第20話 幼女による分からせ
「へぇ~、お兄ちゃんたちはダーリンのお友達さんなのですか」
ニコニコと可愛らしい笑みを浮かべながらそう語るのは、金髪ツインテールの女の子。
だがその目は全く笑っていないし、声はものすごく冷たいものだった。
対して俺たち三人は、滝のような汗を掻いていた。
「で、ダーリンはどこなのです? くっさい匂いが漂っていますが、間違いなくここに居たと分かるのです」
話の口ぶりから察するに、この子はニシキのオッサンが言っていた、異世界の聖女というやつだろう。
大人サイズの白いローブを着ていて、キラキラとしたオーラを周囲に漂わせている。
(でもどう見ても子供なんだよな……)
身長が140cmぐらいのちびっこで、顔の幼さも小学生並なのだ。
袖がダボダボになっているせいで、お化けの仮装みたいになっているし。裾なんて完全に地面を引き摺ってしまっている。
街でこんな子を見掛けたら、思わず微笑んでしまいそうだ。
――なのに威圧感がすごい。
俺たちの前に姿を現した瞬間、思わず正座してしまったほどだ。
なにより何の感情も宿っていない金色の瞳がマジで怖い。ただ見つめられただけで、逆らってはいけないのだと分からせられてしまった。
メス星人であるヴァニラたちでさえ、俺の隣で顔を青くしながら震えている。
ていうか、俺よりも女性人に向ける眼圧が鋭い。さっきまでの酔いも、今じゃどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「黙っていたら分からないのですよ?」
「す、すみません……俺、いや僕たちが気付いたときには、もう居なくなっていて……」
そう、ニシキのオッサンはここに居ない。あの野郎、この子の気配を察知したのか、いつの間にか姿をくらましていたのである。まるで嵐のように、一瞬で……。
(あのオッサン、今度あったら一発ぶん殴ってやる!)
「ダーリンったら、相変わらず鬼ごっこが上手いのです。ふふっ、追いかけ甲斐があるのです」
あっけらかんと言い放つ聖女様だったが、俺たちは笑えない。
どう考えても、捕まったらオッサンの人生は終了である。
たぶんあの様子だと、オッサンも彼女には勝てない。だからこの世界にまで逃げてきたんだろう。
(オッサンと幼女じゃ完全に事案だもんな。逃げたくなる気持ちも分からなくもない)
たしかに聖女は可愛い。将来性もある。だけどロリコンはダメだ。
(……それにしたって、オッサンが幼女に怯える姿とか想像もつかないけど)
そんな事を考えていると、ロリ聖女は肩を落として溜め息をついた。
「まぁ、仕方ないのです。惚れた弱みとして、焦らしプレイを甘んじて受けるのです」
「はぁ……」
「ところで、そちらのお二人はダーリンとはどういった関係なのです?」
「ひっ!?」
女性陣二人が短い悲鳴を上げた。
「まさか、ダーリンを
「し、してないわ!」
「ただの飲み友達っ……いえ、知り合い以下ですよ!」
「ふぅん……?」
ロリ聖女は、じろりとヴァニラたちを睨め付ける。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。俺も怖いけど、今はヴァニラたちが可哀想でならない。
そもそも、相手はニシキのオッサンだぜ?
あんな酔っ払いを好きになるのは、よっぽどの物好きしかいないだろう。――なんて思いながら顔を上げると、ロリ聖女が俺を睨んでいた。こ、怖い!
「まぁダーリンは若い女が好みでしょうし。お二人みたいなオバサンには、興味なんて湧かないのです」
「オバッ!?」
「……何か反論でも?」
「い、いえ。何でもないです……」
ヴァニラは涙目になりながら、俺を盾にして隠れている。ていうか、こんな小さな子供にオバサン呼ばわりされるなんて……。
俺は「はぁ……」と溜め息をついた。
もうそろそろ帰りたいんだが、このロリ聖女をどうしたらいいんだ?
「ところで、そちらのお兄ちゃんに聞きたいことがあるのです」
「え、今度は俺?」
「――はぁ、マジで疲れた」
あれからロリ聖女の質問に幾つか答えたあと、彼女は大人しく去っていった。
今ごろニシキのオッサンが居るであろう場所を、しらみつぶしに探し回っていることだろう。
俺はというと、その場にへたり込んでいた。精神的な疲労感が限界突破したからだ。
(あの子、絶対に人間じゃないよな……)
威圧感というか、怖さは人間のものじゃない。何かが違うのだ。
(どうでもいいや。もう何も考えたくない)
「ナオト、大丈夫?」
そんな俺を見下ろしていたのは、ヴァニラだった。彼女も俺の隣に腰を下ろすと、同じようにへたり込む。
「おかげさまで疲れたし、怖かった……。アレなら、ボスと戦う方がマシだったよ」
「あはは、たしかに……」
ヴァニラも苦笑すると、俺に小さな紙を手渡してきた。
なんだこれ、ガムの包み紙?
「ヒルダが見つけたの。オジサマが使っていたお皿の下にあったんですって」
「ニシキのオッサンが?」
クシャクシャになった紙を広げてみると、出だしには『ナオトへ』とある。これはオッサンが書いたもので間違いないだろう。
「なになに? あとのことは任せた? あんっの、オッサンは!」
こんな小さい紙切れで、俺たちにとんでもない奴を押し付けやがって! こっちは死ぬかと思ったんだぞ?
続きには『また酒を持ってきたら、美味い飯の作り方を教えてやるよ』と書かれていた。それは有り難いが、聖女とセットならもう関わりたくないのが本音だ。
「まったく、次に会ったら覚えてろよ……ん、裏にも何か書いてあるな」
なになに……?
『PS.昔は新宿から箱根湯本までロマンスカーが出ていたぜ。この後は姉ちゃんたちとシッポリ、温泉でもどうだ?』
「行くわけないだろ!」
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