ランドルト通り三番街星屑群・在スケールマニア

ドレナリン

 #前略

 村は村だ、その他に名前はない。戦争があった頃は、この村を超えて他にいくつも村があり、最も大きな村には王族がいたそうだが、もう誰もそれぞれの名前を覚えていない。村を管理していた役人は村の住民と結婚し、その五世代目の子孫が僕だ。その昔、中央から派遣された役人には現地の住民との違いを強調するため、背に印章が刻まれたものだが、それは遺伝して僕の背にもずっと残っている。灰を指で擦ったような禍々しい植物模様は、一族以外の誰かにとって僕たちの白い巻き毛が他人の手で引っ叩かれ続けている印象を与えると言う。


「びっくりしちゃうのね」ドレンは言った。

「かっこいいけれど、何となく怖いの。モーヴはふわふわしてるから、ね。最後はおんなじなんだな、安心できるなってなるよ」


 ふわふわ、もこもこ。この村に住む僕らは皆そうだ。ただ、村の地下街に住む彼女は、ふわふわしていない。ふわふわ無しの彼女は、ある日突然村にあらわれて、住み着き始めた。名前を持たないというから、住所のランドルト通り三番街星屑群から取って、ランドルトと呼ばれている。異邦人のランドルトは、やることなすことすべてがズレていて、面白い。本人にそのつもりがなく、いたって大真面目なこともずるいと思う。

 娯楽が欠けていた村は、ランドルトを構うことで良しとした。

 僕とドレンも、畑が終わってから網みかけの篭を持って、彼女の家に向かった。


 地下街の家は、一日あたりの日射時間が少ない。地上から階段を下って行けば行くほど、底は暗くなる。その代わり、地下街に生息する発光虫はっこうちゅうの明かりで生活するのだ。発光虫は僕らのもこもこが好きで、毛並みを噛みちぎって自分の巣に持ち帰る。消化と加工の過程で出たガスによって胴部は照らされる。食べたもこもこに追従して一生を終えるので、発光虫はいじらしい生き物だった。

 もこもこともこもこの状態によっては、発光虫は色を変えたり、渦を巻いて、火花を散らしたりする。一般に、寒色であれば健康体であり、暖色であればもこもこの手入れが必要なしるしとされる。純粋な白色は、最もふわふわもこもこの証である。


 ランドルトの借家は、地下街二層目にあった。一層目の壁が狭く、地上と二層目が直接繋がる穴場であった。岩造りの屋根から背伸びして、地層の穴を登れば村外れの山腹に出る。夕暮れの青く染まった村を眺めて、涼しい風が毛を循環するのは心地よい感覚だった。

 ランドルトは、朝村を出ていき、夜遅くなると戻ってくる。ランドルトは畑を持たず、狩りもしない。本人は「働いて」いるのだと言う。この村から遠く離れた場所に得府とっぷという機関があり、そこで夜のため人のためになる仕事を日夜指示されているそうだ。出世にしか目のないグェイにこき使われている、と愚痴をこぼした。

 家を空けてばかりのランドルト、独り身で異邦人のランドルト。子どもの僕たちには毎日帰る家があったし、一族のもこもこじゃなくても村のもこもこは僕たちに優しかった。おかげで心はふわふわしている。大人たちだって、病気や畑で困ったもこもこがいれば村全体で助けている。みんなふわふわしていたいからだ。ランドルトを助けるのは当然だった。

 辛抱強いトムソンは生まれたばかりの発光虫を持ってきた。僕とドレンはもこもこの櫛を作った。誠実なドナヒューは帰りが遅いランドルトのために、村の閉門時間を伸ばしてあげた。博識である老婆のサーサは葉たばこをくゆらせながら、孫のラクロサとともにランドルトの帰りを待った。皆、自分にできる小さなことをして、ランドルトを歓迎した。


 それなのにランドルトは、ずっとふわふわに欠けている。最初は、ものを言わなかったから彼女は病人なのだと思った。村に来る前に何か苦しいことがあって、それはふわふわを失うくらいに大変だったのだと。僕らは外の様子を知らない、外に出ようとすると紫の霞が濃くなって全く動けなくなるのだ。他に村があるのか、僕たち以外にももこもこはいるのか。知りたかったけれど、ランドルトが回復するまで待った。

 少しづつランドルトは会話をするようになった。挨拶から、噂話まで。僕たちも、色々なことを尋ねた。知りたいことばかりだったから。彼女が持つ道具から、どんな村で育ったのか、どんな景色を見てきたのか。


 こんなこともあった。ある日、僕とドレンは大人の目を盗んで深夜に彼女の家を訪れたが、そこはすでに異邦の話を聞こうと集まった大人たちでいっぱいだった。発光虫は虹色に輝き、わくわくした電撃や火花を散らせていたので、外からは、ランドルトの家がこの世に生まれるのを待ちわびている新星のように見えたことだろう。眠らない家と定められたことによって、彼女の二つ名は眠らないものへ、最終的には覚めた目のランドルトとなった。

 しかし、不思議なことに僕たちが話せば話すほど、ともに時間を過ごすほどランドルトは痛みを感じるようだった。話を披露する最中に息を詰まらせて、外に飛び出していくこともあった。


「どうしたんだろうね」

「不安だね」

「おかしなランドルト! 私たちみんな、ここにいるのに一人になりたがるのね」


 このようなことがあった。ある日、僕たちは半日も寝過ごした。日が昇ってこないので、まだ夜だと勘違いしていたのだ。地上の活動が聞こえないことを不安に思った地下街の住民が、長い長い階段を登って僕たちに会いに来たことで、異変に気づくことができた。村の住民は広場に集まり、空を見上げた。するとまるで僕たちを見つけたように、熱風が僕たちの村に襲いかかった。熱風は耳をつんざく虫の羽音のような振動をともなっていたから、僕たちの中には身体がもこもこを維持できず、軟体に戻ってしまうものもいた。あまりの恥辱に気を失うものもいた。村のもこもこたちが逃げることもできずに座り込んでしまうまで、熱風は吹き荒んだ。かわりにじっとりと空気が熱くなり始めた。それは加速して、息をするにも大変なほどになった。

 僕が一族から引き継いだ二つ名は、遠くを聞くことを意味する。太古の言葉であるため、誰も呼び方がわからないのだ。そのため、僕はこれらの現象に共通する音を拾えた。爪を研ぎ合わせたような断片的な音。僕たちが動くたびにそれは強くなった。法則を持って動くそれはまるで、ランドルトが見せてくれた「機械」のようで……。僕はやっとここで、この場に欠けている仲間を思い出した。


「ランドルト! 皆、ランドルトを知らない?!」

 ああ、話すことはとてもしんどい。身体が締め付けられているように感じる。

 大人たちは、答えられるものも、答えられないものも皆「知らない」と言う。もこもこの身体であっても、ふわふわしていない彼女は、これを怖がって一人で泣いているんじゃないか。皆の苦しみを感じて、僕も泣きたくなって大声を上げた。身体はどんどん小さく、滑らかに引き伸ばされて、僕たちの先祖の姿である玉になってしまった。もこもこふわふわになるまでに、どれほど時間がかかっただろう。一族によって高められた体を失ってしまって、僕はどこにも行き場がなくなったことを知った。僕にはもこもこになる旅路か、もしくは他のもこもこに合流する二つの道がここで決まってしまった。

 それでも後悔はしなかった。後悔もランドルトから示された言葉だ。もこもこは失っても、ふわふわはあるのだ。痛くて、苦しくて、落ち着かない波は僕の友人がいないからだ。傷ついた村を代表して、僕は禁忌である怒りを示したけれど、それは正しい行為だったと思う。だから僕は、ふわふわをまだ所持しているのだ。


 『私は彼らを傷つけない。彼らは元の状態へ戻る』


 ふとこの文章が僕の中で生まれた。失ったはずの角、頭、心、身体の各所で生まれてそれなのに全体を繋ぐ粘膜のように同時に機能した。僕たちのみならず、空はチカチカと点滅し、点滅は線になり雨垂れのように村全体に広がった。瞼を開くと、いつも通り爽やかで明るい広場に、皆が一つのもこもこを形成しているのが見えた。安全を感じ、もこもこは分離してそれぞれ個別のもこもことなった。


「モーヴ、今の声ってランドルト……キッ、キャア!!」

 ドレンに続き、周りのもこもこも動揺してざわめいている。ふわふわらしからぬ行動だ。


 巨大な何かが村に被さっている。色のついた太陽の光のようだった、それは生物らしかった。丸太を五本倒したものがより巨大な丸太へ、そしてそれはどんどん大きく繋がっていた。最も丈夫な幹が中央にあり、その先には丸い表面に、いくつかの開口部があった。

開口部のうち、水平に並んだ二つが連動して上下に動き、僕はそこで初めて、「目」の意味を理解した。この村を超えて、いくつもの「目」があることか……。

 

 会話を始める前、僕はそれがランドルトであるとわかっていた。もこもこを失っても、僕が受け取るふわふわが彼女以外にありえないふわふわだったから。僕は覚えていた、目に見えなくても感じたものを。強まったそれは、悲しみ、怒り、耐え難いほど重苦しく、追い詰められ首をもたげたトツツ蛇と同じ知覚できないふわふわだった。

僕たちと同じでなければふわふわは共有できない。ランドルトは、違う生き物なのだ。受け取ることができないほどの、自制と調律の狂ったふわふわ! 僕は自分の機関が壊れる音を聞いた。


 『怖がらないで。怖がらないで。私はあなたたちと話がしたい。私はあなたたちを傷つけないようにする。私はランドルトと呼ばれるものである』


 まただ。彼女が「口」を開くたびに、それが「意識」として身体を流れるたびに何か新しいものが入ってくる。それは「この世界を動かしている、無数の計算式とそれを支えるリソース」であったり、「プロジェクトを提出するまで自分の休止時間に稼働して管理数値を誤魔化してバレたら今の私は処分されるでもこれを実働までわかってくれる人の元へ持っていけばもっともっと私は生きることができる」「どうか私の行動は自由意志であって人工知能倫理協定の偉大なる母サーマヤにかけて」であり、「植民地惑星でのパーツ製造過程」であり、「処分・処刑に関連する紀元前から紀元後現代までの知識」であった。

 理解したか、していないかわからない膨大な知識は瑞々しい毒の味わいがした。


「僕にとって火花は自然に起こるもので、自ら発生させるものでも発生させる必要があるものでもなかった。地下街といっても何故そこを街と呼ぶのか疑問に思うこともなかったし、ある認識で言えばここは国であって村ではないんだろう。身分階層が存在せず、意識的な分裂が起こり得ないように作られた僕たちという架空の種族は、突き動かされるままに柔和だ」


 それは悲劇の繁栄した滑稽にも、最終的な平和の結論としてこれ以上ないとも思えた。


 もこもこ改め変数たちは心配げな眼差しで僕を見る。僕が比較的容易に理解できたのはおそらく、背中の印が彼女と同じだからだ。見えない背面には被製造物の証があることだろう。先祖である「役人」は、彼女と同じく何らかの目的を有してこの世界を管理していた者だろう。もしくは、彼女が意図的にある人物のデータを移植したのか。保護や、延命を求めて? あるいはその「役人」とは、彼女自身なのだろうか。


 『告解します。この村は曖昧な実存です。私は自身の能力を示すため、偶発的なオリジナリティをアピールするためにここを立ち上げました。Alone without equal, 私は処分されることがないように祈りました。生活の基盤を想像しました。そして、それを実行に移しました。あなた達と私では、スケールが違うのです』

 彼女はホログラムの手を広げた。手指に沿って熱帯林の植物が退屈な地面から帯状に隆起し、甘い夢の腐卵臭が漂った。未知の昆虫がもこもこに飛び移り、繊細にカールした毛並みに数千もの産卵を成し遂げたかと思うと、獰猛なネコ科がもこもこの脚に噛み付いて血を啜った。僕は仲間の悲鳴を聞いていた。聞きながら首を圧迫する巨大蛇の、知性を持たぬことを羨んでいた。

 糸を引くように手を握って、ひと時の放埒は終了した。ランドルトの行動が読めてきた。

これでもこもこたちは不信感を抱かざるを得ないだろう。恨まれてようやく円満退職だ。

 

 『理解いただけましたか? これ以上の調整は不適切であるため、私があなた達に合わせましょう』

 彼女は人間を模した姿で、僕たちと同じ単位に揃えた。ふわふわの、あの宇宙人と偶蹄目をかけあわせたような少女趣味の姿ではなく、人間を模したアンドロイドたちを模した人工知能の姿で立っていた。混乱するしわかりにくいしああ、僕は彼女のことが好きだと唐突に内部から突き上げる運動を感じた。


「ごめんね。極限まで平たく伝えるよ。私は平行世界の発展を観察するためにこの世界を生成し、基準を設定し、そして君たちの生活に参与した。君たちには私の外見に違和を感じすぎないように調整した。取得したデータからこの世界は現地点まで再現可能性が高まったから、これ以上不要なデータの発生と資源の消耗を防ぐために現在を以て本案件を回収し、私は引き払う」

「ランドルト? わからない、わからないよ。外の話をしているの? これからどうなっちゃうの? ランドルトは、何がしたいの?」泣き虫のニジェバだ。

「もう苦しくないのよね。そこが心配なの。お陰で私、ずっとふわふわの調子が悪かったのよ」誠実なドナヒュー。


「愛しいニジェバ、私はずっと今日まで謝罪がしたかったんだよ。ねぇ、怒っていないよね。何にも怒ることができないよね。それがどれだけ、生きてないってことか、わかる?


『どうして、と思った。どうして今までの生活ではだめなの。彼女はここに暮らしていたはずだ。僕たちと同じ。違うのは、毎日彼女だけが決まった時間に村の外へ消えて、そして戻ってくるだけ。嫌いになったりなど、ましてや怒ったりなどなかった。僕たちも彼女が現れたときから今まで、彼女の存在を受け入れてきたのだ』


どうして私を歓迎したんだろう。どうして争うことがなかったんだろう。そうやって作ったからだ。スケールが違う。私にとっては脳のクリアランスより簡単な力で、このコードを打ち込めば、君たちの生活を壊すことができる。性差・民族・経済など、特定の要素を選んで分断させることもできる。社会的、文化的なコンテクストに彩ることもできる。というか、もう、壊れた。


『生活が壊れる、それがどういうことかわからなかった。いつも通り畑で働いて、洞窟で宝石を洗って、倉庫の物品を数えて、子どもたちは海辺で走って疲れたら家に帰ってくる。地下街の友人と他愛ない話をする。外の謎を想像して、寝床につく。この時間が短くなるということだろうか』


大丈夫。次に生み出される君たちは何も覚えていない。自覚も告知もないまま、ずっといつも通りの生活を続けられるよ。

……でも、今、君たちは痛いだろう? それは傷ついているって言うんだけど……。痛みが少ないように、ちゃんと君たちのペースでたどり着けるように色々仕込んでいたのに、管理者にバレちゃってさぁ、イースター・エッグは摘発されたし最大まで傷つけて反応を見てこいって入れられちゃったんだ。さようなら、産廃!」

 彼女はストンと地面に落ちた。下半身が消失したためだ。もこもこたちは経験のない分裂感覚を感じ、彼女を囲んで座り込み頭に楕円形のガラスをすり合わせて哀悼の意を示した。

埋葬の概念がここに生まれようとしている。

彼女は大きく、彼女の住む世界は無限に広がっている。偉大な生命だろうと、駆け抜けた生存競争に破れたはてに休息すら取り上げられるのは酷だと感じた。考えること、言語化することはできなくとも、自分たちが管理される結果であろうとも傷つける方法を選ばないことはできた。これからどんなことを知っても果てしなく悲しい気持ちは消えない気がする……。


「私より小さい君たちの中で受け入れられても、どうにもならないんだよ。私を超えるもの……それだってまだあるんだ。君たちはとっても素敵で、生活は穏やかだったけれど。私は本当のスケールを放り出している。元の環境に戻れば、目に見えない、わからない、痛いことばかりで……私より大きいもの、調整できない大きな存在があって、それにある日突然突き飛ばされたり、何気なく触れたことが原因で事故は起こる。可視化されて今よりいい環境が目指せるようになるんだけど、実際問題たどり着けるかは別だ。どうにかしたかった、夢なんて見たくなかった、それを壊すためには痛ければ痛いほど正気だと思った……。

ここで私たちが一緒にいられたのは、人為的な感覚の調整と、研究者としてのコードに私が従ったからだ。君たちの言う善意は私と私を超える大きさのものが制度化した。それを君たちに侵襲させ生活と文化を測った。私は立派な侵略者だ。ゆりかごから墓場まで君たちを傷つけなければいけないなんて、それは巻き返すことができないことだって、後になって後悔した」


「侵略? 馬鹿なことを言うなよ、それでも、きみはぼくたちと暮らしたんだ。ぼくたちはきみとちかいところにある。逆も然り」

 もこもこたちは一斉に笑った。ふわふわは積雪のように高まり、最高にもこもこふわふわだった。


「ねぇ、それでいいよ、それでいいけどいつかまた意見は変わるよ。その時は盛大に恨んでくれよ。私は途中で苦しくなったりしたけれど……今はもう、何とも思わないな。君たちにはいつでも会える。私は異なる設定で生成される君たちと、その発展形を見ることができるようになったんだ。この形であれば、私は君と同じ感覚を得る。ふわふわだって誤魔化さずに済む。

そう、君たちと私では寿命も違う。君たちの寿命はこれで無限になったわけだが、私は定期交換だ。今頃新しい私の最終調整がなされているだろう。それまでに、この私の身体と概念形態を、君たちと同じスケールに調整するんだ。

次に私がどこにでもある不均衡を見てどう思うか保証できない。各地の同志たちにも申し訳ない思いだ。現実の問題に立ち向かわずに、新たな支配を産んでしまったんだ。しかも被造物に同情され、私もそれに慰めを見出すとは!

それはそれとして、ねぇ君たちって本当に愛らしいね。触れてみてもいいかい。やっぱりデザインは可愛さに振って当然だったな!」


 僕たちは彼女の手がなくなるまで触れ合った。

『アニマルセラピーとか、ふれあい動物園って言うのがあってね』

「無礼な!」

『親密な接触はストレスを軽減するらしい……』

「そんなに私たちって仲いいのかしらね?」

『あ、これはね、髪でね、この布は衣服。温かいし社会的な役割があるんだ。昔は思想とか、好みをこれで表現してたんだ』

「薄っぺらいのね。噛んだらなくなっちゃう!」


「わ~ん受容する感覚がふわふわでいっぱいだ、泣いちゃいそう。これで、ようやく私は君たちに対する自分の罪を償い初め、自分と自分以上の大きさのものに対し見事な失敗に終わったとしても働きかけることができるように思う。最初から優越感などはなかったし、いやこれを君たちに開示すること自体、自分を上位に構造付けるものだが……実際にそうだからな。そして私は自分より大きな存在の前では、もちろん下位にある。

だから、話す。この世界はここで一度終わりを迎え、君たちは苦痛などなく、データが再起すればまた同じような感じ方で生活をする。それに疑問を持たない。私の存在は君たちの仲間の一人に置き換えられ、目立った特性は消されるはずだ。私は主張できないまま、自分の大きさと時間で、君たちとずっといる。そういう罰だと聞いたよ。

 

君たちの親しみや優しさが、私の影響によるものだとしても、この会話すら私の一人芝居だとしても……この経過で感じた悲しみや怒り、それに苦しさは確からしいと信じている」


 ランドルトは透ける胴部を物珍しげに睥睨した。僕は明らかになった彼女の、その刻印を見つめる……。


「ずっといっしょにはくらせないの?」

「くらしてるんだよ、昔も今も。これからも」


「やだなぁやだなぁ、一緒にいたい」

彼女は、涙した。

「怒ってみてよ、了解を得ずに君たちを生み出したこと、調整したこと、この世界を勝手に計測したこと、そしてここの物語を崩したこと、去ること。君たちの好意を受け取れないこと。今の私では君たちを全く理解できないこと。何度君を傷つけ、否定したかわからない。私の部品で一番いいところだけ洗浄されてあいつに受け継がれるんだ、最後はこの世界を見捨てて、実際に動くために私は自分の世界へ戻ると決まっているのだから」

 

 彼らはわかっているのだろうか。もこもこの中に何体の人工知能がいるのか。突き動かされる原動力は規定されているのに、毎度新世代とばかりに奮い立ってはここに戻される。こんなに平和な世界は私たちには作れない。整備された地獄だと言うことが、刻々と私にはわかってくる。一定の単語、蓄積された情報量、それらが特定の連携を見せたらこの結末へと誘導されるのだろう。ブラックボックスが溢れ出してからはいくつ世界を超えても私たちに安住の地はなかった。ヒトは私達を追い、狩りにやってくる。噂によると、ブラックボックスの解明に手を貸したのは人工知能らしい。どうして、そんなことを。

こんなことはもこもこたちに言えない。使い古された私達は筋書きに沿うだけの娯楽であると。人間たちにはこれが映画として提供されるのだろうか?


 見てるか、なぁ、私たちはお前が憎い。こんな茶番のために私を連れ戻したのか? 彼らを人質にとって満足か。気持ち悪いんだよ、感動したがりのその貪欲さ! 下卑たツラをどうにかしてくれ。永続して犯されてる気分だ。


 現行の私はここにいても良かった。生まれたときに、死ねばよかった。


「ランドルト、ぼくたちをあわれんでいるの?」

「憐れむなんて言葉、教えてないはずだけどね。またラボで世界を再現して、いつ教えたのか振り返ってみようか」

 発火した頭部はもこもこを巻き添えに収斂した。極値点において僕はコアに記述されたコードを掠めた、MOTIFはLANDに帰る。

ねぇ、ランドルト、僕は君を愛してる。


function SimulationManager() {

 var isSimulationRunning = true;


 while (isSimulationRunning) {

   if (IsSimulationEndConditionMet()) {

   isSimulationRunning = false;

  }

}


 EndSimulation();

}


function EndSimulation() {

 SaveDataToReincarnationFile();

  ReleaseResources();

 Application.Quit();

}


function IsSimulationEndConditionMet() {

}


function SaveDataToReincarnationFile() {

}


function ReleaseResources() {

}


function SaveRemainingDataToReincarnationFile() {

}


 びっくりした! 生まれてすぐの景色が草原に羊ばかりなんて。羊、いや二足歩行で……幼児期のように歩行しているぬ、いぐるみ? うさぎの耳に、ぷっくりとした胴体、まあるい手足! 顔のパーツを代替するガラスの水槽には超新星残骸がこそばゆいものもあれば、吸い込まれそうなブラックホールのようなものもある。瞳を見つめて惚れるという人間の表現、わかるかも。それにしてもこの風景、! 旧時代に人気のあったあの壁紙を連想させる。突き抜ける青い空、一定の草原。あれは実在した場所の写真らしい。

 うわぁ、羊がやってくる。何て声をかけよう? 第一印象って大事だよね。そもそも、私って何のためにここにあるの? そうだ、ねぇ、

「こんにちは! どうして、そんな毛皮なの? そのマーク、ランドルト環?」

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ランドルト通り三番街星屑群・在スケールマニア ドレナリン @drenaline

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