第43話 黒の書と竜戦士

 「ここは・・?」

ギルバートが辺りを見回す。


「ここはペガスエルームじゃないですか。てっきりフェンリ村に転移するのかと思いました。」

グレッグも驚いたように言った。


3人はペガスエルームの騎士団の訓練場に転移していた。


「討伐が終わった事を伝えたら、ドラゴンごとここに運べってエルマーからの指示が出た。」

ペルセウスがそう言うと、アンデッドホースに乗った一団がこちらに向かって走って来た。


「お疲れ様でした。」

アンデッドホースを下りてエルマーが言った。


「初めまして。僕はペガスエルームのリーダーのエルマーと言います。」

エルマーはギルバートに挨拶をする。


エルマーと聞いてギルバートは驚いた。

(厳つい大男を想像してたが、まだ二十歳そこそこって感じのやさ男じゃないか。強い冒険者特有の荒ぶった雰囲気はない。これがエルマーなのか。)

ギルバートはそう思いながら差し出された手を握った。

「ギルバートと言います。」

「グレッグから伺っています。こちらにお呼び立てしてすみません。少しお話させていただきたいなと思いまして。」

エルマーは笑顔で言った。


(領主でもあり、ペルセウスのような男が所属するチームのリーダーであるエルマーは明らかに俺より格上のはずだが、随分丁寧なものの言い方をするんだな。)

ギルバートは戸惑いながら笑顔を返した。

「良ければ城の中で話しましょう。」

そう言うとエルマーは馬に乗るように言った。ギルバートは連れていたベイクに跨る。


 エルマーはギルバート達の後ろに横たわるドラゴンに目をやると、連れて来た騎士達に指示を出す。

「すみませんがドラゴンの見張りをしていてくれませんか。」

「わかりました。」

騎士達はドラゴンの近くへ移動した。


−−−


 エルマーはギルバート、ペルセウス、グレッグを応接室に通した。


しばらくして執事長のマリーがお茶とお菓子を運んで来た。白地に青の文様が入った磁器のティーカップを丁寧に置き、チーズタルトやカラフルなマカロンなどを並べた。

「うちの菓子職人が作ったお菓子です。甘いものが苦手でなかったらどうぞ遠慮なく。マリー、ありがとう。」

エルマーはそう言うとお茶に口をつけた。


しばらく当たり障りのない話をして場を和ませる。

「へえ。そうですか。ランソの冒険者組合ヘランは活動的なんですね。確かスーリのヘランはクラフト検定を上級まで受けられると聞いたのですが、ランソだと師範まで受けられるんですか。」


美味うまっ。」

チーズタルトにかぶりついたギルバートが言った。

「あ、すんません、びっくりしたのでつい。」

ギルバートが謝った。

「そんなに驚いてもらえるなんて嬉しいです。僕もチーズタルトが好きなんです。」


 ギルバートがお茶を飲んで一息したのを見計らってエルマーは本題に入った。

「今回のフォグドラゴンの討伐についてどんな感じだったか教えてもらえませんか。出来るだけ細かいことまで。」

エルマーが言った。


グレッグは森の様子やフォグドラゴン討伐の一連の流れを説明した。

エルマーはメモを取りながら聞く。


「・・最後はペルセウスの剣で致命傷を負う、と。」

エルマーは書き終えると顔をあげた。

「他に何か変わったことはありませんでしたか、ギルバート。」

エルマーはギルバートに話を振る。

「そうだな。自己回復の能力が高いようだった、・・です。」

「無理してなくていつも通りの話し方で大丈夫ですよ。」

エルマーが笑った。

「そうか、じゃあ。」

そう言うとギルバートは戦いで気づいたフォグドラゴンの様子を説明する。

「ダークボールの威力はワイバーンの数倍といったところだ。それに使用間隔もほとんど空けていない。無尽蔵に出せるんじゃないかって気がした。」

「そうですか。他には?」

「魔法への耐性も高いようだった。」

「確かに。ペルセウスの放ったサンダーボルトもほとんどダメージにはなっていない様でした。」

グレッグが言った。

「そうですか。やはり魔法への耐性ありですか。それで、ギルバート、他に何か変わったことはありませんか。倒した後などは?」


「霧が晴れたな。」

そう言ったギルバートの様子をエルマーは観察する。

(様子がおかしいところは無いな。覚醒しなかったのか。)

エルマーは黙り込む。


 ギルバートは《フィールドオブブレイブ》でドラゴン討伐に参加する戦士だった。

最初のドラゴンであるフォグドラゴン討伐後に、ゲームのギルバートは竜戦士に覚醒した。

竜戦士はドラゴンと意思疎通ができ、残り7体のドラゴン攻略に大きく影響する。


「わかりました。ありがとうございます。あと、もう一つお願いがあります。」

エルマーは言った。

3人は黙ってエルマーを見る。


「3人のお手柄を横取りするつもりはないのですが、あのドラゴンをペガスエルームにいただけないでしょうか。もちろん買い取ると言う形です。ランソのヘランに報告するために必要なものとか、欲しい部分があればその部分については無理に買い取るつもりはありません。」

「俺は全然構いませんよ。そもそも倒したのはペルセウスだし、ヘランの褒賞も辞退しようと思ってましたんで。」

ギルバートはあっさりと言った。

「我も構わん。あの剣がなければもっと時間がかかっただろう。」

ペルセウスが言った。

「あ、俺も別に大丈夫です。」

グレッグが慌てて言った。

「そう言ってもらえると有難いです。買取額をジョシュアに見てもらいますね。まずは解体してからですね。」

エルマーはホッとした様子で言った。


「ギルバート、部屋を用意しますのでその間ここにに泊まってください。」

「あ、ああ、わかった。」

「マリー、すみませんがカイルに部屋への案内と、リゲルにドラゴンの解体をお願いすると伝えていただけませんか。」

後ろに控えていたマリーにエルマーが指示した。


「解体ならなら俺も手伝うよ。」

ギルバートが言った。


−−−


 エルマーは執務室に戻った。


(ギルバートが竜戦士に覚醒しなかった・・・。)

エルマーは日記の最後のページに記載している年表を眺める。


フォグドラゴン討伐の予定は2年後だった。


(ギルバートの覚醒要件はなんだったのか。ペルセウスが強過ぎたのだろうか。話に聞いたところではギルバートはほとんどフォグドラゴンにダメージを与えていない。それにフォグドラゴンからの攻撃もあまり受けていなかった。フォグドラゴンにダメージを与えることまたは一定のダメージを受けることが要件だったのだろうか・・・。いや、フォグドラゴンがまだその要件すら満たす前の子どもだったと言う可能性もある・・。今更悔やんでも遅いか。)

エルマーは後ろ向きの考察をやめる。


「フォグドラゴン」の討伐だけが覚醒要件では無いと仮定すると、別のドラゴン討伐で覚醒する可能性はある。

しかしフォグドラゴン以外の残り7体はすでに成熟体であり、強さはフォグドラゴンの比では無い。ペガスエルームメンバーの戦闘力の底上げと補佐する騎士団の育成が急がれる。


 エルマーは本棚から黒の書を取り出す。

黒の書はアンデッドモンスターが巣食っていた北の砦奥にあった古代遺跡で見つけた古代の書だ。表紙が黒いから黒の書と名付けている。黒の書は歴史書であり、おそらく魔族が書いた書である。魔族固有の魔法についての記述が多い。

現在は魔族のほとんどは北の大陸に移り、この大陸にいる魔族は少ない。バルキア帝国の自治領に魔族の村があるだけだ。リゲルの様に魔族との混血である獣人もその辺りにはいるらしいが、西側諸国には少ない。だが、この書物が書かれたと思われる二千年前はこの大陸にも魔族が多く住んでいたと推定される。


 エルマーは黒の書のドラゴンの章を開く。

黒の書にはドラゴンの討伐に関する記録があり、討伐には竜戦士が複数関わったと書かれている。

エルマーはもう一度その章を指でなぞりながら丁寧に読み始めた。古代語であるゼルフォニア文字で書かれ、わからない単語も多い。竜戦士の覚醒要件について何か書かれていないか改めて確認する。


(魔力が高いと竜戦士には覚醒しない、か。竜戦士の要件に関する記述はここだけだろうか。)


 読みふけっていると、いつの間にか夕暮れになっていた。

一息入れようと立ち上がったところに、慌ててやってきたマリーがノックの返事も聞かずにドアを開けた。

「どうしたんですか。」

エルマーはいつもと違うマリーの様子に驚いて聞いた。


「ギルバートさんが倒れました。」


−−−


 エルマーは急いでギルバートが運ばれた医務室に行くと、ウバシュがその様子を見ていた。そばに立っていたリゲルが慌てている。


「何があったのですか。」

エルマーが聞いた。


「ドラゴンの解体をやってたら、ギルバートが突然倒れて、それで引き付けのような感じになって、慌ててここに運んでウバシュに来てもらった。」

リゲルが説明する。


「引き付けが収まって、だんだんと熱が上がってきたよ。原因がわからないし、回復魔法をかけたけどダメみたい。」

ウバシュが言った。


エルマーがギルバートの額に手を当てると、かなりの高熱が出ている様子だった。

ギルバートは意識がないのか、呻うめきながら荒く息をしている。

「急いで冷やしましょう。」

エルマーは氷とタオルを持ってくるようにメイドに指示する。


「意識がないのは心配ですね。リゲル、ドラゴンの解体中に何か変わったことはなかったですか。」

「いや、別に。楽しく解体してたんだ。ギルバートと妙にウマが合うって言うか、仲良くなって、それで・・あっ。」

リゲルは何かを思い出した様子で口ごもった。


「何かあったのなら細かいことでもいいので教えてください。」

「ギルバートにドラゴンの肉って食べれるかって聞かれて、食べれるって答えた。以前ブリザードドラゴンを倒した時に俺も食えるのか試したことがあって、旨かったし、旨いぞって教えたんだ。」

「ドラゴンの肉・・・。」

エルマーがつぶやく。


「俺も食べたし、ギルバートも旨いっつってたから、それが原因かは分かんねぇけど。」

「リゲルも食べたんですね。生で?」

「ああ。生で。」

「どのくらい食べたんですか?」

「ちょっとだと思う。ナイフで薄く切って、それを何枚か。」

「そうですか。」

エルマーはそう言うとドラゴンの肉を持ってくるようマリーに言った。


しばらくしてドラゴンの肉が運ばれ、エルマーが鑑定する。

《水分70%、タンパク質25%、脂質2%、無機質、ビタミン類》

毒成分は無いな・・。エルマーは一安心する。

「毒類は含まれないようです。」


 エルマーはギルバートの頭と脇の下を氷で冷やして様子を見ることにした。

「リゲル、ウバシュ、僕が見てますから大丈夫ですよ。」

そう言うとリゲルは解体を続けると言って戻って行った。


ギルバートの息がだんだん穏やかになる。脈も元に戻ってきたようだ。


エルマーはふと気付きギルバートに鑑定魔法を唱えた。

《魔力20、体力51、剣士62、覚醒反応:竜戦士》

鑑定結果を見てエルマーは驚いた。


(まさかドラゴンの肉だったのか?それにしてもリゲルのやつ、ブリザードドラゴンを隠れて食べてたなんて・・。でもそのお陰か。)

エルマーは笑い出した。

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