第1話 1日目 昼

 広い森の中にぽつんと立った煙突のある赤い屋根の一軒家。

 壁は木の板を段々にずらして重ねたような外装で、建てられた年数はいつかはわからないが、塗装された虫除けの塗料がところどころはげている。一人暮らしにしては少々広い。



「さて、どうするか」



 俺はその室内で奴隷少女の手を離し、ポツリと呟いた。

 少女をどう調教すれば自分好みの女になるか、顔はぶっちゃけ悪くない。未来にすごく希望が持てる整った顔立ちをしている。しかし、身体のあちらこちらにあざがあるのはいただけない。これは後々、治癒魔法で治してしまおう。



 治癒魔法は高い。冒険者だった俺は度々お世話になっていたが、傷を綺麗に治そうとするとそれなりの値がはる。傷跡が残って良いのなら、安く済ませることもできるのだが、目立つアザや傷は外ではひと目を引くだろう。冒険者なら問題ないが、少女の身体が傷とアザだらけっていうのは問題がある。



「まずは風呂に入れるか」



 木製のたらいにはった水を熱の魔法でお湯に変え、手を入れて湯の温度を調整し、湯気がたちのぼると少女のボロ布のような服を脱がせた。



 少女は俺に服を脱がされると顔をこわばらせた。そして顔に手を押し付けて俺から離れようと抵抗した。しかし、俺も男だ。少女の力で簡単にねじ伏せられるほど柔ではない。



「こら、暴れるな。風呂に入れるだけだ」



 ガブっ!!



 腕に噛みつかれた。痛い。さすがチ◯コを噛み切った口だ。肉を削がれそうだが、残念ながら冒険歴15年の鍛えぬかれた俺の筋肉の方が硬い。



 少女の歯は腕に力を入れると押し返され、彼女はその場でよろよろと床に尻餅をついた。そして少しの間、きょとんとしていた。しかし、俺が近づくと仕返しをされることを恐れたのか、一歩進むごとに同じように一歩後ろに下がった。

 そのまま少女は部屋の四隅に俺に追い詰められ、裸のまま震えている。



 うーん、絵面的に犯罪者。こういうのも嫌いじゃないけど泣いている女の子を無理やり押し倒すのはちょっと……



 しかし、奴隷が主人に刃向かったのだからお仕置きしなくてはならない。



 主従関係をはっきりさせておくことは大切だ。上下関係をしっかりさせて置かないと本能が刺激さるたびに少女は衝動的に噛みついてくるだろう。信頼関係が築かれていればそう言ったマウントを取る必要ないのだが、現在の俺と彼女の関係性は良くて0、悪くてマイナスに振り切っている。上下関係をしっかり覚えさせる必要がある。



 俺は「動くな」と命じる。すると、奴隷の首輪が反応して、部屋の隅で怯えた表情で俺を見る女の子の身体がビーンと座ったまま固まった。



 よし、効いてる。



 奴隷の首輪は主人の命令を奴隷に無理やりさせることができる。しかし、本当に無理やりなので、奴隷自身本当に嫌なら身体に激痛が走るが、抵抗して抗うこともできる。



 なので、首輪をしてるから安全だと思って行為を行ったらチ◯コが噛みちぎられる野郎もいる。



 何事もこの世に絶対ということはないのだ。



 しかし、こうしたリスクを抱えながら調教を行うというのは、凶暴な魔物と命を取り合う時の駆け引きに似ている。冒険は一歩間違えれば死。一瞬の油断が命取りになる。調教は一歩間違えれば、賢者だ。一瞬の興奮で男としての存在意義を無くし悟りを得る。



 俺は彼女の歯を見て下半身が萎縮し、背筋がブルっと震えた。



 こいつは恐ろしい。



 彼女は常に、俺の急所を狙っている。

 


 はっ……俺は何を言っている?



 額から落ちてくる冷や汗を拭い、俺は脇に抱えて暴れる少女を桶の中に入れるた。

 そして別の桶で沸かしておいたお湯を彼女の頭からかける。



「?、?、?」



 奴隷は自分の身に何が起こっているかわかっていなそうだった。



 クッ、クッ、クッ。

 そうだろう、そうだろう。


 

 お前の入れているお湯には傷を癒したり身体の血行を良くし、身体をポカポカにする薬草を布の袋に入れて浸してある。これでお前の傷だらけの身体も少しは癒えて、お風呂上がりにはさっぱり真珠顔負けの玉ツヤの肌になる……はず?



「お、おう……」


 一度洗っただけで、お湯が泥を入れたみたいに真っ黒になった。これは予想外だ。いったいどれくらいお風呂に入っていなかっただろうか。というか脱皮してると思えるぐらい垢が取れて怖いのだが……



ゴシゴシ……

 

 

 俺はこの日のために買ったコットンの柔らかタオルで彼女の身体を丁重に洗っていく。


 いやーこのタオル、よく落ちるなー。


 さすが、専門店で買っただけはある。俺の普段使っている専身せんしん用手拭いがぼろ布のように思えてくる。


 まぁ、女性向けの専門店だったのでガタイの良い俺が買うのはいささか羞恥プレイだったが、恥を忍んで手に入れた甲斐がある。


 俺は彼女の身体を持ち上げて、流し用にお湯をはったタライに入れ直した。

 そして真っ黒になったお湯を外に流して新しく水を汲むと熱魔法で沸かしながら少女の身体を洗い直す。



「どうだ、綺麗になって行く気分は? 自分の匂いが落ちてさぞかし嫌だろう」



 少女の髪の毛をいい香りのする、俺も使ったことのない石鹸で念入りに泡立て洗って行く。



「?、?、?」



 う〜ん、さすが高いだけはある。洗っているだけで柑橘類のいい香りがするな。


 石鹸はみるみるうちに減っていき、艶のない髪は、まるでカラスの濡羽のように手櫛通りの良い黒髪へと変貌した。



ゴシゴシッーー



「…………」



 それにしても、だいぶおとなしくなってきたな。ご主人様に反抗したことを反省したのか?



「……ッ」



俺が顔を覗き込むと少女は声はあげてないが唇を噛み締め瞳からポロポロ涙を流していた。



「…………」



 うぉおお! どおした!? 目に泡が入ったか!? それとも俺の洗い方が痛かったか!? 何をしてるんだ俺の手は!! バシッ!! イッテェエエエ!! メディック! メディィィィク!!



 頭からお湯をかけて、急いで泡を流す。そして手触りの良い未使用のバスタオルで身体を拭いた。



「何かあったか?」



 顔を覗き込みよう声をかけるが、少女は両手で涙を拭って泣き止まない。



「どこか痛いのか?」



 ふるふると少女は顔を左右に振った。

 

 

 だったら、ならなぜ泣いてる?

 


「そうだ……もう、お昼だから、お腹が空いているのか?」



 俺がふと思い出したように言った。

 そういえば、まだ家に帰ってから何も食べてない。

 しかし、少女は首をふるふると横に振った。



 痛いわけでも、お腹が空いているわけでもない? 

 だったら……



「もしかしてトイレか?」



 …………ふるふる。


 

 少女は少し間を置いて首を振った。

 


 違うらしい。

 うーん。



 俺は色々考えたが少女が泣く要因が思いつかなかった。



 わからん。



 仕方がなく頭を撫でた。



 なでなでーー



「…………ッ!!」



 俺の手が少女の頭に触れると身体をビクッと震わせて泣き止むどころか、俺の顔を見上げ、目を丸くし、驚くことに余計に涙を瞳からボロボロとこぼし始めた。



「泣くなよ。なんで泣き止まない。確かに無理やり連れてきたり、意思に反して風呂入れたのは悪かったけど、そんなに嫌がることないだろう」



「……ッ!」



 涙の大洪水である。

 少女の瞳からは世界の果にある崖から流れ落ちる海の水のようにとめどなく溢れた落ちた。



 お、おうぅ……

 火に油を注ぐ結果になってしまった。



「いや、俺が悪かった。悪かったから泣くな。泣くのをやめてくれ」



「…………」



 ブワっーー



 少女、大号泣である。

 止まるどころか蛇口を捻った水道のように勢いよく瞳からボロボロと涙が溢れていく。



 くそ! 俺の手はハンドルのない心の蛇口は止め方はわからない! なんてことだ! メディック! メディィイックゥウウ!!


 

 甲高い泣き声はなくとも、泣かれると何だか悪いことをしている気持ちになる。



「だから……悪かった。嫌なことはなるべくしないから、泣かないでくれ……頼む、なんかお前に泣かれると心にぐさっとくるし、こんなに嫌がられるなら奴隷商の元の方が幸せだったか? 今ならキャンセル料くらいで済むから返すのだって一つの手だし……」



「ッ!!!」



 俺の言葉に少女はぶんぶんっと嫌がるように首を左右に振った。

 涙の量は先ほどとは比較にならないほどボロボロ溢れ、癇癪も混じって泣き始める。

 それはまるで涙の超新星爆発である。



 涙の超新星爆発って何だ?



「だったら何で泣くんだよ……あぁもう、わかんねぇ!」



 俺は少女の身体を抱き寄せた。泣き止ませ方が思いつかなかった。だから子どもの頃、母親にしてもらったことを真似て背中をとんとんっと叩いてあやしてみる。



「…………」



 すると少女は俺の胸元に右耳を当てて暴れることなく、身体を預けた。意外だった。少し抵抗すると思ったのだが、大人しかった。そして少しずつだが。鼻を啜るように泣き止み始めた。



 それと対象に俺の心臓は未だ彼女の突飛な号泣にドクンっドクンっと早鐘を打つように鼓動している。



「落ち着いたか?」



 目はまだ潤んでいるが涙がこぼれなくなった少女の瞳を見て、俺は頭を撫でた。



 なでなでーー



 少女は身を俺の身体に寄せたまま、静かに撫でられる。表情に感情を出さないが、頭を撫でられて先ほどのように泣き出したり、嫌がるようなそぶりはしなかった。



 よし、泣かなくなったな。



 俺が手を離そうとすると、少女が俺の顔を見上げてくる。



 うるうる……



 そしてまた瞳に涙を溜め始め、目から雫が落ち始める。



「わかった! わかった!」



 俺は止めようとしていたなでなでを再開する。



 感情の振れ幅がよくわからない。あまり親の愛情を受けて育ってきていないのかもしれない。まぁ、身体のあざを見れば当然と言えば当然だが……



 しばらく少女の頭を撫で続けた。



 なでなで……


 

 そうしているとおもむろに少女が俺の腕を掴んだ。



 おっ? 何だ?



 俺は少女の突飛な行動に様子を見守る。少女の視線が、先ほど噛み付き皮膚が裂けた俺の腕に向いていた。



 何だ、何をする気だ? もしかしてまた噛みつく気か?



 血が出ているその傷口に彼女は口を近づける。



 傷口を噛みつかれた流石に鍛えられた身体を持ってしても痛い。



 俺は身構えるように腕に力を入れると、彼女は傷口に顔を近づけた。そして口を開いた。



 ちゅぱ、ちゅぱ……



 何が起こっている?


 

 俺は目を疑った。裸の少女に傷口を舐められている。



 痛くはない、ただ少女の舌が当たるたびにこそばゆく感じる。



 舐める様子をしばらく見守っていると少女は上目遣いで俺の様子をうかがっていた。



 れろれろ……



 唾液には殺菌作用があるので、野生動物は自分の傷を舐めて癒すこともあるが、もしかして彼女は俺の傷を癒そうとしているのか?



 そう思うと少女の行動が可愛く思えてきた。



 ぺろぺろっ……



 猫が舐めるように舌先を出して血を舐めていく。舌はザラザラしていないが、少女の体躯が小さいので本当に猫に毛繕いされている気分になる。

 


 そういえばサキュバスは人間の精気を性質を持っていたな。


 この子は人間とのハーフとはいえ、サキュバスの性質を受け継いでいる。

 もしかしたら俺の血を舐めて精気を吸っているのではないだろうか?



 ちゅぱっ、ちゅぱっ……



 サキュバスの食事と考えても少女が懸命に舐める姿は、警戒心がある小動物が心を開いて甘えているようで愛らしい。いや、めちゃ可愛い。何だこの生き物。愛くるしさがMAXじゃないか。



 ぺろぺろーー



 そんな少女の猫のような愛くるしさに俺の脳裏にある理性のネジが外れる音がした。



 はぁああああああああ!! なんだこのかわいい生きものわぁああああああ!!



 なでなでーー



 ……はっ、俺はいったい何を……

 あまりの可愛さに俺は一時的に正気を失っていた。



 頭を撫でてしばらくして彼女は俺に抱えられながら目を閉じ始めた。



 うとうと……



 目をしばたたかせて眠そうだ。

 慣れない環境でたくさん泣いて体力を使った。お湯に入って身体が暖まったのも眠気を誘っている原因だろう。



 寝るのか?



 少女の身体がポカポカと湯たんぽみたいに暖かさを感じる。



「…………zzzZZ」



「寝たな……」



 寝ている少女の髪をわしわしとバスタオルでふき、ソファーにバスタオルを敷いて横にしてシャツを着せる。



まるで大きな人形の着せ替えを行なっている気分だった。



「これで終わりだ……ん?」



 シャツのボタンを止め終わりそうな時、下腹部にハート型のあざが浮き出ていることに気がついた。



「これってもしかして……淫紋か?」



 サキュバスとのハーフであるなら淫紋はあってもおかしくないが、見覚えのあるサキュバスの淫紋とは少し違うように思えた。



 さわさわーー



 撫でるように触る。感触は皮膚そのもので、あざという感じではない。



 トクゥン♡


 

「んっ!?」



 何かが動くような振動があって見返すと、下腹部にあったはずの淫紋が消えていた。



「ZZZzzz………」



 少女はすやすやと眠っている。



「何だった? 今のは……」



 俺はこの時に気づかなかった。

 彼女のおへその下の腹部にあったハート型の淫紋に変化があったことに。そして少しばかりそのハートの底がピンクに色づき始めていた。

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