第45話 ヘラン ペガスエルーム支部

 ジョシュアは新しい支部で忙しく働いていた。


 2週間ほど前にヘランのペガスエルーム支部がオープンし、小さなものから大きなものまで毎日のように新しい依頼が来る。

 今、西側諸国で最も有名な冒険者チームであるペガスエルームのヘランに依頼したいという人達や、ヘラン本部からも未解決の事案などが次々とやってきた。


ヘランの仕事は受付から依頼の掲示、買取品の査定や報酬の支払いに魔獣の解体まで様々あるが、ジョシュアの他には事務員が一人いるだけだった。


 唯一の事務員のクリスは、元ノワの近衛兵で、国を出てペガスエルームにやってきた男だ。クリスが入領した時に色々あって、ここで雇うことにした。



 討伐を終えた冒険者が持ち込んだホワイトガルムの遺骸をクリスは重たそうに端に寄せる。

「すみません、これ運んでもらえますか?」

クリスがジョシュアに言った。


「わかった。ちょっと待ってろ。」

ジョシュアは依頼書の掲示をしながら言った。


ちょうどヘランを訪れたリゲルが受付台の近くにやって来た。

「あんた、これも持てないのか。」

リゲルがクリスに言うと、クリスは申し訳なさそうな顔を見せる。


「おう、リゲル今日も来たのか。今はお前さんに合う依頼はなさそうだぞ。」

リゲルに気づいたジョシュアが声をかける。

「そうか、残念。ところでホタルゴケはどうなった?」

「ホタルゴケはそこら辺に生えてる苔じゃねえんだ。すぐ見つかるわけないだろ。」

「ああ、そう。」


ヘランの開業に合わせてエルマーからいくつか依頼が出されている。ホタルゴケの採集もその一つだ。


「来たついでだ、その魔獣は俺が解体しておいてやるよ。」

リゲルはクリスが脇に寄せたホワイトガルムを指してそう言った。

「それは助かるな。」

「忙しそうだしな。」

そう言うとリゲルは大きなホワイトガルムをひょいと軽く担いで奥へ行った。


リゲルの後ろ姿を羨ましそうに見送ったクリスがジョシュアに話しかける。

「そういえばホタルゴケについて調べてみましたよ。」

「調べた?」

ジョシュアが不思議そうな顔でクリスを見る。

「本部から配布された図鑑には詳しいことは載ってませんでしたし、ヘラン各所にホタルゴケの採集記録を送るように伝えたんですよ。」

「各所に?」

「ええ。各ヘランで手を焼いていた高ランクの魔獣討伐依頼がここに送られてきてるんで、その討伐依頼を引き受ける条件として要求したんですよ。」

「へえ。やるじゃねえか。」


 高ランクの魔獣討伐依頼はリゲルが積極的に受けてくれていた。城にいる仲間のメリッサやペルセウスを誘ってあっという間に討伐してくる。


「グリフォンやキメラのような行動範囲の広い魔獣は大規模パーティでも倒すのが難しいですからね。本当にあの人たちは特別すぎますよ。」

「で、ホタルゴケについて何かわかったか?」

「今のところ情報では過去に数回、アルロ王国のポルテンのヘランに持ち込まれたことがあるとのことでした。その名の通り発光する珍しい植物なので一応買い取って、売り先を探したところ、ギルフの植物研究所が赤草と同等ぐらいの金額で買い取ってくれたみたいですよ。冒険者から1グラム0.5ギリーで買い取ったんで結構儲かったらしいです。」

「ふーん。ポルテンねえ。バルキアとの境に近い炭鉱の街だな。」

ジョシュアはエルマーが書いた依頼書を再度見る。

「『1グラム300ギリー程度で買い取る』ってバカみたいな値段つけてるじゃねえか。赤草でもグラム8ギリーだぞ。」

「何か特別な苔なんですかね…。あ、もうすぐ黄モルモットの討伐に行かなきゃいけないんで、受付お願いしますね。」

クリスは時間を見て慌てて支度を始める。


 エルマーから最初に依頼されたのはホタルゴケ以外にも黄モルモットの魔石の収集と言うのもあった。黄モルモットは、ランク1に分類される魔獣の中でも特に弱い魔獣だ。ペガスエルームの城下街を出てオロガ村へ続く街道沿いの森によく出現する。

熟練以上の強い冒険者と出会でくわすと逃げて行ってしまうため、初心者を集めてクリスが週に一度討伐を行なっている。念のため中級冒険者をメンターとして付けているので大丈夫だろうが、細腕のクリスは頼りなげだった。


「気を付けろよ。」

ジョシュアは出発するクリスに言った。


−−−


 2ヶ月ほど前、ジョシュアは騎士団からの連絡を受けて南領界門の検疫所を訪れた。ノワの近衛部隊出身だという男が入領しようとしているため、検査してほしいという依頼だった。ちょうどジョシュアがペガスエルーム領でヘランの開局を進めようと動き出した時だった。


 その男は入領の検疫所でノワの近衛部隊に所属していたことを申告したため、そのまま留置されていた。


 窓のない狭い部屋に入ると、椅子に座っていた男はジョシュアを見て目を大きく開いた後、姿勢を正した。

 ジョシュアはその男の顔を知っていた。この男は確かに近衛部隊に所属していたが、書記として城の入退出を管理していた文官だった。ノワの子爵家に繋がる家の出で、名前も身元も知っていた。


 ジョシュアは警戒しながら男の前に座った。部屋に入った時に見せた反応からすると向こうもこちらを覚えているようだった。

「あんた、ペガスエルームになんか用か。」

「あ、はい。新天地を求めてこちらに来ました。ペガスエルームは領民を積極的に受け入れていると聞きましたので。」

「まあそうだが、積極的に受け入れているのは農民や鉱山労働者だぞ。あんたは・・・肉体労働向きではなさそうだ。」

「私はこう見えて体力はありますし、適当な職につければと思ったのです。」

「ってもなあ。」

そう言って渋い顔をしているジョシュアを男はじっと見る。


少しの沈黙の後、男はまた口を開いた。

「ジョシュアさんにここでお会いできて嬉しいです。」

「あんた、やっぱり俺のこと覚えてたか。」

「はい。もちろんです。ノワのヘランの事務長でしたから。私がノワから来たって言えば警戒されるかなとは思っていたんですが、ジョシュアさんならわかっていただけるかと。」


(ノワからの入領者を警戒していることは公にしていないが・・・こいつ・・)

「あんた、近衛部隊所属のクリス・ラポルトだよな。」

ジョシュアは険しい顔で言った。


「近衛部隊はクビになりました。もともと非嫡出の三男でしたし、家からも縁を切られました。そのため身一つでノワからでてきました。ペガスエルームに希望を抱いてやって来た、ただの男です。」


ジョシュアはクリスを観察する。

「なぜペガスエルームがノワを警戒してると思った。」

「それは・・・」

クリスはそういうと、服の中にゴソゴソと手を入れて小さく折り畳まれた紙を取り出した。それはノワ王国が依頼したサイード逮捕の手配書だった。

「この手配書はもちろんご存知ですよね。ノワのヘランが発行したものです。」

「サイードを逮捕してノワで褒賞を受けるつもりか。」

「まさか、とんでもないです。ですが、私は確かにこの冒険者達を探してここに辿り着きました。」

クリスは手配書に一緒に書かれた3人の冒険者達の人相書きを指した。


「私は近衛兵だった時、ノワ城の入退出管理を週5日担当していました。仕事はきっちりやるタイプでして、入城者の予約の確認や入退出時間なども正確に記録するようにしていました。」

「そんなことは聞いちゃいないが。」

そう言ったジョシュアに構わずクリスは続ける。


「あの日、王子殿下が亡くなった日も、私が記録管理をしていました。」


「そうか。」

「はい。私のでは王子殿下は午前10時12分に正門からお出かけされ、午後3時36分に戻られました。そしてこれは別の近衛兵から聞いた話ですが、王城内の神の間でサイード・ワーズ宰相が王子殿下を刺し殺したとされているのは王子殿下がお出かけから戻られてまもなくの午後4時半すぎだと、ハルメリア卿を含む複数人が証言したとの事です。」

「発表されていない細かい時間を知っているようだが、それが何だ。」


「午後3時40分にフレッチャーという、ハロの街からやって来た職人組合の男が陳情に来ました。約束はありませんでしたので宰相殿の執務室に午後3時50分にお伺いを立てました。15分なら時間を取れるとのことで宰相殿は面会しています。フレッチャーを面談室に通したのは午後4時18分でした。これは案内した近衛兵に私が確認して記録しています。宰相殿の面談室への到着は午後4時20分で、それからきっちり15分面談されました。面談を終えてフレッチャーが城門を出たのは午後4時50分でした。」


「随分正確に覚えてるんだな。サイードのアリバイか?」

「ええ。宰相の執務室から神の間まではどんなに走っても10分はかかります。それに神の間から陳情者との面談室まではさらに遠く、走って15分はかかるでしょう。しかし宰相殿が走っている姿は誰にも目撃されておりませんし、そもそも時間的にも不可能です。」

「それで、あんたはサイードの無実が証明できると?」


「宰相殿が王子殿下の暗殺犯として捉えられたと聞いて、この事実を進言したところ、フレッチャーの訪問記録は削除されました。そして案内した近衛兵とともに私は暇を出されてしまったのです。」

「隠蔽工作か。」

ジョシュアが言うとクリスは声をかすかに振るわせる。

「・・・私は宰相殿の公開処刑が行われる白石広場に行きました。無実を知っているのにそれを皆に訴える勇気もなく、ただ見ていました。」

「そうか。」

「それからずっと、あの時現れた冒険者達が目に焼きついて離れませんでした。その後、近衛部隊から除籍の通知を受けた私は、家を出てあの時の冒険者達を探しました。ノワを出てしばらく経ったころ、運よく、ある街の冒険者組合で、心当たりがあるという男に行き当たりました。その男はエルームと名乗る強い冒険者達に会ったと言っていました。エルームには獣人と女性がいて、リーダーは若い男だと教えてくれました。それは私が探している冒険者達の特徴と一致していました。しかし、そのエルームという冒険者達は神出鬼没で特定の街を拠点にしているような情報はありませんでした。」

「それで?」

「その後、スーリを訪れたときにペガスエルームのことを知りました。彼らの活躍はスーリのいろいろなところで聞けました。私は彼らがあのとき白石広場で宰相殿を救った冒険者達に間違いないと考え、ここまで来ました。」

クリスはまっすぐにジョシュアを見る。

「ジョシュアさんがここに現れたことで、私の考えは確信に変わりました。ジョシュアさんが宰相殿と親しくされていた事を知っていましたから。」

「そうか。」

「私がペガスエルームの敵ではないという証拠に、この記録簿をお渡しします。」

そういうとクリスはノワの近衛部隊の印が押された冊子をジョシュアに渡した。

「先ほどお話しした入退城記録です。記録簿は毎日副本に同じ内容を書き写し、紛失などがないように管理していました。私が宰相殿のアリバイを進言した日までの分で記録が途絶えておりますが、この副本は持ち出すことができました。」


記録簿を受け取ったジョシュアはパラパラと中身を確認した。


「わかった。俺はあんたを信用する。」

ジョシュアはそう言うと、クリスの入領を許可した。


−−−


 クリスが黄モルモットの討伐に行き、一人になったジョシュアはさらに忙くしていた。


「すみません、依頼を出したいのですが。」

受付には中年の男が立っている。

「おう、どんな依頼ですか。」

ジョシュアはそう言いながら棚の申し込み用紙を取り出した。


 聞くとノース山脈の麓の村に程近い森林の中に強力な魔獣の群れが棲みついたという。男が持ってきたスケッチを見る。

「リザードのようだが?」

「村の猟師が言うには、ただのリザードじゃなく、鋼鉄のような鱗らしいんです。出くわして逃げる途中に矢を放ったらキンっという金属とぶつかる様な音がして弾いたのだとか。」

男が言った。

「あんたは直接見ていないんですか?」

「ええ。私ら夫婦がここに行商に来るので預かったんですよ。村の人達がよく行く湖に近いらしくて、ペガスエルームに討伐して貰えたらと…。」

「金属音ねえ。メタルリザードかも知れないな。そういえばどっかで・・・あっ。」

ジョシュアが大きな声を出した。

「旦那、ここに来て正解でしたよ。早速ペガスエルームは討伐に行ってくれるはずです。それに報酬をもらう側になるかも知れませんよ。」

ジョシュアは依頼用紙に申し込みのサインを貰うと、3日後にここに来るように男に伝えた。


 

 日が暮れた後、皮袋いっぱいの黄モルモットの魔石を手にクリスがドヤ顔で帰ってきた。

 怪我もせず帰ってきたのを確認して「よくやったじゃないか。」とジョシュアは褒めた。


「前の分と合わせたらエルマーが依頼してきた10キロはありそうだ。これで2つ達成だな。」

魔石の入った袋を受け取ったジョシュアが言った。

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RPGの世界に勇者転生したやり込みゲーマーの世界冒険譚 レネ @ryou1210

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