第3.5話 1日目 《奴隷少女視点》

 目が覚ますと、私は薄暗い部屋の中で鉄檻に入っていました。周りには同じような沢山の檻があって、地下牢に長くいた私には見たことのない景色でした。

 


「っ…………」



 状況を説明して欲しくて声を出そうとしました。しかし、声が出ません。

 声が出ないと言うより出せなかったのです。声の出し方が思い出せません。あんなに簡単に出せていたのに、どうやって喋っていたのか喋り方がわからないのです。

 


 それだけじゃありませんでした。自分の手が普段よりも小さくなっています。手だけではなく、身体も小さくなって、まるで地下牢に囚われる前に戻ったかのように、私の身体は幼い少女になっていました。



 これは夢ですか?



 そうぼんやりと虚んでいると、檻に近づく2人の男に私は気がつきました。

 1人は身なりのいい紳士みたいな格好をしていて、階級的には商人のように見えました。

 もう1人は筋肉質な身体付きで、丸太のように太い腕と大きな身体が印象的です。その男は檻を覗き込み私を観察するように見ました。


 二人の言葉はわかりません。聞いたことがないのでオーランスの言葉ではないようでした。ということはここはオーランスではないのでしょうか?



 私が男の顔をジッと見つめると彼は目を逸らします。看守でもない人間と顔を合わすのは久しぶりです。



 男と商人は一度、私の前から立ち去ると、鍵を持って戻ってきました。そして、檻から私を出すと、首輪をつけます。



 首輪をつけると言うことは私は奴隷なのでしょうか。

 首輪は重くはありません。革製なのか自分で外そうと思えば外せそうです。赤い色をしていて、真ん中に三つ葉の金具があります。



 どうやら私はこの大柄の男に買われたようです。



 すごく……大きい……



 正面に立つ男の体長は2メートルを超えていると思えるほど大柄でした。



 そんな男に手を引かれ、白いテントを出ます。



 外は久しぶりでした。

 日に光の下を歩けるなんて、地下牢にいた時は夢にも思いませんでした。



 街は石造のオーランスとは違い、赤レンガ作りの家が多いようです。私は移り行く新鮮な街の景色に頭を左右に振って目移りしながら、男の後をついていきます。

 


 男は街の外に私を連れていきました。そして森の中に入るとそこにひっそりと立つ、赤い屋根の家がありました。

 どうやらそこが、男の家のようです。

 


 私は男に連れられて家の中に入りました。室内は昼間でも薄暗かったですが、こぎれいに整頓されています。まるで童話の世界の小人が住んでいそうな家です。



 私が玄関で待っていると、男は木のタライを2つ持ってきて床に置きました。



 何をするのでしょうか?



 私が不思議そうに見ていると男に服を脱がされました。



 えっ?



 なんで、この人は私の服を脱がすのですか。



 頭が困惑し、急に目の前の男の人が怖くなり、部屋の隅に逃げます。



 しかし、怯える私を男は簡単に捕まえ、脇に抱え上げるとたらいの中に私を入れました。



 ポチャっ……


 

 たらいの中にはお湯が張ってあり、水が暖かくて私はびっくりしました。お湯に浸かったのは何年ぶりのでしょうか。



 服を脱がしたのは私の身体を洗うためだったのですね……



 てっきり身体が狙いなのだと思いました……



 男はその後、いい香りのする石鹸で私の髪や身体を洗いました。



 ゴシゴシっーー



 人にこうして身体を洗ってもらうのは久しぶりです。



 男の人は髪を丁寧に洗います。



 私は気持ちよくて目を瞑っていると。頭をゴシゴシ何度も念入りに洗い直します。男の手つきが優しく心地よく、これが現実だとは思えません。



 いい夢……



 そう思っているのも束の間、男は私の身体を持ち上げました。



 そして別のたらいに移し替えられます。



 はうぅ!?



 前のタライはまるで、炭を溶かし入れたように汚れで真っ黒でした。



 あれが全て私についていた汚れでしょう。何年もお風呂に入っていなかったので仕方がないと思いますがあまりの汚れに自分でも引きました。夢なのにリアルです。



 お風呂が入り終わると、次は食事です。私はテーブルに乗せられた豪勢な食事を見て生唾を抑えるのに必死でした。



 男性が祈りをあげて食べ始めるのを見て、私は自分の皿をジッと見つめていました。



 すると男性から声をかけられ、食べてもいいと言われていることに気づきました。



 私は食べようとします。しかし、身体がこわばりました。テーブルで食べるのが怖いと感じたのです。



 地下牢では食べ物をテーブルで食べることは許してもらえませんでした。テーブルでご飯を食べていいのは人間様だけ『お前のような人に飼われる家畜はそのような権利はない』と、テーブルで食べている所を所を見つかると、頭を地面に擦りつけられて、無理やり地面に落ちた食事を食べさせられたことを鮮明に覚えています。

 


 その時は本当に殺されると思いました。それ以来、私はテーブルでご飯を食べることが怖く、食べようとすると身体が震えます。



 食べていいのでしょうか?

 食べてこの人は本当に怒らないのでしょうか? 殴らないのでしょうか?

 怖くて食事に手をつけません。



 その時、立ち上がった男が食器を落とし、床に肉が落ちました。



 地面に落ちたものを食べることを看守が怒ることはありませんでした。それどころか、ニヤニヤと笑って「いいザマだ」と私を見下ろしていました。



 地面に落ちたものは食べてもいいもの。

 私はそのことを知っています。



 だから、地面に落ちた肉を口にしました。

 腐ってなくて、変な匂いもしない、それどころか柔らかくて、暖かく、口に入れただけで肉汁が溢れとろけてしまうほど美味しさでした。



 私は夢中になって食べます。



 こんなご馳走、食べれるのは今だけです。


 

 しかし突然、男が私の口にしていた肉を拾い上げ、持っていってしまいます。



 あっ、あっ、あっ、私のお肉が……

 


 男性は地面に落ちた肉を食べる私に眉間を寄せていました。



 そして席を指さされ、何か言葉を口にします。



 座れという意図でしょう。私はしぶしぶ戻ります。



 男性はしばらく言葉を喋りますが、私には理解できません。



 そうして、しばらく時間が立つと、今度は男性が地面にスープの皿を置きました。



 私は喜びと共にそのスープ皿に口をつけ、一滴も残さず飲み干します。



 次にサラダを置いてくれました。



 新鮮です。

 野菜は痛んでいないし、虫も湧いてない、シャキシャキしています。こんな生野菜は久しぶりに口にしました。



 次は何をくれるのでしょうか?



 そう思っていると、再び席に戻されます。



 私がボーとしていると、男がちぎったパンを私の口元に持ってきました。

 


 もぐもぐっ



 こんな白いパンを食べたのはいつ以来でしょう。地下牢で出ていたパンは何日も日を置いたような乾燥して痛んだものばかりだったので、こんなパンは食べれませんでした。飲み込んでしまうのが勿体無いです。



 口の中にいつまでも置いておきたいと思う私の思いも虚しくパンは溶けてしまいました。



 パン……無くなっちゃった。



 私が食べ終わると次に男は肉を手に置いて私の前に持ってきました。



 これは食べても怒られないやつです。



 私は喜びと多幸福感を感じながら頬張ります。久しぶりにこんなお腹いっぱいになるまで食べました。



 ふぅ……



 ここはどこか知らないところですが、もしかしたら天国なのかもしれません。



 男の人はきっと神さまが使いを出した天使様なのでしょう。それならば私が小さくなっているのも言葉がわからないのも納得です。


 

 男の人は夕食の洗い物を終えると私を2階へと連れていきました。



 そして奥の部屋に案内すると、そのままどこかに行ってしまいました。



 ここで寝ろと言うことでしょうか?



 私は床に丸くなりました。



 ベットには寝ません。地下牢にベットはなかったので平気です。それにもし寝て男の人に怒られたら嫌です。



 私が床で寝ていると、再び男の人が部屋に来て、床にいる私を見て驚いた顔をしました。



 そして私を抱き上げて、そのままベットに運びました。



 ここで寝なさいと言うことでしょうか?



 …………ほっ、ほっ、ほっ、ほ、本当にこんな柔らかいベットで寝ていいのですか? 怒らないですか?



 私が不安そうに見上げると頭を撫でられました。



 大きいくれ優しい手……



 撫でられるとすぐに眠くなってしまいました。夢なのに眠くなるなんて不思議……



◇ ◆ ◇



 次に目を覚ました時、私はベットから飛び起きました。



 酷い夢を見ました。私が捕まった時の夢です。

 


 あれは忘れもしません。夜中に松明を持って寝室に押し寄せる人たち、私は訳もわからず取り押さえられて、痛いと叫んでも髪を引っ張られるをやめてもらえなかった悪夢のような日のことです。

 火をつけられ燃えさかる屋敷を後ろに、馬車で連行され、冷たい地下牢に投げ入れられる、そんな子どもの頃の夢を見ました。



 そして、ベットにはその悪夢を体現するようにびっしょりと濡れていました。



 びっしょりと濡れて?



 私がお股はを触ると湿っていました。



 あれ……えっ? 私は粗相をしたんですか?

 こんなに濡れて……



 子どもになったせいでしょうか。

 いいえ、違います。そんなことを私がする訳……



 お股を触ります。



 はうぅう!

 やっぱり漏れてる……



 こ、これはベットが良すぎて、眠り心地が良く、尿意に全く気づかなかっただけです。



 そうです。そうに違いません。こんな歳になってまでお漏らしなんて……



 恥ずかしくてお嫁に行けない……



「…………」



 それにしても……まずいです。これはまずいです。



 もし、粗相をしたことが男の人に知られたら、私はどうなってしまうのでしょうか。



 間違いなく彼は怒るでしょう。



 怒ったら男の人は何をするかわかりません。地下牢に来る男の人たちはみんな私に暴力を振りました。きっとあの人もそうです。



 逃げなくては……逃げなくては……



 窓を開けて下を見ます。

 高いです。無理です、こんなところを飛び降りるなんて私にはできません。



 そう思って部屋の隅でガタガタ震えていたら、部屋に男が入ってきました。



 ひぃ!



 声を殺していましたが、無理でした。見つかって、逃亡することなく一階に連行されました。



 きっとお仕置きをするのでしょう。

 痛いのは嫌ですが、男の気が済めばすぐに終わるはずです。抵抗しないで受け入れましょう。



 そうして私は、服を脱がされ、身体を拭かれ、新しい服を着せられ、男の部屋に連れて行かれ、気づいたらベットの上に寝かされていました。



 ん?



 なんで私は怒られてないんでしょうか?

 折檻がないことに驚きます。



 地下牢では私が何か看守の気を触ると暴力や罵声を浴びせられていました。

 男の人とはそう言うものだと思いましたが彼は違うみたいです。



 どうしてなんだろう?

 あの男の人が気になります。


 

 私は寝室からこっそり抜け出すと、一階にいるの男の様子を確認しに行きました。しかし、私の行動はすぐに彼に見つかり、男は私を一階に呼びました。



 なので私は暖炉の前に横になって、観察します。



 一応、距離を取ったのはすぐに逃げられる体勢でないと落ち着かないからです。



 そして、一つ男の行動でわからないことがあります。



 この人はどうしてこんなにも私に良くするのか……



 私によくしても何も良いことなどないはずです。



 そう思ってじっと見ていると男は近づいてきました。



 私は逃げる姿勢を作りましたが、優しく掴みあげる彼に、暴力を振るう気がないことがわかると素直に身体を預けました。



 そしてソファーに横になった男の身体の上に置かれました。



 ん、ん、ん?



 なんと言ったらいいか。この人はすごく大きくて硬くて私なんか簡単に捻り上げてしまいそうです。



 こ、怖い……



 暴力を振るわないとわかっていても身体がブルブルと震えます。



 そんな背中をトンっ……トンっ……と優しく大きな手で撫でられます。



 まるで昔、乳母にそうしてもらったように心地よいリズムです。



 私は男の人の顔を見ます。



 看守と違って怖くはないです。



 髪は黒っぽい茶色です。髭はなく、どこか若々しい男性です。



 目は思ったよりつぶらで目尻が垂れていて優しそうです。



 彼の胸に耳を当てると、心臓の鼓動が聞こえてきます。



 その心地よい一定のリズムに耳を澄ませているといつの間にか私は眠くなってしまいます。



 寝たらもう夢が覚めてしまうのでしょうか。



 私は眠らないように目を瞬かせますが、男性の卓越したポンポン捌きに私の意識は見事に飼い慣らされてしまいました。



 恐るべきポンポン……



 そうして意識は眠りの彼方へと飛ばされていき、だんだんと瞼が落ちていきます。



 あぁ、夢ならば醒めなければいいのに。



 私はそう思いながら眠りにつきました。



 

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