最終話 僕は再び歩き出す────と。

 翌日の朝、いつものように綾芽あやめと一緒に通学路を歩いていると、前を歩く櫛沢くしざわの姿が見えた。 

 僕たちが生徒会室を出た後の事は知らないが、上手く恋歌先輩がフォローをしてくれたのか、歩く様子はいつもと変わらないように見える。


「お兄ちゃん」

「ああ、分かってるよ。なるべく距離を取って歩くさ」

「ううん、それもそうだけど……目が」

「ああ、ごめん」


 ダメだな、あのファミレスの日から櫛沢の姿を見ると自然とブレーキが解除される。 

 綾芽のお願いがあるから気を付けているが、どうにも難しい。


「まあ、菜々────櫛沢先輩にその目を向けるのは仕方ないとは思うけど、でも、教室では気を付けなよ。別れて、お兄ちゃん側がそんな目を向けてたら、あの人が悪者になって、実際悪者だけど、虐められちゃうかもだから」

「僕には関係ないことだ」

「また……じゃあ、悪いことをしたとは言え、お兄ちゃん絡みで誰かが虐められたら私悲しいから、妹の機嫌を取ると思ってさ」

「……それなら、気を付けるよ」


 僕の扱い方をよく知ってることで。


                   *


 お兄ちゃんは、周囲の人間に対して、全く興味が無い。

 流石に、私を含め、家族に親族にはそんなことは無いんだけど、ただ同じ学校に通う生徒は、等しくただ同じ学校に通う生徒というくくりにまとめてしまう。

 特別視なんてしないし、優劣も無い。

 だから友達もいない。

 そんなお兄ちゃんのどこを好きになったのか櫛沢先輩が告白してきた時には、驚いたと共に、お兄ちゃんの考えが変わるきっかけになれば良いと思っていた。

 だから付き合うことを進めたんだけど、結果は悲惨。

 余計にお兄ちゃんの考えを促進させることになった。

 あれは、お兄ちゃんが中学2年生の頃の事。

 それまではお兄ちゃんは普通の子どもで、よく友達と遊んで、人と関わっていた。

 ある日、いじめの現場を目撃したのが初めのきっかけ。

 しかも、仲が良いと思っていた同士のいじめ────お兄ちゃんにとってかなりの衝撃を与える程の出来事。

 だけどそこで立ち止まらず、間に入って助けることに成功した。

 先生を呼んだっていう嘘、それだけでいじめっこの子どもは逃げ出したそうだ。

 いじめられていた子をこれからも守る為、保健室に連れてきつつ、先生に相談しようと手を差し伸べると、その手は払われた。


「余計な事すんな!」


 そう言って、その子は走って教室を後にしたそうだ。

 恥ずかしかったのか、親や先生に知られたくなかったのか真相は分からないけど、お兄ちゃんからしたら勇気を出しての行動を否定された事になり……それが引き金になった。

 仲が良さそうに見えても本当は虐めの関係があるかもしれない、自分も突然いじめられるかもしれない、誰かを助けても感謝もされず余計な事と言われる────……そんな事を考えて、最後には……考えるのを止めた。

 関係を断った。

 持たないようにした。

 それからだ。

 お兄ちゃんは虐められないように身体を鍛え始め、そして、関係の無いとした人に冷たい『目』を向けるようになったのは。

 今、櫛沢先輩に向けていた目が、まさにそれだった。

 そんな目を向けていたら、もちろん気に食わない子も居たし、先生も注意をする。

 でも、お兄ちゃんにはまったく響かない。

 周囲の興味の無い言葉なんかでは変わらない。

 だけど私がお願いしたら聞いてくれた。

 私が虐められるかもしれないから止めて、ってそう言ったらすぐに止めてくれた。

 恋歌先輩がお兄ちゃんのその『目』に一目惚れしたのを知っていたから、その気持ちの抑制もあったけど、それは言っていない。

 結果としては恋歌先輩はあの『目』を見る為にストーカー行為をし出したけど、無視することにしておいた。

 これ以上、余計な刺激をお兄ちゃんに与えたくなかったから。

 

                  *


「お兄ちゃんはさ、私が虐められてたら助けてくれる?」

「当然だろ」

「じゃあ、私が誰かをいじめてたらどうする?」

「……綾芽はそんな事しない」

「そうだけど、例えばだよ」

「……分からない」

「そっか」


 質問の意図は分からないが、綾芽が納得したなら良いか。

 でも、来るのだろうか……もし、綾芽が誰かをいじめていて、そいつを助けてやろうと思う日が……僕に。

 寧ろ、先生にバレないように立ちまわるだろうなんて、綾芽には言えないな。


「結局、二人で登校だね」

「ああ」


 結局、僕は、綾芽とまた人生を歩んでいる。

 これが、生涯続けばと、そう祈りながら……。



******************************

あとがき


 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 今回は比較的シンプルな、王道的な展開だったと────……思います。

 最後は蛇足要素が混じっていたと思われるかもしれませんね。

 少しだけ変化球を投げたいという心が働いた結果に組まれた要素なので、大目に見てあげてください。

 さて、これまでこの作品を含め、ねとりざまぁ作品を4作書きましたが────……もう、ネタが無いので、この作品が最後になると思います。

 次の作品は、普通に純愛だったり、断念した異世界ものを書いてみるかもしれません。

 読んだことはないですが、悪役令嬢ものも良いかもしれませんね。

 どうなるかは分かりませんが、また、その時にはお付き合いください。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

裏切られた僕は再び歩き出す @mutukigata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ