最終話 偽物シンデレラ

 大学を卒業して1年が経った4月。


 街には真新しいスーツに身を包んだ若者が溢れていた。大学の入学式か会社の入社式に向かう人だとすぐにわかった。

 どこか浮き足立っていて、新しい門出に期待と不安を抱えて電車に乗り込んでいく人々。


 百花とはあれから一度だけ一緒に旅行に行った。久しぶりに思い出話を話し込んだ旅行はたまらなく楽しかった。


 真菜はあれから新しい命が宿ったと連絡が来た。相変わらずラブラブな新婚生活を送っているようでいつ連絡が来てもホットな話題が絶えない。きっと、彼女なりの理想の家庭を築いていくのだと思う。


 美希を他人に任せて、自分は何も仕事をしていなかった。そのバチが当たってなの付き合っていた彼氏にもまんまとはめられてしまった。「起業するから資金を貸して欲しい」と言われて何の疑いもなくお金を貸した。そのせいで自分はお金のない生活を強いられている。そのくせにブランド品には執着して、自分の地位と品格だけが重要な人になっていた。そのうち痛い目を見ると思う。


 晴海さんとは一度だけ偶然会い、黙って辞めたことを気に病んでいた。でも、久しぶりに会って会話が止まらなくなった。それから月1のペースで一緒にご飯に出かけてはとことん話し尽くすということを続けている。


 私の祖母は森田涼真がアイドルで芸能人だったことを知ったみたいで、それを知ってからなのか私に結婚とか付き合いとかそのようなことを聞いてくることはなくなった。東京に来た私を見て諦めたと言うのが正直なところだと思う。それに加えて、結婚したけれど離婚した地元の同世代の人達を何人か見たことも影響しているのかもしれない。


 父はあれから一度も連絡が来ない。ほぼ縁を切った状態だ。あれから就職がとか、結婚がとは行ってこなくなった。きっと祖母がそのようなことを言わなくなったからだと思う。


 母とはたまに連絡をしている。山口さんにこっそり連絡をしていたことは本人からは聞いていない。でも、本当はこんな私を心配しているのだと思う。父との関係はあまりよろしくないのが続いているままだ。


 森田涼真は今も第一線でキラキラのアイドルだ。毎日のように出演CMを見かけるし、ドラマや映画の出演も続々と決まっている。グループとしての活動も増えて、レギュラー番組も決まり、ファンクラブの人数も増えているという。街を歩いても巨大な広告に出会うこともある。


 私は派遣の仕事をやりつつ、繁忙期のみパン屋のバイトを続けていた。そして今も森田涼真をファンとして応援していた。それと同時に別のことを始めた。相変わらず経済的に余裕があるわけではないけれど今の生活に満足している。


 この1年。私にはいろんなことが起こりすぎた。大学を卒業して、周りに置いて行かれていることに嫌気が差した。固定概念ばかりある場所で自分が嫌いになった。いきなり推しが目の前に現れて度肝抜かれたり、所持金を全部握りしめて上京した。就職活動の面接が上手くいかなくて凹んで、自分の考えを認めてくれる人もいた。ただ、寄り添ってくれるときもあったし、ライブにも行った。会わないうちに変わってしまった人もいて、相変わらず輝き続けている人もいた。初めて怖いなと思ったこともあったし、終わらせたくないなと思ったものもあった。それぐらい濃い時間だった。


 森田涼真はアイドル、私は一般人。少し前までは身長差15センチ。年齢差8歳というだけだった距離感が今はアイドルとオタク。魅せる人と見る人というごく一般的な関係となった。


 彼が王子様であることに間違いはない。でも、私の人生という名の物語に登場する王子様ではない。私自身を見て、魔法の力を貸してくれる魔法使い。彼はアイドルという立場で私たちに笑顔と頑張る力を与える。私はその力を借りて今日も頑張っている。だから、彼は私の人生において魔法使いとして登場したのだと思う。だから彼はある意味偽物の王子様だった。


 もし、彼がアイドルじゃなければ。もし、彼とこんな形で出会っていなければ本物の王子様だったのかもしれない。


 私はまだ叶えられていない。まだあの物語の主人公にはほど遠いし、まだ憧れを持っている。だから、これからもその夢を追い続けるし、一生追い続ける夢だ。まだ本物にはなれない。


 私は部屋の机に置かれたパソコンを眺めていた。書き上げた文章を最後まで読んで最後にこの物語にタイトルを付けた。「偽物シンデレラ」と。

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偽物シンデレラ @wakaco322

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