1997.9.20
1997.9.20
自分が海外に出ようと思ったきっかけ。このままではどうしようもないといった一種の閉塞感に捕われていたことはたしかだった。自分の中で社会に対する理想像ががらがらと音を立てて崩れたのは、ちょうど高校卒業の年、阪神大震災と、地下鉄サリン事件という大きな出来事がほとんど間をおかずに、連続して起きてしまったときだった。震災では、高速道路の橋梁が広範囲にわたって崩れ落ちた画像が代表するように、堅牢だと思っていたものが、たった一度の地震によってもろくも崩れ去ってしまうことに衝撃を受ける。被災されて困っている人がいるのに、なかなか動けない政府の無策。わたしは当時、受験生だったから、報道をほとんど見ることはなかった。机に向かって勉強する気が失せてしまった。毎日せっせと勉強して、知識を詰め込んでいった先に何があるんだろうと、これまで抱いたことのなかった、漠然とした頼りなさが自分を襲ってきたことをつい最近のことのように思い出す。
そしてとどめは、地下鉄サリン事件だった。東京の大学に受験に行ったのが二月。一か月後に、丸ノ内線などの地下鉄の車両のなかにサリンが撒かれ、何千人という乗客が体の不調を訴えた。滋賀という田舎に住んでいた人間らしく、ほのかに都会への生活に憧れがあって受験も東京を選んだものだったが、その場所がテロの現場となったことに対して、自分の中でやるせない気持ちに陥った。
大学に進学して学問を修める。その尊さは、人一倍わかっているつもりだった。しかし有名大学を出た幾人もの大人が、地下鉄サリン事件という大きな社会的事件を引き起こした。勉強しても、そんなことになるのかといった先例を目の当たりにして、自分はこのまま進学すべきなのかと悩んでしまった。
一年悩んだ末に、大学進学はあきらめてしまった。そこから自分の迷走が始まったといえるけれど、自分の選択だからこそ、これでいいんだと思うこともあった。
また地下鉄サリン事件は、宗教とはなにかということを考え直させてくれるいいきっかけでもあった。考える頭を他者にゆだねる行為の愚かさについて。『読書について』のショーペンハウエルの論調と同じだった。
自分の行為の正当化の本源を、他者が打ち立てた欲得まみれの一概念に即して、それを絶対的に正しいものと信奉してしまう。どうしてあなたはそんなことをしたんですか。の問いかけに、事後、満足の行く答えを出せる回答者はいなかった。ただそこに教祖がいたから。教祖がそう仰ったから。それが何を措いてもの第一の行動原理になってしまう。こういう社会に自分も生きているのだと思ってしまった。
当時、テレビをつけると報道はオウム一色だったことを思い出す。一か月は報道攻勢が続いたと思う。それが終わってみると、世間は見たくないものから逃げ出すように、小室ファミリーをとりあげ、パラパラに興じ、コギャルがどう、ルーズソックスがどう、援助交際がどうという話題が席巻していた。見るに堪えない状況だと感じた。高校卒業以前はバブルの雰囲気がまだあった。はじけたとはいえ、その余韻が色濃く残っていた。しかし高校卒業以後、社会がどことなく何かから逃げようとしている。これ以上、現実を直視したくないんだといったマインドが色濃くにじんで見えるような状態になってきていた。
翻って、自分の身に置き換えるのだが、見たくないものから逃げてしまいたい。その心理が、日本から逃れたい。たとえ一時でも構わないから、海外に逃げてしまいたい。その心理が今回のわたしのフランス行きの決意を下支えしたように感じる。ここでなら日本にいるのとはちがった体験ができる。ほんのひと時、人生においてはほんの一瞬くらいの期間かも知れないが、またちがった自分として自分の生活を始めることができそうだ。そんな気持ちで、渡仏したんだといまさらながらに反省させられている。
いつか日本に帰国するときに、わたしは社会の現実を突き付けられることになるんだろう。
城塞の花壇(渡仏日記) そうげん @sougen01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。城塞の花壇(渡仏日記)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
烏有文集(うゆうぶんしゅう)2024年版/そうげん
★8 エッセイ・ノンフィクション 連載中 309話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます