第44話 ギルバートの寂寥

 翌朝、ギルバートは目を覚ました。


「大丈夫ですか。」

側に居た男が声をかける。

シミ一つ付いていない上等の三つ揃えを着ている。嫌味にならない自然な動きで片膝をくと、身体を起こそうとした俺の背中を支えた。ペガスエルームの執事だろうか。


「ああ。大丈夫だ。すまない。」

執事はサイドテーブルの水差しからグラスに水を注ぐと、静かに置いた。

「目を覚まされたことをエルマー様にお伝えしてきますが宜しいでしょうか。」

「え、ああ、わかった。俺はどうしたんだ。」

頭がぼーっとして記憶も不確かだった。


「ドラゴン解体中に倒れられ、高熱があり一晩うなされておられました。皆様心配しておられます。」

男の白いシャツが眩しい。

「ありがとう。わかった。」

俺はそう言うとベッドにもたれかかり目を閉じた。

体の節々が痛い。


 長い夢を見ていた。

戦いの記憶。戦争で祖国を失い、仲間を失い、一人になるまでの人生。そしてこの先も戦い続ける。夢の中で、倒したフォグドラゴンが俺に告げた。ドラゴンの魂は不滅だと。


−−−


 心配するエルマー達に「大丈夫だ。」と言って、俺はフェンリ村に送り届けてもらうことにした。


 フォグドラゴンの買取価格として90万ギリーを提示されが、丁重に固辞した。倒したのは俺じゃ無い。それに高すぎる。その代わり冒険者組合ヘランの報酬は俺一人がもらうことで向こうも妥協した。



 フェンリ村まではグレッグが魔法で送り届けてくれた。だがグレッグは用があると告げて直ぐに旅立った。


 俺は重たい足どりで村長の家に向かった。

せめてグレッグが報告まで付き合ってくれれば、と恨めしく思う。フォグドラゴンの討伐はフェンリ村の人々にとってはこの上ない吉報だが、それを自分が伝えるのは違う気がしていた。


 俺の帰還を見た村の人々はいつの間にか村長の家の前に集まって来ていた。

ソフィーも来ていた。


 俺はみんなにフォグドラゴンの討伐を報告した。討伐はペルセウス達のおかげだ、と何度も説明したが、村長達は意に介さず俺を祭り上げる。


 村中が盛り上がる中、やっとの思いで祝宴を辞退し、村を出る前にドラゴンの鱗を1枚ソフィーに渡した。

大事そうに受け取った後、「あなたの形見にするわ。」と冗談めかして嬉しそうに泣いていた。


 再びランソへの道を歩みだす。

帰り道は徒歩となった。


(倒したのは俺じゃない。)

フェンリ村の皆に報告してからランソに戻るまでの道中、何度も心の中でそう叫んでいた。


 夜は野宿をした。硬い地面の上で眠るたび、あのドラゴンが語りかけてくる。

 フォグドラゴンは死んだ。強者であるはずの存在があっけなく倒された屈辱が、自分自身のことのように響く。何度か苦しい夜を過ごした後、いつしかフォグドラゴンと自分が重なっていた。


 1週間ほどかけてランソに戻ると、俺は冒険者組合ヘランに向かった。


 討伐隊でも成し得なかったフォグドラゴンの討伐を一人で成したことになった俺は、熟練冒険者から神格冒険者という聞いたこともないランクの冒険者へと格上げされた。


「あいつらが初心者で俺が神格冒険者とは、笑えるね。」

俺は渡された黄金の冒険者証をしまった。


受付け係が別の魔獣討伐を持ちかけてきたが、そんな気分じゃなかった。

怒りのような悲しみのようなそんなやり場のない気持ちが続いている。


このままではダメだ。俺は自分に言い聞かせる。



「遅かったな。」


ヘランを出たところで知った声が聞こえた。

顔を上げるとあっけにとられる。


色白で銀髪、サングラスに真夏にレザージャケットという格好をしている男を俺は他に知らない。


「ペルセウス、なんでここに?」


「初級冒険者になった。」

そういって紙の登録証から皮の冒険者証になったことを自慢げに見せるペルセウスに思わず笑いが込み上げる。


「ギルバート、戻って来てたんですね。」

グレッグが走って来た。


 二人は別に受けていた植物採集の依頼を終えてヘランに報告に来ていたのだと言う。



 ペルセウスとグレッグに再会した俺は、二人と酒場に行った。

酔っ払ってペルセウスに絡んだところまでは覚えている。


朝、自宅で目を覚ますと何故か横に二人が居た。


−−−


 ペガスエルームが俺を高く買うかもしれない、そう言われて俺は再びペガスエルームにやって来た。


 2度目となるペガスエルーム城の応接室のソファーに座り、考えていた。

ここで強くなれるのだろうか。


 ペガスエルームが騎士団員を募集していたのは知っている。実力主義だって言う話で傭兵仲間でも噂になっていた。

 ちょうど良かったのかもしれない。神格冒険者なんて実力に合わないランクで依頼をこなす気持ちには到底なれそうもなかった。

 

 しばらくして、前に世話になった執事がお茶を運んで来た。相変わらず白いシャツが眩しい。俺の前に置かれたお茶は香りも爽やかだった。


 ドアがノックされ、男が入って来た。騎士らしい風格のある男だ。

俺は立ち上がると一礼した。


「私はこのペガスエルームの騎士団長のアレックスと言います。よろしくお願いします。」

「あ、ええ、お願いします。」

騎士団長が現れると思っていなかったせいもあり、俺は驚きつつも挨拶した。


エルマーと会った時とは別の緊張を覚える。冒険者出身のエルマーと違い、目の前の男は騎士の所作が板についている。


 俺は騎士団というものが苦手だった。戦闘の実務部隊となる軍隊の兵士たちと違い『騎士』は貴族の護衛が主な役割である。貴族に接する礼節が求められる。騎士の多くは家督を継げない貴族の子息なんかだ。ペガスエルームのように一般募集することは珍しい。


「今日はわざわざ遠くまでお越しいただきありがとうございます。早速ですが、わが騎士団について少し説明致します。」

アレックスは手に持っていたファイルを開き説明をしようとする。


「わざわざ騎士団長自ら説明してもらえるんですか。その、入団試験みたいなものがあると噂では聞いているのですが。」

「え、ああ、そうなんです。ペガスエルームの騎士団に志願する方達が増えていまして、現在入団試験を行っています。だが、あなたは軍士官の経験もあるとお伺いしましたので、・・それにあのペルセウスの推薦と言う事で、今回は面接をさせていただければと思っています。」

「そうなんですか。わかりました。」


確かに一般的な騎士の志願者と俺では違う。無駄に形式を踏まない合理的なやり方だと感心した。だが俺は面接が苦手だ。騎士団長が気にいることが言えるだろうか。

そんな心配をよそに、アレックスは一通りこれまでの俺の経歴を確認しただけでそれ以上の質問はしてこなかった。


 「エルマーを始めペガスエルームの皆さんは騎士団よりも強いです。そのためここでの騎士の仕事に領主の護衛はありません。」

そういうとアレックスは騎士団の役割りや部隊編成、業務内容を説明し始めた。


「ペガスエルーム領は魔獣の出没が多い地域です。魔獣討伐や領内警備を行うため、現在は三つの部隊が編成されています。第一部隊の主な任務は領内警備、第二部隊は魔法に特化した戦闘部隊、第三部隊は聖弓部隊となっています。今回、新人の騎士達の見習い部隊である第四部隊を創設することになりました。15名程度になる予定です。その部隊長として、あなたには指揮お願いしたいと思っています。」

「部隊長ですか。」

「最初の3カ月は訓練期間となります。3ヶ月後に正式に部隊長の任命式を行います。ペガスエルーム騎士団の部隊長はスリジクでは大尉となります。」

「え、大尉って。そんな階級を俺にいきなりですか。」

「はい、そう考えています。」

アレックスは淡々と言った。

「ただし、入団にあたり、あなたはペガスエルームの領民になっていただく必要があります。また、尉官以上の職務経験者は退官しても領外へ出るときには許可が必要となります。そのことに了承していただく必要はあります。」

「わかりました。俺も腰を据えるつもりです。」

「そうですか。」

アレックスは微笑んだ。


「それと俸給は月1万ギリーとなります。」

「月1万ギリーですか!?」

「そうです。」

確かバルキア軍の大佐クラスがそのくらいの俸給だ。

高すぎないかと俺がいうと、「それだけの期待に応えられるよう頑張ってください」と返された。


 契約書にサインを終えると、アレックスは追加の説明をした。

「当面の第四部隊の業務ですが、北領界門を出た緩衝地帯の森にホグダツという廃墟の街があります。この廃墟の整備を騎士団で行うようエルマーからの指示を受けています。」

「わかりました。」

「それと、2年以内に、騎士団をドラゴン討伐に耐えうる戦力にすることです。」


 ドラゴン、と聞いて俺の胸がひりっと痛んだ。

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