第22話『もう、私のお兄ちゃんを揶揄わないでください!』
菜々美────ではなく
解放感から緩みそうになる頬を必死に抑え込み、櫛沢に視線を向ける。
短い間とは言え彼女であった櫛沢に差し伸べた、友達として関係を保つという手を、櫛沢が握らなかった為にもう僕との関係はただのクラスメイトというだけ。
ただのクラスメイトである櫛沢が落ち込んでいるだけ、気に掛ける気にはならない。
どうでもいいことだ。
「はうっ!」
どうしたのかと声を掛けようとすると、それよりも早く
「
それもそうかと抵抗をせず、綾芽に従って、柏美さんと共に室を後にする。
「気にしなくていいよ、二人よりお姉さんなんだし」
「こっちの気持ちの問題なので!後、制服も預からないといけませんし!もちろん、柏美さんの迷惑でなければ、ですが!」
「そ、そう?……そうね。こっちの結末も二人には見届けてもらってもいいかも」
「はい?」
綾芽が可愛らしく首を傾げるが、ここでは回答をする気は無いのかそのまま特に会話も無く学校の外に出た。
「ここならいいか」
学校から少し離れたところで柏美さんが立ち止まり、ポケットからスマホを取り出す。
そして操作をして、耳にスマホを当てる。誰かに電話を掛けているみたいだ。
その相手は恐らく────。
「悟、今、大丈夫?」
「海東か」
「だね。……なるほど、さっきの言葉の意味が分かったよ」
同じく。
結末を見届ける────柏美さんと海東の結末だ。
「この前の話なんだけど────……別れよう」
僕が櫛沢に言ったのと同じく、恋人で無くなる宣言。
それから、海東はその言葉を素直に受け取ったのか、直ぐに電話が終わる。
「どうして、別れたんですか?私個人の意見ですが、今回の海東さんは、ある意味被害者な気がしましたけど」
「被害者、か……凛空くんもそう思う?」
「いいえ」
即答した。
「へえ、どうしてそう思うの?」
「単純な話です。海東は被害者じゃない。あいつは選んだんです、自分で」
「選んだ?」
「ああ。綾芽は、二人が最初に会った日の事の話覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。菜々美さんが脅したって」
「そうだ。櫛沢が海東を脅した……だけど、結果は違う」
「え?」
「『どんな言い訳も無効になる』……よく言ったものです」
綾芽は可愛く顎に指を付けて少し考えて────そして気付いた。
「そうか、あの録音が有れば脅しなんて関係ない」
そう、あの録音さえあれば、たとえ櫛沢が柏美さんに浮気と告げても、海東にそんな意志が無かったことは証明される。
ただ、友達に会いに行っただけ、相談しなかったのは余計な心配をさせたくなかった為。それでいいはずだ。
だけど、あいつはそうしなかった。
理由は当然分からないけれど。
「だけど、どうして今なんですか?」
「ん?私は理解ある女だからね。もし、浮気相手が私より可愛かったら、そんな子にあんなこと言われたら喜んでついて行っちゃうのも仕方ないかなって思ってたんだけど、だから確かめに今日来たんだけど────……私の方が何十倍も可愛かったから腹が立ったの」
本当の事ではあるんだろうけど、一部でしかないだろう。
一応、最後まで信じたかったんだろう。信じられる要素なんて全く残されていなくても。
「凄い自信ですね」
「自分の可愛さに自信を持てる女の子は強いんだぞ」
可愛くなろうとする女の子は可愛い。
なら、自分を可愛いと思える女の子は、また、可愛い────……まったく同義ではないが、だけど、不思議と説得力があるのは、本当に柏美さんが可愛い女の子であるからだろう。
少なくとも、クラスの女子のレベルから頭一つ以上抜けている。
「どう?今日から独り身同士裏切られた同士、私と付き合ってみる?」
「それは、魅力的なお誘いですね」
きっと、この人と付き合ったら、毎日が楽しい日々になるだろう。
そう思わせる柏美さんの雰囲気が、僕の目には魅力に映った。
「ははっ、冗談だよ。私年下と付き合う気は無いし、それに、軽い女と思われるのも嫌だからね」
確かに、彼氏と別れてすぐ他の男と付き合っているのが見つかれば、その印象を抱かれるのは避けられないだろう。
「そうですか、残念です」
「えー、残念がってるようには見えないけどなあ……ま、チャンスが無いわけじゃないから頑張りたまえ」
「もう、私のお兄ちゃんを揶揄わないでください!」
そう言って腕に抱き着いてくる綾芽。
その様子を微笑ましそうに見た柏美さんはふと、学校の方へと視線を向けた。
「どうしました?」
「あー、いや、あの生徒会長ちゃんだけ置いて来ちゃってよかったのかなって」
「大丈夫ですよ、恋歌先輩はしっかりしてるので、菜々美さんのフォローでもしてるんじゃないですか?」
「そっか。制服、いつ返すか相談したかったんだけど」
「駅で着替えるんですよね?」
「さすがにこの格好で近所を歩けないからね」
「それなら、私が制服を預かりますよ。洗って、恋歌先輩に返しておきます」
「え、悪いよ」
「いえ、こちらの都合に付き合って貰ったんですから当然のことです」
綾芽の言う通りだ。
それくらいのことはこちらで済ますのが道理だ。
「そっか……じゃあ、お言葉に甘えようかな」
柏美さんが電車に乗る前に着替える為、トイレの中へと入っている間、僕がぼーっと人の流れを眺めていると、一人の男が視界に入る。
察すると思うが、海東だ。
「お兄ちゃん、あの人」
綾芽も気付いたみたいで、一応、柏美さんに伝える為にトイレの中へと入って行く。
逆上して、なんてことが無くは無いから。
しかし、海東は予想に反して落ち込んでは無い様子。
そして────。
「あっ、ごめんお待たせ」
僕の横、スマホを持ちながら立っていた女性に声を掛けた。
その女性は嬉しそうに笑顔を浮かべ、二人で仲良く手を繋いで人込みの中へと消えて行った。
「互いの確認無し……初対面じゃないか。なら────」
これ以上考えるのは止めよう。
もう、僕には関係の無い人物だ。
櫛沢も、海東も関係ない。
きっと柏美さんも、関係が自然消滅し、関係の無い人になる。
恋歌先輩も、きっとそうだろう────……それでいい。
余計な関係に、無駄な時間を割く気は無い。
「お兄ちゃん、大丈夫そう?」
「ああ、もうどっか行ったよ。偶々ここを通っただけみたいだ」
「そっか、良かった」
そう言って再びトイレの中に戻って柏美さんに声を掛けに行く綾芽。
櫛沢に告白されて、綾芽の勧めで付き合ったが────……やっぱり無駄な時間だった。
僕には、綾芽さえ居れば、それでいいんだから。
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