第30話 春告草

 梅に突き飛ばされた勢いで思わずよろける。梅は真っ赤な顔でこっちを見ていた。

「…ごめ……」

 言いかけた瞬間、

「違うっ!……アタシ酒臭い」

 俺の言葉を遮って梅が叫んだ。

「き、昨日飲み過ぎて……二日酔いやし、酒臭いし、お風呂もさっき入ったぐらいで、えっと…」

 慌てて捲し立てる梅を引き寄せた。抱きしめると途端に静かになる梅。濡れた髪に顔を埋めて伝えた。

「酒臭くてもいいのに…ムードぶち壊しやん」

 梅は黙ったまま俺の胸に顔を埋めた。

「俺、梅が好きや。ずっと一緒に居たい」

 胸に当たる梅の顔がどんどん熱くなる。

「これからも一緒に居てくれる?」

 梅が頷いて俺にしがみついた。

「一緒におったらまたキスするけど良いの?」

 梅が微かに頷く。

「それ以上もしたくなるけど良いの?」

 また微か過ぎるほど微かに梅の頭が縦に揺れる。

「良かった」

 そう言ってもっと強く抱きしめた。

「いつから……?」

 胸に顔を埋めたままくぐもった声で梅が呟いた。

「わからん……もしかしたら出会った時からかも。梅のことずっと見てたから、小学生の頃から」

 いきなり梅が顔を上げて俺を睨んだ。

「そんな前から!?もっと早よ言うてやっ!!もっと早く言うてくれてたら……」

 急に声が小さくなる。

「言うてたら?」

「……もっと前からずっと一緒におれたのに…」

 そう言うとまた俺の胸で顔を隠した。

「梅は?梅はいつから俺のこと好きなん?」

 返事なし。

「もしかして最初から?」

 返事なし。

「梅かって早く言うてくれてたら良かったやん」

 梅は何も言わなかったが、背中に回した腕の力が更に強くなった。ぎゅっと抱きしめてくる。

「仕事の邪魔になりたくなかったし、俺も梅に負けんように勉強頑張らんとアカンかったから。でもホンマは梅に嫌われるんちゃうかと思って怖かってん。もう会われへんようになるのが怖くて、好きやって言われへんかった」

 梅は小さな声で「アタシも…」と囁いた。

「とりあえずもう一回キスしても良い?」

と聞くと、案の定梅は真っ赤な顔を上げて俺を突き飛ばして睨んだ。

「……な……何言うてんねんっ!」

 やっと顔が見れた。真っ赤かで梅干しみたい。

「男梅みたいな顔になってんで」

 梅は怒りで言葉が出ないようで口をパクパクしている。

「お互いやらなアカンことがいっぱいで花咲かすのはまだまだ先やけど」

 梅の手を握る。

「一緒に頑張ろう。俺は松みたいに冬でも緑を絶やさんように、梅は誰よりも早く綺麗な花を咲かせられるように」

 梅が俺を真っ直ぐ見つめる。そして笑った。梅の花がほころぶみたいに。

 もう一度抱き寄せる。甘い香り。

 スーちゃんのブーケがしっかりと抱きしめ合う俺と梅を優しく見守っていた。

 

 

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梅切らぬ馬鹿 大和成生 @yamatonaruo

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