第53話 クッキーサンド
ゲーム画面のキャラクターは架空の世界を動き回っていた。
「琴葉はこれからどうするの?」
お互いコントローラーを握りながら口だけは達者に動く。
「たぶんこのままこの街に住むよ。いろんなことがあったけれど。」
「アイドルじゃなかったら、どんな関係になってただろうね。俺ら。」
それは私も考えたことがある。アイドルじゃなかったら友達としてどこかで出会えていたのだろうか。もしかしたら付き合っていたのだろうか。そんな妄想を膨らませた。でも、それは無い。
「出会ってなかったと思う。アイドルだから私は森田涼真という人を見つけられたの。そうじゃなかったら、お互い一生出会わない顔も名前も知らない人同士。」
「もうちょっと妄想膨らませてよ。」
笑いながら話すこの内容もオチはないけれど、それでもいい。
案外ぬるっと始まったこの関係。それでもここまで続いたのは不思議だったし、終わるときもあっさり終わる。
「ごめんね。いろんなところ連れて行けなくて。」
「どうしたの?いきなり?」
「いや、就活とか人間関係とかで結構悩んでるのかなって思って、本当はあの見せとかあの場所とかに行けたら気晴らしになっていいかなって思ったけど、そんな女の子を連れ回すのはリスク高いからできなかった。そうしなくても撮られちゃったけどね。」
「そんなこと気にしてないから。」
推しだったから救われたこともあったし、友達だからこそ知ってもらえたこともあった。だから、どこへ行くとか何を食べるとかそんなものよりもこの何気ない日常を楽しめるこの時間が私の凝り固まった心をすっとほぐした。だから、救われたし安心した日々。
「もし、俺が“好き”って言ったらどうする?」
私は少し悩んだ。コントローターだけをカタカタ動かして思いついた答えを正直に答えた。
「純粋に嬉しい。私も好きだよって言う。でも、それってアイドルとして好きなのか一人の人間として好きなのかわからない。だから、それに『付き合おう』とかそんなこと言われたら困るし、一度は断るかも。」
「結構、まじめちゃんだね。」
「私は脳内お花畑の人間じゃないので。」
「堅実的でよろしい!」
ゲームと会話は盛り上がるばかり。
「ねぇ、ちょっと切りがいいから休憩しようよ。アイスあるよ。琴葉も食べるでしょ?」
「食べます。ゲームに甘い物は必要だから。」
冷凍庫から取り出されたアイスはクッキーサンドのアイスで冷たさが先に来て、後から甘さが体に染みこんでいく。
その間、ゲームのキャラクターは2人仲良く並んだままそこから動くことはない。
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