第54話 別れの季節
この部屋中に漂う柔軟剤の香り。このココアの温かさ。この安心感。この先忘れることはない。
「ゲーム。全クリしちゃったね。」
「そう。ですね」
2時間かけて残りのゲームは全部クリア。最後のエンドロールが大きなテレビ画面に流れていく。
「最後だから言っておきたいことがある。」
「なに?」
私に言わなくちゃいけないとそう思った。
「あなたを初めて見たとき。アイドルとして見たときこんなにも輝いている人が存在するんだと思った。初めてライブで見たとき。またこの感覚を味わいたいと思った。初めてあなたを一人の人間として見たとき。私にとって本物の王子様が目の前に現れたんだって思った。」
その真っ直ぐな眼差しに私は惚れたんだ。彼のキレイな瞳が私を捉えている。
「つまり、私あなたのことが好きだった。でも、この前ライブに行って『ああ、私の本物の王子様じゃない』ってそう思った。」
「そっか。」
彼は王子様じゃない。そう、王子様なんかじゃない。偶像の王子様。
「シンデレラになれそう?」
これが彼からの最後の質問だった。
「なる。いつか絶対に。でも、私がシンデレラだとしたら、もう魔法使いには出会っちゃったかな。魔法の力を貸してくれる人。あとは、その魔法で輝いている私を魔法が解けても私の全てを受け入れてくれる人を探すよ。」
彼は魔法使い。アイドルとして、友達として私を救ってくれた。それはある意味、私にとっては魔法みたいなもの。
「忘れ物ない?」
一人でクラスには十分過ぎる玄関。今日でここに来るのも最後かと思うと、少しばかりは寂しさも生まれた。
「これだけしか持って来てないし。」
そう言いながら手に持っていた小さなショルダーバッグを彼に見せつけた。
「これからもよろしくね。私はオタクとして、これからもまだまだお世話になるつもりだから。」
「これからも応援よろしくお願いします。」
頭を深々と下げながら彼は言った。そうは言ってもお堅い感じは無く、和やかな雰囲気だ。
「じゃあ、今までありがとう。」
私は何度も訪れたこの部屋を出て行った。彼は引き留めようとしなかった。ただ、私が出て行く後ろ姿を見送っていたことは何となくわかった。
外に出てスマホ画面を開いた。そこにあった涼真と書かれた連絡先を私は削除した。このくらいしないと吹っ切れない。別に彼は何も悪くない。彼氏でもないし、恋愛感情もない。でも、これくらいしないとダメな気がした止まなかった。
暦上は春。それは別れの季節。私にも1つ。別れがあった。
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