第2話

「吉原さん、絶対白井さんと付き合ってるよね〜。違うとは言ってるらしいけど、あのふたりベッタリじゃん。よく白井さんが吉原さんの家出入りしてるって目撃情報もあるし」

「うーん、どうかな。本当に親友なのかもよ?」

「でも実際あのふたり見た目もお似合いじゃん? 距離感的にも恋人としか思えな〜い。いいなあ〜」

「…………」


 確かに、それは私もこの世界が変わる前から思っていたことだ。

 親友であるふたりの距離はずいぶんと近くて、白井さんが吉原さんの腕にしがみついたり、学校集会なんかでもベッタリだ。

 長身スレンダー美女な吉原さんに、小柄でふんわりと柔らかな印象の白井さんは、悔しいけどお似合いだった。


 そこで、私は気づいてしまった。

 どんなに世界が変わろうとも、クラスも委員会もなんの共通点もない地味な私は、吉原さんと仲良くなるなんて、彼女に見つけてもらうなんてあり得ないことなんだと。


「いいなあ」

「ま、私たちも素敵な彼女探そ? 莉花っておとなしい感じだけど結構かわいいと思うし、高校に期待かな!」

「ありがとう、柚月も明るくてかわいいからきっとすぐ恋人できるね」


 もう一度外を見ると、もう校舎に入ったのか吉原さんたちの姿はなかった。

 

 昼休みになって柚月と過ごしながら周りを見渡すと、神様の言う通り同性同士のカップルを見かけた。ただ今までフリーだった子たちの関係性はあまり変わっていないようで、特別環境がガラリと変わってはおらず、私はいつも通り平凡な生徒Aとして平和に過ごしていた。


「莉花、次の時間体育だよね?」

「そうだね」

「今日グラウンドだから早く着替えに出ておかないと。もう行こう!」

「うん」


 勢いよく立ち上がった柚月とジャージ袋を持って教室を出る。


「朝倉さんだ」


 廊下を歩いていると、私を呼ぶ声が聞こえた。

 開け放たれていた三組の教室。ドアから顔を出していたのは吉原さんだった。


「吉原さん……」


 彼女は切れ長な目を細め爽やかに笑っていた。

 隣では柚月が大興奮して私の制服の袖を引っ張っている。


「ちょっと、莉花! 吉原さんと知り合いなの?」

「あ、うん。昨日本を拾って貰って……。吉原さん、昨日はありがとうございました」


 突然話しかけられて頭が真っ白になっていた私は、ここで昨日のことを思い出して吉原さんに礼をした。柚月が聞いてくれなかったら、私は緊張で言葉も出ずに「礼のひとつも言えないモブ女」として吉原さんの中で最悪な人間になるところだった。ミーハーな柚月に感謝しなくては。


 吉原さんが「次はタメ口でって言ったのに」と口を尖らせたので、私は慌てて返事をし直した。


「ご、ごめん……。ええと、昨日はあ、あ、ありがとう」


 緊張で簡単な言葉を噛みながらなんとか言い終えると、頭の上にポンと何かが乗っかる感触がした。目の前では吉原さんが白い歯を覗かせ、さっきよりずっとにこやかな笑顔を私に向けている。


「どういたしまして。それにしても噛みすぎだよ莉花ちゃん。ていうか次グラウンドで体育?」

「あ、うん!」

「じゃあそろそろ行かないと。引き留めてごめんね」

「ううん、こちらこそ、声かけてくれてありがとう」

「それじゃあいってらっしゃい。またね、莉花ちゃん」

「それじゃ、また……!」


 軽く手を振る吉原さんに柚月と揃って手を振りかえし、私は更衣室に向かって小走りで廊下を進んでいった。


「莉花〜! すごいじゃん、吉原さんと話しちゃって!」

「昨日のことがあったから、偶然だよ」

「ええ〜、でも莉花ちゃんって呼ばれてたじゃ〜ん。もし白井さんと付き合ってないなら、莉花イケるかもよ?」

「ないない。柚月は大袈裟なんだから」


 私は目をキラキラと輝かせている柚月を宥めるように、自分にも固く言い聞かせた。そうでもしないと淡い期待に胸を躍らせてしまいそうだったからだ。



「で、世界が変わってみて初日はどうだったかな?」

「神様……。何かご用ですか?」


 ああ、また夢の中か。

 ニヤニヤと笑う神様ことどれみんを前に、私はかなり冷静だった。


「なんかもっと喜んでくれてるかと思った〜。一応初日くらいはアフターフォローしておこうかなって感じで顔出したの。困ったことはなかった?」

「ええ、特には」

「そう。じゃあ初日は上々ってとこね」

「それはっ……」


 昼休みのことを思い出し、思わず頬が熱くなった。神様はそれを見逃すことなく、さらに笑みを深めている。


「よかったじゃない。その調子よ。莉花ちゃんが戸惑わないように追伸。大体の人間が同性を好きになるように自然に感覚や好きな相手が変わっているのだけど、運命の恋人と出会っている人たちだけはそれらの価値観が変わらないから注意してね」

「じゃあ、すでに付き合ったり好きな相手が運命の恋人だったら、その気持ちを変えるのは難しいってことですか?」

「その通り!」

「そう、ですか……」


 なんとなく、吉原さんと白井さんのことがチラついてしまった。私の表情から察したのか、神様は私の両方を叩いて今度は優しく微笑んでいた。


「莉花ちゃん、私はあなたの願いを叶えるつもりで世界を変えたの。勇気を出してね!」

「……はい」

「それでは、健闘を祈る!」


 こうして神様は白い背景に溶け込んでいった。

 同時に遠くから近づいてくる、ピピピピという電子音。

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