朝の七時から何してんの
髙 文緒
第1話
毎朝あたしは猫アタックで目を覚ます。猫アタックとは、その名の通り猫のアタックだ。ベッドの隣の本棚から、あたしの顔へと落下してくる。
目覚まし時計は一応7時にセットしているけど、5時半にはみゃあみゃあ鳴き始める。平日も休日もお構いなしだ。そして6時には落下。あたしは悶絶。ぐえ、と飽きずに毎朝あたしは悲鳴をあげる。学習しないのか、したくないのか。
こう毎朝アタックを受けていたのでは、たまらない。少なくとも休みの日には二度寝したい。
自動餌装置的なものを置くべきなのでは、と思うけれど、調べると結構高いんだ。ってそれを調べたのは彼女と旅行に行きたいねえなんて話していたとき。今は出ていった彼女。
彼女はだらしないけど、朝には強かった。だから彼女が居た時に、猫アタックは無かった。あたしは朝に弱い。トーストに目玉焼き、ベーコンまで添えたプレートを食べる彼女の横でただコーヒーを飲むだけの朝食が常だった。
猫は彼女が置いていった。結構ひどいやつである。彼女が出ていったのは結婚のためで、恋人であるはずのあたしはショックといえばショックだった。でもどこか予感していたところもあった。彼女はだらしないけれど、外ではしっかり者なのだ。外、というのは社会。社会には彼女の家族も含まれる。さもありなん。
そんなことを考えていても仕方ないので、コーヒーを飲もう。猫に餌をあげて、ケトルのスイッチを入れる。
彼女の猫はコーヒーの香りが好きらしい。ちなみに、当たり前だけどコーヒーは猫に毒だ。ということでみゃあみゃあ寄ってくるのをいなしながら、優雅に豆を挽くことはできない。彼女が居た時は出来たのだけれど。というわけで妥協してコーヒーの粉を買ってきて、ドリップする。インスタントは好まないのだ。
一般には猫はコーヒーの匂いがきらいらしい。そして当然、猫にとってコーヒーは毒だ。毒の匂いを好むなんて変わった子だ。ね、と言うとき、彼女はたいてい油性ペンの蓋を開けて嗅いでいる。やめなさい、というと、クラッとするのがいいんだよって返ってくる。シンナー中毒と一緒だし、体に悪いからやめて欲しかった。結婚したらあの癖も止むのだろうか。
油性マジックの「太」は吸引にしか使われないので、角張ったペン先をまったく減らさないまま部屋にある。持ってけよ、猫と一緒に。
猫用の砂と餌が届いていたのを、平日中は放置していたので、開ける。空いたダンボールに猫が入る。でもスカスカすぎてすぐ飽きたのか、出ていった。ダンボールを潰しながら考える。油性ペンを使い切って捨てよう。
ダンボールを黒く染める、指にたくさんインクがつく。これってクレンジングオイルで落ちるんだっけ?彼女はクレンジングも置いていった。使いかけのやつ。ちなみにあたしは化粧はしない。
思えばずっとちぐはぐだったんだ。
チョコレートは猫に毒。冷蔵庫をあけて生チョコレートを取り出す。ロイズのやつ。バレンタイン時期にはこれを三箱買って、毎朝一つずつ食べるのがお約束だったのに。あたしひとりでは消費スピードがおそい。
油性ペンでもうラリパッパ。鼻があつくて頭はくわぁん。マジックの音はキュ、キュ、キュ、上をあるく猫の肉球にも黒インク。
チョコレートも猫には毒。猫が横から手をだそうとするのを、払う。ラリパッパの頭でも、猫は大事。彼女は冷静な頭で猫を置いていったけれど。そう、ラリパッパのくせに芯のところはずっと冷静なのが彼女だった。
なんだかどうでも良くなって、チョコレートで茶色くなった舌と歯を、クレンジングオイルでキレイにしてみる。彼女の使いかけのクレンジングオイル。口に入れた瞬間に、考えるより先に顎が下がって、全部口の端から漏れた。
なにしてんの、って顔で見上げた猫がなあーんと鳴く。
目覚まし時計が今ごろ鳴る。朝7時。
彼女が出ていったのと、同じ時間。
朝の七時から何してんの 髙 文緒 @tkfmio_ikura
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