第3話

すでに彼女は敵の巣窟に足を踏み入れていた。


 青いチャイナ服。


 グロックを二丁。


 相手のマフィアがこういうことをするクズだとは分かっていたが、その悪童っぷりはまさに人間の悪の塊のようだった。


 シンが相対しているのは、数にして五十はいるであろう下っ端とマフィアズガーデンのライバル駒である『マフィアズバッドボーイ』のボスがいた。


 「おいおい、そんな顔するなよお嬢ちゃん。ちゃんと人質は生きてるだろ?」


 バッドボーイのボスは、しんに対して不敵な笑みを浮かべ、人質となってしまった運転手の男を連れてくる。


 男は顔にはアザができてしまい、血も出ている。ボロボロの状態だった。


 腕には手錠がかけられていた。


 しんは眉間にシワをよせる。


 「あんたは本当にクズだ。」


 「俺はさ、君に試練を与えようと思うんだ。ここにいる百人の群勢に銃と六発の弾丸を持たせ君に向かわせる。こいつらをくぐり抜けて、早めに俺のところまで来れるといいなっ! はははははは!」


 そういって自分だけ奥の部屋へと去っていく。


 戦闘が始まった。


 開始と同時にグロックを取り出し一瞬で目の前にいた奴ら十人を片付けた。


 それは誰にも予想しなかったことである。


 信じられないことに、シンは下っ端達の放つ無数の弾丸を避けて距離を詰める。


 シンは全ての弾丸の軌道を読んでいた。


 彼女と下っ端達の戦力には圧倒的な差があった。


 いくら人数が多くても、技術的にはどう考えても彼女に勝てるものなどいないのだ。


 それほど彼女は特殊なのだ。


 それほど彼女が特異なのだ。


 それほど彼女が異常なのだ。


 銃の扱いは申し分なく、格闘センスも抜群だった。これも特殊な訓練を受けてのことだが、この地上にいる人間でこんな技を披露できるのは一握りであるといえる。


 彼女はすでに半分を始末した。


 運転手の男に限りなく近づいてきた。


 下っ端達は彼女の攻撃に必死で人質を気にしている場合でもない。


 「動くなよ! 運転手!」


 そう叫んだ彼女はペンチのようなものを胸元から取り出しうえにむかって放り投げる。その軌道は運転手の真上に落ちていくようになった。


 「おいおいおいおい!」


 流石に焦りを隠せない運転手の男。


 しかしそれは運転手の男の真上をギリギリに通り過ぎ、ガシャンッと何かを切るような音がした。


 そう、手錠を切ったのだ。


 男は冷静になり近くに転がっていた銃を拾った。


 彼女に向かって行こうとする下っ端に対し、弾を放つ。


 「さすが、ガーデンのボスの娘しん様。まるでジョン・ウィックだな」


 「そういうな。照れるぜ」


 どういうわけか、この二人のタッグはすでに息がぴったりだった。残りの半分さえも終わりは近かった。二人は数分足らずで下っ端達を片付けた。


 「まだ戦えるか?」


 「あなたのためなら戦い続けたい」


 「よろしい」


 二人は奥の部屋へと続く扉を開ける。


 そこにはバッドボーイのボスの姿はなかった。


 「君たちはこんな話を知っているかい?」


 その声はどこからともなく聞こえてきた。


 まるで放送を聞いているような感覚だった。


 「伝説のボクサー、モハメド・アリは当時こう称されていた。『float like a butterfly. sting like a bee. 』意味は『蝶のように舞、蜂のように刺す』だ。俺はさっきの戦いを見てお嬢ちゃんはそれに酷似していると感じた」


 「それはどーも」


 「だからこそだ。だからこそ、君とやりたいんだよ。一対一で、ワンオンワンってやつだ」


 しんはそう聞こえた瞬間、後ろに気配を感じた。


 しかし既に遅かった。


 運転手の男は心臓を撃ち抜かれていた。倒れ込む彼をしんは受け抱える。さすがの彼女も動揺を隠せず、目の前で死に向かう男を最強の彼女は見つめることしかできなかった。


 「......すまない」


 「待って! まだ名前も......!」


 男の手は引力に引っ張られてスッと落ちる。


 しんは彼のまぶたを優しく閉ざす。


 男を床に寝かせ、立ち上がる。


 「さあ! これで心置きなく、一対一でやりあえるじゃあないか!さあ来い」


 彼女はすぐにグロックを構えてバッドボーイのボスに向けて撃つ。


 しかし、逆に相手の攻撃でグロックを弾かれてしまう。


 「明らかに動揺をしているなあ、お嬢ちゃん。ガーデンの娘はその程度か」


 「あんたの敗因を教えてあげる」


 「は?」


 「殺しにおいて、『愛』がなかったことよ」


 そういって彼女は銃をもう一丁取り出し発砲する。


 それは運転手の男のものだった。


 はじめて彼に命を救われたときに彼が持っていたものだった。その銃の速さは世界でも有数のもので威力は申し分なく、しっかりとバッドボーイのボスの心臓を貫いた。


 戦いが終わった。








 彼女は一つの墓の前に立っていた。その墓には名誉の死を遂げた名もなき戦士。否、彼の名前が刻まれていた。


 シンは既にマフィアから足を洗っていた。


 戦闘時に着ていた戦闘用チャイナ服と彼が好きだったというベルギービールを墓に添える。


 彼女の表情は穏やかで、未来を見ていた。


 近い未来ではあるが、そこには沢山の人間が彼女を待ち侘びている。


 彼女は空港に着き、羽田空港行きの便へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

きみに捧げるチャイナ服 宵乃宮ナツ @yoinonatsu_0115

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る