ユリユリ・アザラシ!〜恋の呪文で世界をGL界に変えた私の片思い奮闘記〜

松浦どれみ

第1話



「え、神様……ですか?」

「うん。そうそう。あなたが住んでいるこの世界を作っている人。どれみんって呼んで」


 ここはきっと私の夢の中。

 どこまでも続く真っ白な背景、私の正面で微笑む自称、神様のどれみん。

 彼女は女性の姿でセンター分けした金髪を肩のところで外ハネにしている。少し派手顔で年齢は私の親くらいだろうか。神様というよりは元ヤンのオバ……!!


「それ以上言ったら、消すよ? 朝倉あさくら莉花りかちゃん」

「す、すみません……」


 彼女が神様なのは間違いないのかもしれない。

 まあまだ私の夢オチ説もあるのだけれど。


「夢オチかどうかは起きてからのお楽しみよ」


 神様ことどれみんは私の思考を読んでいたのかイタズラに笑っている。

 

「さて、もうすぐ莉花ちゃんの起きる時間になっちゃうから簡単に説明するわね。あなたが願った通り、目が覚めると世界は同性同士で恋する……つまり、BLボーイズラブGLガールズラブの世界になっているわ。男女で恋する人たちもいるけど、まあ少数派よ。あなたは大手を振って好きな女の子に告白できる」

「え、私の願いと若干違うんですけど」


 私は得意げにこちらを見ているどれみんに冷めた視線を向けた。

 神様、オーダーミスってますよ。

 そう思いながら夢の中だというのに、今日の放課後のことを思い出していた。


 ——約一五時間前。


「ちょっと待って!」


 放課後の図書室。私は背後から声をかけられて振り向いた。


「あ、私……?」

「うん。五組の朝倉さん、だよね? これ落とさなかった?」


 目の前にいたのは、三組の吉原よしはら美波みなみさんだった。私は彼女に恋をしている。

 ちなみに残念ながら吉原さんから見て私は、この通り名前をギリギリ認識される程度の存在だ。


「は、はい。落としました。ありがとうございます」

「どうぞ。なんで敬語?」


 吉原さんは同じ中二とは思えないくらい大人びた表情でクスリと笑っている。

 私は恥ずかしくなって苦笑いをして俯いた。


「すみません、普段話さないから緊張しちゃって」

「あー、去年も今年もクラス違うもんね。でも次からはタメ口で話してよ。それじゃ」

「そ、それじゃ」


 爽やかに手を振って、吉原さんは図書室を出ていった。私はぎこちない笑顔で小さくてを振り返し教室のドアが閉まるのを見届けた。そして彼女に拾ってもらった本を眺める。


「よく効く! 恋のおまじない大全……知らないな」


 ちなみに、私は本を落としていない。

 吉原さんと接したいがために自分が落としたことにしたのだ。

 自分から仲良くなろうとする勇気はないくせに、チャンスがあれば卑しく食いつく恥ずかしい私。

 それでも帰宅部で半ば押し付けられた図書委員で、こんなにいいこともあるのかと心は躍った。


「せっかく恋のおまじないだし、読んでみようかな」


 就寝前、私は結局持ち帰った本を手にして、ページをめくって読んでみた。

 子供騙しの軽い内容が書いてあるのかと思ったら意外にも本格的で、私はそのうちのあるおまじないに心が惹かれた。


「神と交信し、自らの願いを叶える方法?」


 そこには魔法陣を描いて呪文を唱えれば、夢の中で神と交信し願いをひとつ叶えてもらえると記されていた。


「まさかね……」


 けど、試してみたいと思った。

 吉原さんはバスケ部のエースで身長一七〇センチの美人な上に、勉強もできて男女問わず人気者。クラスの中でも目立たない存在の、ましてや同性の私が彼女の特別な存在になるなどということは土台無理な話だった。


「よし、できた!」


 気がつけば、私はコピー用紙を繋げた大きな紙に本と同じ魔法陣を描き上げていた。次に吉原さんと両思いになることを願いながら、呪文を唱える。


「ユリユリ・アザラシ! 神よ、今宵私の願いを叶えたまえっ!」


 呪文に呼応するように、魔法陣は光を放ち、大きな風が吹き私を包み込む……。


 ……なんてことは起きなかった。


 魔法陣は何事もなく私の下敷きになっていて、部屋には痛い呪文を叫んだ私が立っているだけだった。室内だからもちろん無風。

 唯一の救いは、隣の部屋にいるはずの姉がサークルの飲み会だかで帰宅していなかったことくらいだ。


「なにこれ恥ずかしい! もう寝る!」


 こうして大急ぎで魔法陣の紙を畳んで本と一緒に引き出しにしまった。それからベッドに潜り込んで布団を被った。


 そして、現在に至る。


「あ、オーダーミスではないわよ。莉花ちゃんが魔法陣しまって寝るからおまじないが中途半端になったの。それに私、最近GLにハマってるのよね。せっかくだから恋する過程も見せてほしいな♡なんて思って。じゃあ、がんばってね!」

「え、雑〜!」


 神様どれみんはそう言って、白い背景に溶け込んでいった。

 それと同時に遠くからピピピピという電子音が近づいてくる。


「ゆ、夢オチ……?」


 私はアラームを止めて起き上がると、真っ先に昨日本をしまった引き出しを開けた。

 そこには本と魔法陣、その上にメモが一枚乗っていた。


『夢オチじゃありません。一応三〇日間のお試し期間をあげる。元の世界に戻したければ三〇日以内に魔法陣の上で呪文を唱えるべし。どれみんより♡』


 メモの内容を読み、着替えをして自室からリビングに降りた。


「おはよう、莉花」

「おはよう、おばあちゃん」


 ダイニングには祖母がおり、私の朝食を準備していた。

 

「お母さん、早番だっけ?」

「そうね、もう出たわよ」

「お姉ちゃんは?」

奈緒なおは帰らなかったっみたい」

「ふうん」


 私は歯を磨きながらいつもと変わらぬ朝の会話をしつつ、本当に世界が変わったのか確認しようとしていた。しかし残念ながら我が家でそれは叶わない。

 私の両親は小学生の頃に離婚、祖父は他界、きょうだいは姉一人。うちには女しかいないのだ。


 歯磨きを終え食卓について、私は急いで朝食を食べた。そして食器を片付けてからソファに座り、テレビをつけた。


「わあ……」


 つけた途端に飛び込んだ朝のワイドショー。そこには人気の女性タレントが俳優の女性と結婚したというニュースでスタジオが沸いていた。

 それでも信じきれない私は、早く確かめたくて早めに家を出ることにした。


「おはよう」

「おはよう、莉花」


 教室に入ると、クラスメイトで友人の柚月ゆづきが寄ってきた。並んで私の席付近で他愛もない話を始める。話しながら私は教室の様子を見渡してみたが、いつもとなんら変わらぬ風景だった。もしかしてさっきのテレビは何かの宣伝だったのかもしれないと半信半疑になっていたら、外を眺めていた柚月が騒ぎ始める。


「ねえ莉花、また吉原さんと白井しらいさん一緒に来てる!」

「え……」


 柚月につられて窓の外を見てみると、女子二人と男子一人が並んで校舎に向かって歩いていた。ひとりは吉原さん、その隣には彼女の幼馴染で親友の白井しらいあかねさん。さらに三年の吉原先輩。彼は吉原さんのお兄さんで校内一のイケメンと言われている。これもよく見る光景で、私はいつも吉原さんんと一緒にいられる白井さんが羨ましくてたまらなかった。

 これを見た柚月はいつもお決まりのセリフを吐くはず。


「あ〜あ、吉原先輩ってかっこいいけど男だもんな〜。残念すぎる〜」

「え?」


 私は耳を疑った。

 反対なのだ。

 

「いや、だって吉原先輩が女だったら限りなくゼロには近いけど夢は見れるじゃ〜ん?」

「う、うん。そうだね」


 いつもなら、柚月は「吉原さんが男だったら」と残念がるのに。

 私はやっとこの世界が変わっていることを理解した。


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