第21話 ダンジョン食堂、再始動
「それで、我を呼び出してどうするつもりなのだ? 諦めてヴァニラのペットに戻る気になったのか、駄犬よ」
遂に運命の日がやってきた。
復興したダンジョン食堂。俺を含めた数名の地球人に、メス星人のギャラリーたち。
数か月にわたる修行の日々を経て、すべての準備を終えた俺はここに再び立っている。
俺はこの荒廃した世界で、日本の料理を復活させた。
そして目の前には、食堂を破壊した日と同じ様相の人物――シルヴィアが立ち塞がっている。
(今の俺なら絶対にコイツを説得できる。いや、させなきゃならないんだ……!)
「諦める? そんなつもりは毛頭ないさ」
「ほう、自信だけは立派だな」
「まぁな、こっちも背負ってるモンがあるんで」
前回はレトルトカレーで大敗してしまった。出来合い品が悪いとは言わないが、それではシルヴィアの心を動かすことはできなかった。
敗因は分かっている。だから今回俺は、料理の本質ってやつを彼女に教えてやりたい。
「前と同じく、料理を喰ってくれ。もしそれでもアンタが俺を認めないって言うなら……俺は負けを認め、お前に忠誠を誓う」
ざわ、と周囲がざわめいた。
ここに居ない大勢のメス星人も、ヒルダのライブ配信を観ているはず。その全員が証人となった。
ヴァニラは何か言いたいのを我慢しているのか、ギュッと口を横に
「ははは……それはお前、本気で言っているのか?」
シルヴィアが胡乱な視線を向けてくる。まぁ、俺もこんな台詞を言う日が来るとは思っていなかったさ。
でも仕方がないだろう。もう俺に残された手段はこれだけなんだ。あとは料理でコイツに勝つしか道はない。
(もう覚悟を決めるしかないんだよ)
俺はコクリと頷いたあと、震える手で一つの深皿をテーブルの上に置いた。
シルヴィアは皿の中身を見下ろした後、鼻で笑ってから席に着いた。
「我もあれからこの地球を回った。料理も現地の奴に作らせて食べた。お前の言う地球の素晴らしさとやらを探してみたが……ふっ、どれもくだらん。我らが住んでいた星の方が、何倍も優れていた」
「そうかい、それは残念だったな」
「だけどな、これは俺の最高傑作なんだ。
「クッ、ククク……犬のくせに言うじゃないか」
シルヴィアは相変わらず俺を馬鹿にしながらも、ナイフとフォークを取った。どうやら勝負開始らしい。
「俺が用意したのは、伝統的な日本の家庭料理。『肉じゃが』だ」
「ニクジャガ?」
シルヴィアが僅かに目を細めた。
まぁ知らないのも無理はない。彼女が今まで脅して出させてきたのは、出来る限りの贅を尽くした料理だっただろうし。地球の侵略者に家庭料理を出そうなんて酔狂な奴は、きっと俺ぐらいしかいない。
「肉や野菜を、日本ならではの調味料で煮込んだ料理だ。俺の故郷で家庭料理と言ったら、これが一番に出てくるほどだ」
「匂いはまぁまぁ。具や調理方法もシンプルなのか……しかし貴様が作ったのは肉じゃがとやらのみ。単純な料理で我の心が変わるとでも?」
「変わるさ。ひと口味わえば、アンタなら、この料理に込められたモンを理解できる」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、シルヴィアの瞳を真っすぐに見つめた。
「さぁ、喰ってみろ」
「……」
しばし無言で俺を見つめた後、シルヴィアはスプーンで掬った肉じゃがを口に放り込んだ。モグモグと咀嚼する様子を、俺は固唾を呑んで見守る。
(頼むぜ……)
そんな俺の願いが届いたのか、彼女は驚きに目を剥いた。
そしてスプーンを咥えたまま動きを止める。シルヴィアはゴクリと飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「なんだこれは……? 美味すぎるぞ!?」
やった!! 俺は内心でガッツポーズを取った。
成功だ。やはり俺の作った料理は間違ってなかったんだ。そう確信すると同時に、ホッとして力が抜けた。
「甘じょっぱさの中に、複雑な味わいが詰め込まれている……それになんだ、この心が温まる味は……!?」
まるで初めて食事を口にする子供のように、シルヴィアは皿をひったくって肉じゃがを搔き込む。
「あの堅物シルヴィアが、こんなに夢中になるなんて……!?」
様子を見守っていたヴァニラも、驚愕の表情を見せた。正直、俺も驚いた。
彼女は予想以上に肉じゃがの味を気に入ってくれたようで、あっという間に皿は空になってしまった。
「どうだ、料理って素晴らしいだろ」
「……正直、何が起きたのか理解できない。だが、間違いなく心が満たされていると言える」
なんだ、えらい正直な感想だな。
「我は嘘をつかないと決めている。……それよりも、どうしてなのか教えてほしい。我らは元々、食事をしない。だというのに、この料理を食べた瞬間、母を思い出した」
「母さん、か……」
俺も母さんの肉じゃがは大好きだった。おぼろげだけど、俺もこれを食べると食卓の風景がよみがえる。
「シルヴィア、それはきっと愛情ってやつだ」
「……愛情だと?」
「料理ってのはな、誰かを想う気持ちなんだよ。美味しく食べてほしいとか、元気になってほしいとか……そんな温かい想いや気持ちを形にしたのが、料理なんだ。だからアンタは母さんを思い出したのさ」
これは俺の予想だけど。本来のシルヴィアは誰よりも繊細で、他人の感情に敏感だった。
だからこそ母親との生き別れが、彼女を変えてしまった。辛い事実から逃げるために、自分の感情を解けない氷に閉じ込めたんだ。
だったら、思いだしてもらえばいい。心を込めた料理を出せば、ちゃんと分かってくれると思ったんだ。きっと本当のシルヴィアは、心優しい人のはずだから。
「――そうか、これが“愛”なのか」
しみじみと、独り言みたいに呟く。
まるで噛み締めるかのように、何か大事なものを思い出すかのごとく……。
「……なぁ、ナオトよ」
「なんだよ?」
シルヴィアはフッと笑う。あれ? 今、俺の名前を口にしなかったか?
今まで見たことのない優しい笑みを見せた後、彼女はスッと立ち上がった。
「どうやら、未熟だったのは我の方だったらしい」
「え?」
「我はずっと、見て見ぬふりをしてきた。地球人にも家族があり、それを奪ってしまったことを……己の正義を振りかざして、正当化し続けてきた」
彼女の青い瞳が真っ直ぐと、俺を見据える。シルヴィアは俺に視線を合わせた後、ふっと微笑んだ。
それは今までの嘲笑うような笑みではなく、憑き物が落ちたかのような優しい微笑みだった。
(な……なんだ?)
一瞬見惚れてしまいそうになったが、俺は慌てて視線を逸らした。なんか恥ずかしいというか、急に頬が熱くなってきたのだ。
そんな俺をよそに、彼女は言葉を続ける。
「だがナオトが暴力以外の方法で、我を説き伏せた今、確信した。間違っていたのは我の方だった――すまなかった」
みんなや視聴者の前で、シルヴィアが頭を下げた。
(シルヴィアが、謝った……!?)
信じられない光景に、俺は目を疑っていた。あのプライドの塊みたいな女が、他種族である俺に頭を下げたんだ。笑顔を見せただけで衝撃的だっていうのに。
だがその笑顔も、すぐに元の真顔に戻ってしまった。
「とはいえ我はまだ、貴様の腕を認めたわけじゃない」
「なんだよ。ここまできて負け惜しみか?」
シルヴィアは「いいや」と首を振る。
「腕は上げたが、まだまだ成長する余地があるはずだ。今後の努力で、我を心の底から屈服させてみよ」
「いや、屈服ってそんな」
「それまでは猶予を与える。……貴様には期待しているからな」
ポン、と俺の肩を叩く。
それ以上は何も言わず、そのまま横を通り過ぎていった。
「な、なんだったんだアレは?」
去っていくシルヴィアを見ながら、俺は途方に暮れる。
期待って言ったって、何をどうすれば良いのか分からない。今回だって、彼女を満足させられると思った料理を振る舞っただけだ。
(もしかして料理でもっと感動させたら、家族を解放してくれるのか?)
……いや、それは流石に都合よく考えすぎか。でもまぁ、何か変化はあったんだ。それが小さな前進だと喜んでおこう。
「ヴァニラお嬢様、強力なライバルが現れてしまいましたね」
「そういうヒルダだって」
「わたくしは2番目でも構いませんので」
「むぅ、いいわ。正妻ポジションは譲らないんだから」
何やら女同士の熱い戦いが裏で勃発している気がするが、俺はそっと聞かなかったことにした。
「アタシもいるのを忘れないでくれよ?」
「ぼ、僕だって……!」
スカーレットとユウキまで……。
「俺は家族を解放するまで、誰とも交際なんてしないからな!」
シルヴィアが認めたことにより、ダンジョン食堂は無事に再オープンが決定。
だが、事件はここで終わらなかった。
翌日、配信を観ていた視聴者たちが食堂に押し掛け、そこから連日大繁盛になってしまったのだ。
「お待たせしました! ご注文は何にします!?」
こうして俺のダンジョンマスター兼、食堂オーナーとしての忙しい日々が幕を開けたのだった。
―――――――――――――――――
~あとがき~
おかげさまで、ひとまずの目標としていた部分までの投稿ができました。これも読者様のおかげです、ありがとうございます!
また、新作の方も投稿を開始しておりますので、そちらもお楽しみにー!!
『つるぺたサキュバスさん、煽り系メスガキ探索者としてダンジョンデビューするも、アイドル配信者をS級モンスターから助けてうっかりバズってしまう』
【朗報?】俺のダンジョン食堂を潰そうとした美少女配信者に飯テロで分からせたら、うっかりバズらせてしまった件。惚れたから雇って?待って、俺の貞操が危ない【悲報?】 ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara
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