらいなら許されるだろうか。そんな悪い考えが脳裏を掠めて、その考えに流されるまま目を閉じてみる。


 どうやら路惟と出会って私はどうしようもない程我儘になってしまったらしい。

 今まででは考えられなかった自身の傲慢さに我ながら呆れるが、裏腹に心臓の鼓動は大きく、胸の奥は熱い。


 これも路惟の言っていた感謝からなる心の温かさなのだろうか。と思ったりもするけれど、昨晩感じていたそれとは少し違う気もする。

 まるで心が宙に浮いているような、この奇妙な感覚は一体何なのか。考えてはみるものの、私の持ちうる知識では結論を出すことは出来ずに断念した。


「この気持ちが何か、路惟は知ってる……?」


 聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で言う。

 思わず疑問形になってしまったが、目の前で眠る路惟を起こす気は無い。だからこれはただの独り言だ。


「教えて、路惟……」


 続けて言いながら、再度路惟の胸元に頬を擦り寄せる。

 彼は物知りだ。もし起きていれば、この不可思議な気持ちの正体も、ふわふわした感覚の原因も、きっと答えてくれていたことだろう。

 少しそれを期待していた自分がいたが、やはりというか路惟は眠っているようで、返る声は無い。


 再び沈黙が落ちて、私は先程から自身を誘い続けている眠気に段々と身を委ねていく。

 大丈夫。ほんの少し二度寝をするだけだ。路惟が目を覚ます前に起きればいい。

 柄にもなくそんなことを思ってしまった自分がいて、そしてそれを思ってしまったが最後、もう瞼を上げることは叶わない。

 そうして私は再度眠りに落ちていった。




 路惟が実は目を覚ましていた事には気づきもしなかった。




【あとがき】

お読みいただきありがとうございます。

いつもは小ネタなんかを書いていますが今回はお知らせです。

実は執筆のモチベが尽きかけておりまして、しばらく投稿をお休みさせていただきます。


この先のお話を書いてはいるのですが、どうしてか納得いくものにならなくて……。

もともと公開する予定などなかった趣味ですし、せめて自分だけは満足できるものを書きたいな、と。

読んでいただいていた方には本当に申し訳ないですが暫し時間をください。


それから応援や評価をくださった方本当にありがとうございます。

こんなに嬉しいものだとは知らなくて、いつもにやにやしながら見させてもらってました(笑)

よろしければ忌憚のない意見なんかも書き殴って置いていただければ嬉しいです。


ではでは、また会う日まで!

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灰被りな君に、ありふれた優しさを 雨後 なないろ @Nato_07

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