奴隷少女調教

二村 三

第0話 1日目 朝


「黄金色の麦の穂を…………」



 地上の明かりが鉄柵のついた小窓から漏れ、昼間だというのに光源がそれしかないせいか薄暗くジメジメとした地下牢に声が響いた。



「揺らし歩いた金の風…………」



 地下牢は石造で作られていて、四角い大型の石が組み合わすように部屋を作り、地下独特のひんやりとした空気と、カビ臭い匂いが漂っていた。



「赤い血潮の汗を流し…………」



 そんな地下牢の中を綺麗な鳥の囀りのようなか細い歌が聞こえる。

 歌は独特な節回しで声だけなのにその背後に鈴の音や悲しげなヴァイオリンのメロディが不思議とあるように聞こえてくる。



 その歌に導かれるように白髪の幼い少女が地上から階段をつたって降りて、地下牢に足を踏み入れた。



 異常なことにその5歳児くらいの少女はまるで幽霊のように半透明で、薄汚れたボロ切れのような布のフードを被り、裸足で歩いていた。見た目は幼い子どものようだが、エルフのように長い耳は先端が結晶化していて綻んでいる。



 少女が進むいくつもある牢の部屋の中には、閑散としていて、人の姿はなく、もう何年もまともに使われていないのか、埃が層を作って積もっていた。



「星の雨が今日も……」



 白髪の少女はそんな牢の歌が聞こえる最奥に着く。そして牢の床に横になっている女をしゃがんで見下ろした。



『お姉しゃん、すてきな声』



 まるで脳に直接語りかけてくるような魔物のくぐもった幼稚な喋り方をする声に、歌っていた女は横になったまま顔を少女に向けた。



「……だれ?」



 窪んだ瞳を向けて女はそうポツリと乾いた声で呟いた。

 木の枝のような痩せ細った四肢、光のない瞳、ひび割れた唇、そして大人にしては小さすぎる身体と、身体に合わない元は豪華な装飾がされていた古い型の茶色く色褪せ裾が破れたドレスを着ていた。

 そして首には鉄の首輪がつけられて、逃げられないように鎖が壁と繋がっている。



 彼女の顔の横には欠けた皿にいつ盛られたのかわからないハエのたかった豚の飼料のような残飯と青カビの生えたパンが転がっていた。まともな食事を口にしていないのか女はただ死を待つように地面に横たわり、少女に視線だけを向けた。



『その声、欲しいな〜。お姉しゃん交換しない? あどぶーがお姉しゃんの願いを叶えてあげるから、代わりにその綺麗な声を頂戴』



「いらない……」



 あどぶーと名乗る少女の提案を女は拒絶すると、興味を失ったように視線を落とした。



 そして静かに呼吸を続け、牢に静寂が戻る。



『どうして? どうして? なんでも叶えてあげるよ! 嘘じゃない。あどぶーは何でもできるから。ねぇ、だから交換して』



 あどぶー名乗る少女は女の言葉が理解できないのか、小鳥のように頭を何度も傾げて牢の外から彼女を見下ろし、執拗に尋ねた。



 女は少しだけ顔を少女に向けて向けて答えた。



「だったら、私を幸せにしてよ。こんな所に何年もいて誰も助けてくれない、救ってくれない、惨めな私を幸せにしてよ。そんなのあなたに無理に決まってる。どうやってここに入り込めたかは知らないけど、あなた子どもじゃない。私はここに永遠に縛られているの。それに身体だって思うように動かない。こんな私をあなたは本当に助けることができるの? 日に日に目に光を感じなくなってるし、今だって……」



『できるよ』



 少女は女の言葉を遮るように言った。その言葉には不思議と力があるように感じられた。



「無理でしょ、無理に決まってる。だってそれじゃぁ、どうしてもっと早く助けてくれなかったの?」



『わかんない。あどぶーお姉しゃんと今日、初めて会ったから』



「ははっ、そうよね……私はなに言っているだろう……これもきっと幻覚……でもこうして話せてよかった……ねぇ、お願い。もう私は起きないと思うから最後は幸せな夢を見て死にたいの。こんなことあなたに頼むの間違ってると思うけど……お願いできる?」



 女はそう言い終わるとゆっくりと大きく深呼吸をするように息を吸い、そのまま時間が止まったように静かに動かなくなった。



『幸せ? 幸せでいいの? わかった。交換しよう。あどぶーが叶えてあげる。その代わり声と交換ね』



 あどぶーが牢屋の前を離れ、地下から出ていくと、牢の中には色褪せたドレスだけが残された。



 そして、地下牢の中に1人の衛兵と思われる男が入ってきた。



 手には綺麗な皿を持ち、その上には美味しそうな香りと湯気がたつソーセージやパンがあり、リンゴを齧って男はニヤニヤと卑しい笑みでその皿を運ぶ。



「さぁて、今日も目の前で美味しそうに食べてやる。まぁ芸ができたら食べ残しでも放り込んで、躾けてやるか」



 男の隣をあどぶーは通り過ぎた。彼はそのことに気づかず、1番奥の牢に行くと牢の中を見て皿を落とした。

 パンとソーセージが冷たい床に転がる。



 衛兵は大きな声で叫ぶ。



「逃げたぞ! 女が逃げた!」



♢ ♦︎ ♢



 ランプの灯りだけで室内が照らされているサーカスのドームテントほどの大きさの巨大な白い天幕。

 その室内、多くの鉄檻が所狭しと積み上げられていた。

 檻の中には人の形はしているが、頭頂部に耳や人間にはない尻尾があり、それらは犬や猫のものに近い形のものが多く見られる。

 獣人は魔物に近い生き物として奴隷として多く取引されているがこれほど、多くの獣人を目にする機会は少ないだろう。



「紹介したい奴隷はこちらです」



 白髪に茶色のベストとシワのないシャツそしてネクタイがわりにループタイをつけた気立の良い老紳士のような奴隷商人に案内され、俺は最奥の檻の前まできた。



「人間か……」



「いいえ、正確にはサキュバスと人間のハーフです」



「人間とサキュバスに子どもができるのか?」



「稀でございますが無いことはありません」



 牢の中にいる子どもは8歳から12歳ほどの少女のように思える。

 ボロ布のような袖のない服から覗く脇腹は骨が浮き出ていて、栄養が足りていないことがわかる。そのことから推察するに本当はもっと歳を経ているのかもしれない。



「どうしてこんなに値段が安い? 人間なら希少価値があって高値で売れるだろう」



「訳ありでありまして、入手ルートも表立って言えないので、この価格となっています」



「訳あり……何か病気持ちか?」



「身体は栄養失調気味ですが、病気などは持っていませんが、前に男の陰茎を噛みちぎった過去がありまして……」



「あぁ……そういうことか」



身体にできている無数のアザが気になっていたので、被虐趣味な持ち主だったのだろう。



 見下ろした目と少女の目と合う。

 青い瞳に黒く長い髪、そして生まれてからずっと太陽の日差しに当たったことがないと思うほど病的なまでに白い肌、そこに刻まれた無数の傷やアザ。

 生々しい青あざがある右目の瞳が俺の姿を映し、暗闇の中で光を反射するように輝いていた。



「触っても大丈夫か?」



「えぇ、触れても手に噛み付くことはありません」



 奴隷商はニコニコ笑みを浮かべていた。

 俺は檻の中に手を入れて少女の顎を持ち上げる。口の端が切れて紫色のアザになっていた。だいぶ痛ぶられていたようで、身体中の至る所にアザが見られる。


 ほのかに死臭も感じられ、内臓のいくつかはやられているかもしれない。健康体であると話す奴隷商の言葉も本当かどうかも怪しい。目は虚で触っていても何も反応しない。しかし、触られ慣れている感じがした。



「俺が買わないとこいつはどうなる?」



「私も商売ですので、価値のないものを持ち続け、損を出し続けるわけにはいきません……毎日の食事代も月ごとに莫大なものになりますし、私には他にも養わなければならない奴隷がいますので、この子はお客様にお買い上げいただくのが幸せかと、いかがなさいますか?」



 奴隷商は遠回しに俺が買わなかったら少女を廃棄すると伝えてきている。これまで買い手がつかなかったのだろう。アザと傷の多さは治療するには値がはる。確かに奴隷自体の値は安い。だけど治療するとなると莫大な金が必要だった。


 しかし、俺としてはこれくらいなら、もし、奴隷がダメであっても懐は傷まない。悪い賭けではないし、ここで逃せばチャンスは2度とやって来ないと思う。だから買わないという選択肢はない。



「よし、買おう。いい値でいい。その代わり首輪の方はまけてくれ」



「お買い上げありがとうございます。お客様は奴隷を初めてお買い上げですが、首輪についてご説明しますか?」



「いいや、知っている」



「そうですかではこちらに」



奴隷商に一室に案内され、ランプの灯りだけの部屋で契約書にサインする。



「これでいいか?」



「はい、確認させていただきます」



奴隷商は書類に一通り笑みを通すと、作り慣れた張りぼての笑みを俺に向けて細い瞳を向けた。



「問題ありません。それではこちらが鍵になります」



 鉄檻の鍵を受け取り、俺は鉄檻の前まで行き鍵を開ける。



「今日から俺がお前の主人だ」



 少女は虚な瞳で、手を伸ばす俺を見上げ、腕を引かれるまま檻を出た。



「…………」







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『あとがき』

推敲中です! 終わり次第随時更新させていただきます!


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